1%の確率
俺の街には不思議なお地蔵様が存在している。
山の中で二車線の道路が不自然に枝分かれする場所の、中央に供えられたお地蔵様。
なんでも道路工事の際に移設する予定だったのだが、工事では奇妙な事故が多発し、結局動かすことが出来なかったそうだ。
いわく付きのお地蔵様は心霊スポットとして名を広め、多数の若者が肝試しに訪れた。
噂では既にお地蔵さんの怒りをかった何人かが亡くなっているらしい。
ある時は有名な霊能力者がお祓いに来たのだが、恐怖のあまり逃げ帰ったとも聞いている。
もう35歳にもなる俺が今更肝試しをするなんて馬鹿馬鹿しい話だが、理由は単純。
朝起きて、仕事に行って、帰って寝る。
そんな繰り返すだけの日常に嫌気がさして、ちょっとした刺激が欲しかった。たったそれだけのことだ。
夜の10時を回った頃、古い軽自動車を走らせる。
住宅街を抜けると辺りがいっそう暗くなり、追い討ちのように靄がかかり始めると一気に視界が狭くなる。
車のライトで確認出来るのはアスファルトと周りの樹々だけだ。
そろそろ目的地に到着するはずだとスピードを弱めると、道路脇の看板がカーブがあることを教えてくれた。
反対車線が徐々に遠ざかるのが見え、小さな小屋が確認できる。
俺はハザードランプを点灯させ、車を端に寄せて停めた。
あまりに暗いので車のヘッドライトはつけっぱなし。足元を照らすために携帯のライトをつける。
こんな山の中を通行する車はもちろん、他の肝試しに来ている人間も見当たらない。
既に日中は真夏日の季節だが風は冷たく、樹々のざわめきが雰囲気を盛り上げてくる。
心臓が警告音を発し、足がなかなか前に進まない。
非日常の世界だからか、本能が帰るべきだと脳内で盛んに叫んでいる。
恐る恐る何歩か進み、足元を照らしていた携帯を少し上に傾けると、古びた開け放しの社の中にお地蔵様はいた。
丸い石に一本線の目鼻口を刻んだだけの落書きのような顔は、笑っているのか泣いているのかも分からない。
苔が生えた緑色の体は不気味さを際立たせている。
一目見ただけだが、目的を達成した俺は踵を返す。
さっきから足が震えて仕方がないのだ。
その時、強い突風が吹くと背後から
――ゴトリ
と何かが落ちる音がした。
振り向いてはいけない! と、分かっているのに俺の顔は後ろを向いてしまう。
土の上にあったのはお地蔵様の頭だった。
全身に鳥肌が立つ。
逃げ出したいのに、一本線のはずのお地蔵様の目がこちらをジッと見ている気がして体が反応してくれない。
呼吸が荒くなり、冷や汗が吹き出してくる。
恐怖心でいっぱいなのに、俺はお地蔵様の頭を拾っていた。
冷たい感触にズシリとした重み。
震える手でゆっくりと体に頭を戻す。
頭が体に乗ったのを確認すると、俺は駆け出していた。
1秒でも早くここを離れたい。その思いしかなかった。
足が絡まり転びそうになりながら車にたどり着くと、Uターンしてアクセルベタ踏みで逃げた。
気がつけば家の前だった。
どこをどう走ってきたのかは覚えていない。
部屋に入ると水を飲み、布団にくるまる。
なのに体の震えは止まらない。
怖くて怖くて仕方がなかった。
……。
どのくらい時間がたっただろうか?
目の前に甚平のような服を着た小さな男の子がいた。
無表情の男の子は俺に手を差し出して「ありがとう」と言ってくる。
そしておかしなことを話し出した。
「お礼にね、おじさんにいいものをあげる。
これからおじさんは1%の確率を手に入れることができるんだ。
大事に使ってね」
「1%?」
「そう。1%だよ」
男の子が俺の頬に手を伸ばした。
ーーっ!
俺の体がビクリと跳ねる。
部屋は窓から入る日の光で明るく、時計を見れば朝の7時だ。
「……ゆ、夢か」
いつの間にか眠っていたのだろう。
大量の汗でTシャツが肌に張り付いている。
男の子が手を伸ばした頬を触ると、無表情の顔が頭に蘇る。
妙にリアルな夢だった。
とても仕事に行く気にはなれず、休みの電話を入れると夢のことを考えていた。
「お地蔵様の……お礼か?」
しかし1%の確率って……。
言葉の意味を考えていると、ふとあることを思いついた。
昼になり、向かったのは宝くじ売り場だ。
「ナンバーズ3のミニって当選確率1%だよな?」
ナンバーズ3のミニとは2桁の数字00〜99までの数字を当てるもの。
100個の数字から当たりが1つだから当選確率は1%。
夢に踊らされてる気はするが、俺は自分の誕生日である16を2口、400円で購入した。
昨日の肝試し以上に馬鹿らしい行動だと笑ってしまう。
ナンバーズ3ミニのいいところはその日の夜には当選数字が分かるところだ。
その日の夜、変な緊張をしつつ携帯から当選結果を調べてみると。
「ほ、本当かよ……」
俺の買った16が当たっていた。
1口8,600円で17,200円だ。
偶然だと、そう思いながらも翌日も5口買ってしまう。
そして夜になり携帯を眺めると、俺は笑いが止まらなかった。
「本物だ。俺はあのお地蔵様からご利益を貰ったんだ」
働く必要が無くなった俺はすぐさま仕事を辞めた。
適当にナンバーズミニを5口ほど買うだけで、毎日3万以上のお金が手に入るのだ。
働く方がどうかしている。
だがそんな毎日が続くと、満足出来なくなってきてしまう。
1度100口買ってみたのだが、当選金は半分程になってしまう。そもそもの売れ口数が少ないのだ。
それでも30万以上儲かるが、毎日換金する俺は行きつけの宝くじ売り場で疑いの眼差しを向けられるようになってきている。
俺は更に儲かるものがないかと探した。
宝くじに競馬、競輪などのギャンブルや、株にも手を出した。
だがご利益があるのは多少の誤差はあるものの、あくまで1%の確率のものだけらしい。
それっぽい確率でも儲けたりはしたが、ナンバーズミニのように必ず当たるわけではない。
不満はあるが、それでも俺の生活は一変した。
新しい車に、俺ではとても落とせないであろう美人の彼女。
無理だと思えるものが絶対ではないが手に入れられる。
そんな生活が2ヶ月ほど続いたある日、ふとあのお地蔵様にお礼を言いに行こうと思いたった。
もちろん更なるご利益を貰うために供物も購入済みだ。
朝早くから左ハンドルの車に乗り、あの道路を走っていた時のことだ。
次はどんなご利益が貰えるだろうかと考えていると、反対車線のトラックが中央線を越えてこちらの車線に侵入してくる。
とっさにハンドルを切るが、俺は激しい衝撃に襲われた。
スローモーションのようにフロントガラスが粉々になるのが見え、広がったエアバックごと押しつぶそうとする力に体が悲鳴をあげる。
意識が遠のくなか聞こえたのは、慌ただしい声と救急車の音だった。
痛みで目が覚めると、目に映ったのは白い天井。
体を動かそうにも反応しない。
視線だけを動かすと、吊るされた点滴が見える。
かすかな顔の感触からすると、酸素マスクをつけられているのだろう。
命は助かったようだ。
「先生、気がつかれましたよ」
「あぁ、そう。今行くからね」
視界の端で若い看護婦が医者を呼んでいる。
遅れて俺を覗き込んできたのは、白髪の混じった初老の男だった。
「いや、良かった。あぁ、今は動けないし、喋れないだろうけど、状況を説明するね」
頭も動かせない俺は、頷くように瞬きで応えた。
「あなたはトラックと正面衝突事故を起こしてね、ここに運ばれてきたんだ。肺の裂傷、背骨の骨折、まぁ、すごい怪我でね、こうやって生きてるのが奇跡なくらいだよ。意識も戻ったんだ、もう大丈夫だからね」
医者の話によると、俺は奇跡的に助かったらしい。
もしかしたらこれもご利益で、1%の確率で助かったのかもしれない。
そう考えると涙が溢れる。
ご利益に甘えた結果がこれだ。
欲をかいた神罰なんじゃないのか。
俺はどれだけ馬鹿な生活をしてきたんだろう。
今まで通りの普通の生活をしていれば、些細な1%の幸運だけで幸せだったんじゃないかと思える。
怪我が治ったらちゃんとお地蔵様にお礼を言いに行こう。
そして前の生活に戻り、自ら求める1%の確率の幸運じゃなく、偶然手に入る1%の幸せを感謝して生きていこう。
事故に遭い、命を救われ、心からそう思える。
「泣いてるのかい? 命って尊いよね。今は痛みもあるだろうけど、だんだん良くなるからね」
医者は俺を見てニコリと笑った。
「先生、オペ室準備出来ましたよ」
「うん。それじゃあ今から手術だからね。あぁ、心配はいらないよ」
医者がそう言うと天井が動いていく。
どうやらベッドごと移動させられているのだろう。
いくつかの自動ドアを抜け、照明の多い部屋へと移ると新たな医者が覗き込んでくる。
「今から麻酔しますからね。少し眠りますが、目が覚めたら手術は終わってますから」
手術と言われると体が強張り恐怖が込み上げてしまう。
俺の顔を見て不安を感じ取ったのだろう。
医者は優しく微笑む。
「大丈夫ですよ。手術と言ってもそんなに難しいものじゃないし……そうですね、99%成功する手術だと思って下さい」
……99%?
ーーちょっと待ってくれ!
99%成功する手術なら1%は失敗するってことじゃないか!
俺の頭に残酷な考えが浮かぶ。
1%の確率は幸運だけじゃない。
もしかしたら車の事故も1%の確率だったんじゃないのか?
じゃあこのまま手術したら――俺はーー!
「はい、麻酔いれますね」
待ってくれ、待ってくれ、待ってくれ!
俺は死にたくない!
普通の生活を送るって決めたんだ!
もう馬鹿なことはしないから!
だか……ら……
手……しな……
……れ。
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