第二話・初作戦
「送電施設とICBM発射基地を爆破して信号を送信しろ。そのあとは君たちのキャンプで待機して、指示があるまでバックアップに努めるのだ。今回も作戦の全容を知っているのは私より上層部の人間だけだ。これも情報漏洩を防止するための措置だと考えてもらいたい。説明は以上だ。12時ちょうどに戦地につくように行動しろ。」
「分かりました」
冷徹な女性司令官であるサ=ツク・シクッシードは、その緑の髪をかき上げてヤキィからの報告書を受け取った。
内容はオレに関するものだ。オレは「被検体RY」として戦闘員に登録されている。
「ほう、RYは訓練で随分成果を上げているようじゃないか…さすがヤキィだ。私の想像を超える結果を常に用意している」
ヤキィは無言ですっと頷いた。普段の影の薄さとは裏腹に、誰よりもステータスが高いのだ。
なんだかオレが褒められたようでうれしさを覚えていると、それが顔に出ていたらしく、司令官に凄まじい速度のキックを食らった。
跪いて咳をしていると、頭に踵落としが飛来してきたので、すんでのところで回避した。
「まあ、RYが今回の作戦で使えるレベルかと言われたら、まだ未知数な部分はある。心せよ、ヤキィ」
「了解しました」
不敵な笑みを浮かべる司令官に、ヤキィは無表情で答えた。
幾筋もの飛行機雲が空にアイスクリームのような跡を残して、知らないうちに消えてゆく。
オレ達は、作戦の3日前に現地について下準備をしていた。
「普通の軍用テントだが、実はこれが一番この場所に溶け込める。なぜなら、君も見た通り、ここは耐火性の高いテントが捨てられる処理場だ。焼却処分は簡単にはできないし、人が足を踏み入れようにもごった返しすぎて埋もれてしまう。我々は地下から通路を設けてやってきたからまだいいが、地上からここに入り込むのは無謀と言ってもいい」
テントは球体で、上半分は透明になっており、外の様子を眺めることができる。シャッターも設置されているため、閉めてしまえばこちらの様子はばれない。
ヤキィはサーバーを立ち上げて本部と通信を試みている。無線通信はハイリスクかもしれないと思ったが、地下通路に設置した中継アンテナを用いて、かつそのアンテナにはチャフ・プログラムという外部からのサーバー検索すらも逃れるプログラムが組み込まれているので、ひとまずは安心だった。
オレはヤキィに急かされて信号送信装置を組み立てていた。とはいえ、簡易的かつ一時的なものなのでそのあたりのガラクタを集めて作れてしまう。
本番まで電源を切っておけば作戦に支障は出ない。
「ハナシ=カケルナ君。そっちは完成した?」
一つ頷いたオレと発信装置を見て、ヤキィはよろしいとでも言うように頷いた。
「そう。じゃあ、ご褒美」
ヤキィは鞄から円形のごちゃごちゃした機械を取り出した。スケルトン仕様になっているせいでそう見えるだけかもしれない。
「おいで」
耳掃除をする母親のように手招きをするので、いそいそと近寄る。
「あなたを改造した私に、いまからできることと言ったらこれくらいしかないから」
ひょいっとその円形をオレの首にかけて、顎の下のハブに円形から延びるケーブルを接続する。
次に後ろに回ると、カチッと音がした。円の大きさを調節したらしい。
「…喋ってみて」
「いやでもこれ、喋れな…あれ?」
若干ガサガサしていて、合成されたものではあるが、人の言葉がオレの口から零れ落ちてきた。
「あなたの脳に機械的なアクセスが可能になるように組み込んだアドオンを利用して、脳波と顎の動きを解析して発音できる機械を作ったわ。」
なんていい人なんだろう、この人。
像があったら神棚に飾って一生祀る。
「その…じゃあ、そういうことだから」
「嬉しいなあ…作戦中だけど、大声で叫んでもいいよな?」
「やっぱり外します。おいで」
「すいません調子に乗りました大嘘です」
ヤキィによれば、個人的に開発した機械なので許可も下りておらず、上司に見つかったらヤバイとのことなので、ヤキィと二人きりの時もしくは言い訳ができる環境の時だけ着用するようにとのことだった。構造上、食事の時は外さなくてはならないらしかったが、少しでも喋ることができるだけで御の字だった。
その晩、オレはあまりにもうれしくてくだらない話を夜通し続けた。ヤキィは笑いこそしなかったが楽しそうに聞いていた。
本当にくだらなくて、いつの間にか寝てしまった。結局ヤキィは夜じゅう起きてオレとサーバーのメンテナンスをしていた。
結局、作戦は成功した。
ICBMがここから他国の同盟軍に飛ぶことはなくなり、さらなる被害の拡大はひとまず食い止められた。
ゆっくり寝たかったけれど、オレ達にはまだ撤退の指令が出されていない。
なんとなしにノートパソコンを開く。
軍用の物であるだけにスペックも高く、軍用の高機能なソフトウェアが搭載されていた。
その中に一つ、生体反応を検知するソフトがあった。
自軍の兵士はすでに帰ったのだろうかと気になって起動する。
初動が鈍く、一瞬ぴたりと止まったが、無事に起動に成功した。
『Start Up』のウィンドウが立ち上がり、初期設定をするよう促される。
だいたいこんなもんだろうと入力して、必要な諸ツールを確認し、ログを保存するパスをctrlとvで張り付けた。
半径1kmに設定して、周囲の生体反応を検出する。
すると、思ったよりも多い人数がまだこの近辺に残っていることが分かった。撤退命令が出ていないのは、オレのところだけではないらしい。
大あくびをして画面を眺めていると、人を表す赤のマークがぷつりと一つ消えた。
「あれ?」
見間違いではないかと目をこすっているうちにまた消えた。バグでもないらしい。
ということは、外で人が死んでいるということだ。
「奇襲か!?」
「どうしたの」
ヤキィがオレの声に反応してこちらを振り向いた。
「外で人が死んでるぞ!奇襲か何かじゃないのか」
「…奇襲の報告は受けていない。本部からの通信システムも無事よ」
「じゃあ、これは…」
オレが尋ねると、ヤキィは沈痛な面持ちで答えた。
「凌辱。勝ったから、残ってる人を殺したり、女性を犯したりしてる」
赤い点はゆっくりと、だが確実に減り続けている。
オレは唖然としてヤキィを見つめる。
会話可能な状態であるにも関わらず、言葉は出てこなかった。
「降伏したものは例外として、逃げ切れない者は降伏していないとみなし、問答無用でいたぶる。捕虜は、体中にオレンジジャムを塗られたりしながら、泣き叫んで死んでいく。」
あまりにも残酷だった。高名な学者が、オレンジジャムは体内の水分を瞬時に蒸発させて人間をミイラにしてしまうという仮説を立てて以来、危険食物として国際的にオレンジジャムは禁止されている。取り扱うにもライセンスが必要なのだが、このような国家機関にはちゃんと保存されているのだ。それをいいことに、国家機関を襲撃したのちに、オレンジジャムを用いた拷問が行われているとは聞いていた。しかしまさか、最も禁じ手である『体表に塗る』という手段で用いる輩がいるとは思いもしなかった。
「…なんてマネしやがる」
「止めたら、止めた側が罪人とみなされる。私達には…止められない」
ヤキィの顔つきは悲しげなままだった。
オレはいったい何でこんなことに加担しているんだろう。
いつまで苦しまなくてはならないのだろう。
惨劇を終わらせるまでに、一体どれだけの惨劇を超えなくてはならないというのだろうか。
おまえがまだ戦いに慣れず、視野が浅く狭いだけだと言われてしまえばそれまでなのだろう。
しかし、それでもなお許せはしなかった。オレの中で許す理由はなかった。
何よりも、手を出せない自分が一番に憎かった。
「なんだって言うんだ…なんで間違ってることを平気でやってのけるんだよ…恥ずかしくないのかよ!」
激昂するオレを、心配そうにヤキィは見ている。一度燃え始めて、止まらない熱がオレの中からはじけ飛んだ。
「畜生、畜生…いい加減にしやがれ、誰も彼も皆、身勝手ばっかして、挙句の果てにそれが間違いじゃないなんて自分の頭に塗り込むんだ!ちょうど捕虜の肌にオレンジジャムを塗るように、言い聞かせるみたいに、嘘をつきながら!」
ヤキィは本来は、そんなことを言い出せばオレの首の装置を外さねばならないはずなのだが、黙ってみているにとどまっていた。
どこかで、同じことを感じていたのかもしれない。
もう声にはざらざらしたノイズが混じり、言葉にもならなくなっていた。
何dbかもわからないくらいの大音量だった。
「やめて」
もうヤキィはオレの教育係の顔をしていなかった。それを見た途端、怒りが徐々に千切れていくのが分かった。
オレはやっぱり泣けなかった。そしてそれを相変わらず疚しく思っていた。
今すぐ泣けたなら、ヤキィもつられて泣けるかもしれない。
「分かっているから」
表情は変わっていないようで、あまりにも苦しそうだった。
ヤキィは動き出して、なおも赤い点が減っている画面のソフトの右上のバツをクリックした。
『このプログラムは実行中です、本当に閉じますか?」というウィンドウの右下のOKも即座に押した。
「……あ…」
何かを言おうとした。何が言いたいかも決めていた。なのに、声になる様子はいっこうになかった。
ヤキィの携帯端末から着信音が鳴った。
「はい、もしもし…はい了解しました。では」
肩を震わせて呆然とするオレの方を向いて、ヤキィは告げた。
「撤退命令が出たわ。ここの機材を運搬するトラックが、地下通路を通ってやってくるから、準備して」
オレは頷いて、ノートパソコンの電源を切った。