49 何て言うか……
波打ち際で水着姿の少女たちが戯れるという、色々な意味で頬が緩んでしまうような光景は――すぐに別の景色に塗り替えられてしまった。
「うーん……気持ち良かったあ!」
海から上がって来たエマは、満足そうに微笑むが――その小脇に抱えているのはイルカの浮き袋ではなく、体長二メートルを超える本物の魚だった。
「エマ……何よそれ?」
ビーチパラソルの下で寝転んでいたアリスが、今もビチビチと動いている魚を見てジト目になる。
「え……魚だけど?」
「そんなの解ってるわよ! 何で魚なんて抱えているのか訊いてるの!」
「ああ、たまたま泳いでるのを見掛けて……美味しそうだったから!」
エマの身体能力に掛かれば、怪物でもない魚を捕まえるなど容易いことだった。
「美味しそうって……あんたねえ……」
今にも涎を垂らしそうなエマの顔に、アリスは呆れるばかりだったが――
「でも、私のやることなんて……あれに比べたら可愛いものじゃないかな?」
エマが指差す方向に視線を向けたアリスは――思わず愕然とする。
水平線から跳び上がる巨大な鯨の姿――その背中に乗っている二人に、アリスは見覚えがあった。
「ローズ、カイエ……あんたたち、何やってんのよ!」
前に座るローズの身体を軽く支えながら――カイエは鯨の背中の上で器用にバランスをとる。
魔法を使えばもっと楽に乗ることができるが――それでは面白くなかった。
「ローズ……楽しいか?」
カイエが悪戯っぽく笑うと――
「うん! カイエと一緒だから、もの凄く楽しいわよ!」
鯨の方は二人を振り落とそうと何度も跳び跳ねるが――最強の勇者と魔神が相手では、勝ち目はなかった。
※ ※ ※ ※
「エミーお姉様も酷いわよね……私を置き去りにして、一人でいなくなっちゃうんだから!」
野外用の魔法加熱器で、巨大な魚がこんがりと焼かれていく傍らで――アイシャはジト目でエマを見ていた。
「アイシャ、ごめん……こんなに美味しそうだから、ついね……」
申し訳なさそうに言うエマだったが――
その目はアイシャではなく魚を見ていた。
(私って……魚に負けたの?)
涙目になるアイシャの肩を、調理していたエストが優しく叩く。
「私だって……あの二人に、完璧に放置されたからな……」
三人で一緒に波打ち際で遊んでいた筈が――エストがほんの少し目を放した隙に、カイエとローズは鯨の背中に乗っていたのだ。
「エスト、悪かったって。でもさ、ああいうのエストは苦手だろう?」
カイエは苦笑する。
エストは別に運動音痴ではないが――二人と比べられたら、相当分が悪かった。
「いや、良いんだ……どうせ私なんて、振り落とされるだけだから……」
ぼっち感を醸し出すエストに、
「だったらさ……俺がしっかり掴んで絶対に放さないから、問題ないだろう?」
カイエは明け透けな笑みを浮かべると――優しく手を差し伸べる。
「飯を食べたら……今度は俺とエストで鯨に乗ろうか?」
「……本当か! それは……とても楽しみだな!」
エストは頬を染めながら、心底幸せそうに微笑むが――
(へえー……それで許しちゃうんだ?)
チョロ過ぎるエストに――アリスは呆れた顔をする。
「……うん? アリス、どうしたの?」
不思議そうな顔をするローズに、
「あんたも……これで良かったの?」
そう言ってアリスは溜息をつくが――
「そんなの……良いに決まってるじゃない? みんなが幸せな方が、私も嬉しいから!」
全部解った上でローズが言っていることに気づいて……唖然とする。
「ローズ……あんた……」
成長した娘を見る母親のように――アリスは感動していた。
「まあ、色々と複雑な状況のようだが……とりあえず、その魚は旨そうだな?」
突然響いた聞き慣れない声――それよりも一瞬だけ早く、ローズたちは反応していた。
「……どういうつもりよ!」
咄嗟に剣を抜くローズとエマ――だが、彼女たちも……至近距離に接近されるまで、その存在に気づいていなかったのだ。
「どういうつもり……だと? おいおい、勇者パーティーの連中が……それはないだろう?」
骸骨マークのキャプテンハットの下で艶やかに煌めく藍色の髪と、片目を隠す眼帯――大人の妖艶な色香を漂わせる彼女が誰であるか……アリスは知っていた。
「ジャグリーン・ウェンドライト提督……あんたって人は……」
心底嫌そうな顔で、アリスは言うが――
「私だって、おまえだけには言われたくはないが……アリス、久しぶりだな?」
聖王国海軍提督ジャグリーンは――したり顔で、余裕の笑みを浮かべていた。




