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45 騎士の想い



 その日の夕食は、シルベーヌ子爵の城に招かれて――臣下の主だった面々も交えた盛大な夕食会となった。


 財政的に厳しいシルベーヌ家の晩餐は、決して豪華なものではなかったが――臣下たちが精一杯工夫して、丹精込めて作った料理は、どれも美味しかった。


「エスト様の料理をご馳走になった後ですと、ちょっと恥ずかしいんですが……」


 カイエたちへの感謝の気持ちを込めて、今夜はアイシャも調理に参加していた。


「いや、全然そんなことはない。とても美味しく頂いているよ」


 別にお世辞ではなく、エストは料理に満足していた。豪華さやテクニックなどよりも、料理に一番大切なものは何なのか――彼女には、それが良く解っていた。


「ありがとうございます。そう言って頂けると……」


 エストに褒められてアイシャは、はにかむ様に笑う。


「ホントーに、おいしいよね!」


 エマの前のテーブルには――空になった皿が、すでに山のように積み上げられている。

 それでも彼女の食欲は一向に衰えることなく、今も鳥の丸焼きと格闘していた。


「エマ、あんたねえ……そんなに食べると太るわよ?」


 アリスがハウスワインを味わいながら、呆れた顔をする。


「えー! 大丈夫だよ! 私はいっぱい動いてるから!」


「あら……ずっと馬車に乗ってたのに? 前に運動したのはいつか、思い出せるの?」


「……アリスは意地悪だよね? 良いもん、食べたら運動するから!」


 そんな感じで、エマはすっかり食べる方に夢中になっていたが――


(この料理を、アイシャが……恐ろしい!)


 アイシャの方が料理が上手なことを知って――ローズは戦慄を覚えていたのだった。




 皆がそれぞれに食事を楽しんでいる頃――カイエは一人バルコニーで、風に当たっていた。


 初夏の聖王国は暑かったが、日が落ちると吹き抜ける風のせいもあって、ほど良い感じで涼しい。


 別に黄昏れているとか、そんな訳ではなく――家庭的な賑やかな雰囲気というものが、カイエは少しだけ苦手だった。

 不快と言うほどではないが……何となく、疎外感を感じてしまうのだ。


「俺に何か用があるのか……クリス?」


 気配を消して忍び寄っていたシルベーヌ子爵の騎士――クリス・ランペールは、カイエに声を掛けられて物陰から姿を現わす。


 夕食会という事で、今の彼女は鎧を着ていなかったが、男物のチュニックにズボン、ロングブーツと言うスタイルで、腰には剣を下げたままだった。


「ラクシエル殿……貴殿に訊きたいことがあってな?」


「何だよ、訊きたいことって?」


 振り返ったカイエを――クリスは抜け目のない目で見据える。


「勇者パーティーに男がいるなどという話は聞いたことがない。貴殿は……いったい何者なんだ?」


 主の一人娘であるアイシャとも、親しげに話す男――カイエのことを、クリスは信用していなかった。

 勿論、男というだけで怪しんでいるのではなく……カイエが放つ雰囲気は、勇者ローズと三人の仲間たちとは、明らかに異なっていた。


「まあ、そうだろうな……俺はローズたちみたいに、()()では有名じゃないし。あいつらとは知り合いだけど、勇者パーティーに入った覚えもないからな?」


 カイエは苦笑して肩を竦めるが――何の説明にもなっていないだろうと、クリスは苛立たし気に目を細める。


「さきほど貴殿は……ヨハン様よりも年上だと言っていたな? あれは、どういう意味だ?」


「どういう意味って……そのまんまだけど? 俺はこう見えて、結構長く生きているんだよ」


 どう見ても十代後半にしか見えないカイエの姿に――クリスは疑いを強める。

 人間よりも長命な種族は幾つかあるが――それぞれ特徴的な姿をしている。


妖精族エルフや、土人族ドワーフの血が混じっているようには見えないが――だったら貴殿は……」


 もう一つ――人間よりも明らかに長命であり、魔術に長けているが故に姿を変えることができる種族が存在する。


「ああ、()()いうことか……」


 正直に言うと――カイエは少し面倒臭くなっていた。

 とりあえず、話に付き合ってみたが――クリスの意図を理解して、何だかなあという感じで呆れた顔をする。


「俺が魔族だったら……クリス、おまえはどうするつもりだよ?」


「そんなことは……訊くまでも無いだろう? 魔族であれば人間の宿敵……アイシャ様に近づく悪しき存在ならば、私が叩き伏せるまでだ!」


 一触即発……そんな雰囲気を醸し出して、クリスは剣に手を掛けるが――


「あのなあ……クリス? 俺も知った風な口を利くのは好きじゃないんだけど……自分を誤魔化すのは、止めた方が良いと思うよ?」


「何だと……どういう意味だ?」


 全く気づいていない感じのクリスに、カイエは仕方ないかと言葉を続ける。


「おまえは自分が正義感で動いているって、思い込もうとしてるみたいだけど……本当は解っているんだろう? おまえのは正義感じゃなくて、ただの嫉妬だって」


 予想外のカイエの言葉に――クリスは激しく動揺する。


「き……貴様は何を言っている……適当なことを! 私が嫉妬しているだと!」


「いや……図星だから動揺してるんだろ? アイシャの件でアーウィンに先を越された上に、良いところは全部勇者パーティーに持っていかれた。

 それでも……相手が勇者と仲間たちじゃ、仕方ないって諦めも付くけど……俺みたいな訳の解らない奴が、勇者のおこぼれでアイシャに感謝されたら……ハッキリ言ってムカつくよな?」


「な……」


 言葉を失うクリスに――カイエはバツの悪そうな顔をする。


「いや……悪い。俺は別におまえを責めてるんじゃなくて……それだけアイシャのことを大切に思ってるって事だろう? 嫉妬くらい誰でもするし……むしろ、自分が嫉妬してることを恥ずかしいって思うおまえは、可愛げがあると言うか……」


 特定の人物の顔が頭に浮かんで……いや、だからって嫌いって訳じゃないからなと、誰に言い訳しているのか解らない感じで、カイエはちょっとブルーになるが――


 目の前ですっかり落ち込んでいるクリスを見ると――ちょっと放っておけないかなと思う。


「とりあえず……こんなことで、おまえの気持ちが晴れるかどうは解らないけどさ? 少なくとも……アイシャが俺に感謝してくれた理由が、勇者のおこぼれじゃないってことを証明してやるよ」


 そう言うとカイエは、周囲に()()()()()()防音サウンドプルーフ』を解除する。


「なあ、クリス……この城にも練兵場くらいあるだろう? 今回の件は、おまえの望み通りに剣で決着をつけようか?」


「ラクシエル殿……良いのか?」


 クリスはまだ落ち込んでいたが――『剣』という言葉に反応して、少しだけ目に煌めきが戻る。


「ああ。それと……ローズ、エスト? どうせ、おまえたちも来るだろう?」


「ええ、勿論よ!」


 何だバレてたのかと、悪びれずに姿を現わすローズと、その後ろで恥ずかしそうにしているエスト――クリスは驚いていたが、まあ、いつものことだからとカイエがフォローする。


「へえ……カイエと剣で勝負するんだ? クリスさん、死なないとは思うけど……私もカイエ相手じゃ、全然自信ないからなあ」


「え……」


 無論、ローズは意地悪で言ったのではなく、彼女はいつも本気なのだが――

 不穏な台詞に『……まさかね?』と思いながら、すでにクリスは少し後悔していた。


 そして――その日クリスは、人知を超えた剣技とは何かを、散々思い知らされることになった。



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