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4 勇者ローズと仲間たち


 勇者の運命(さだめ)を持って生まれたローズは――幼い頃から魔王を倒すために生きて来た。

 他の子供たちのように遊ぶことも、学校に行くことも許されずに。ただ己を鍛える事だけに、全てを捧げてきたのだ。


 そんなローズにとってエスト、エマ、アリスの三人は……一緒に過酷な戦いを経験する事で、初めて出来た大切な仲間だった。

 だから、魔王との戦いに勝利した事よりも、四人揃って無事に帰還出来た事の方が、ずっと嬉しかった。


 それでも――


 初めて出来た一番大切な人(カイエ)を、エストが気安く呼び捨てにするなど……ローズには許す事が出来なかったのだ。


「エスト……どういう事か、説明して貰える?」


 笑顔だけど、目が笑っていないローズを――エストは心底面倒臭いと思った。


「なあ、エスト()()……どういう状況か、おまえにも解っただろう?」


「そうだな、カイエ()()……私にも良く解ったよ」


 カイエとエストは顔を引きつらせる。


「二人とも……何を言ってるのかなあ?」


 ローズの冷たい視線に晒されながら――二人は何故か、地面に正座をする事になった。


(あのさ……何で、俺たちは正座させられてるんだよ?)


(私が知る訳がないだろう! カイエの方こそ、理由が解っているんじゃないのか?)


 二人が視線だけで会話をしていると。


「えーっとねぇ……二人とも、私が気づいてないとか思ってるのかな?」


 ニッコリと微笑むローズに――


「「はい。勿論、解っています!」」


 二人は声を揃えて応えた。


※ ※ ※ ※


 それから一週間ほどが過ぎて――


 聖王国セネドアの王都イクサンドルの目抜き通りを、戦勝パレードの馬車の列が通り抜ける。

 通り沿いには、勇者一行を讃える人々が所狭しと溢れていたが――


 パレードの列の中に、勇者ローズの姿はなかった。


「あのねえ、エスト……」


 金銀の装飾が施されたお立ち台付きの馬車の上で、白き暗殺者アリス・ルーシェが囁く。


 外跳ねの黒髪のナチュラルボブに、口元のほくろがチャームポイント。

 勇者パーティーで一番大人っぽいアリスは、社交的な笑顔を群衆に向けているが――目は笑っていなかった。


「どうして、ローズがいないのよ?」


「そうだよね……私だって、早くローズに会いたいよ!」


 眩しいばかりの笑顔を振りまく銀髪と青の瞳の美少女――褐色の肌が美しい聖騎士エマ・ローウェルは、ウズウズしながらエストに抗議する。


「ああ……そうだろうな。二人の気持ちは、私にも解っているが……」


 金髪碧眼の知的美人であり、史上最強の魔術師と呼ばれる賢者エスト・ラファンは、溜息交じりに応える。


「今夜、ローズと食事会をセッティングしたから……二人も今のローズに会ったら、現実というモノを思い知る事になるだろうな」


「エスト……それって、どういう意味よ?」


「うーん……ちょっと嫌な感じかも」


 このときはアリスもエマも、エストの言葉の意味を理解する事が出来なかったが――


※ ※ ※ ※


「アリス、エマ……二人に、もう一度会えるなんて……」


「「……ローズ!」」


 再会した瞬間。三人は互いを抱きしめ合って、大粒の涙を流したのだが――


 その十分後。


「ねえ、カイエ……はい、あーん!」


 黒髪の少年にベッタリと寄り添うローズの姿に――アリスとエマは言葉を失う。


 史上最強の勇者と謳われて、魔王を一太刀で滅ぼしたローズの姿は見る影もなく――彼女たちの前に居るのは、とても同一人物とは思えない一人の恋する乙女だった。


「えーと……エスト。これってどういう事か……説明して貰える?」


 あまりのイチャつきっぷりに――アリスはうんざりした顔で、ローズに近づく事すら躊躇ためらっていた。


「うーん、私はちょっと羨ましいかも……じゃ、なくて! そうだよエスト、いったいどういう事なの?」


 エマの方は、思春期少女のキラキラ目線で二人を見ていたのだが……アリスのジト目に気づいて、慌てて調子を合わせる。


「まあ……そういう反応になる事は、私も解っていたんだが。何て言うかな……そう、ローズは幸せを見つけたんだよ。だから……温かく見守ってやろうじゃないか」


 達観したようなエストの台詞にも――エマも、そして何よりもアリスは納得しなかった。


「ふーん……ところでエスト、あの坊やは何者なのよ?」


 顎をしゃくるようにしてカイエを指して、アリスは鼻で笑う。そこにいるのは、どう見ても普通ただ少年ガキで。ローズに相応しい相手とは思えなかった。


「こんな坊やが……ローズに初めての男だって言うの? はあ? 冗談じゃないわよ! ○○丸出しのガキが……ローズを満足させられる筈がないじゃない!」


「あのなあ、アリス……流石に、その台詞はどうかと思うぞ?」


 エストが顔を赤くしながら非難する――史上最強の魔術師も、下ネタは苦手だった。


「……あら、そうかしら? でも、結局のところ……身体の相性が良くないと、男と女は長く続かないわよ」


 アリスが構わず、好き放題に言っていると――


「あのさあ、おまえ……人が黙って聞いていれば、随分と勝手な事を言ってくれるよな?」


 一瞬前まで、ローズの隣にいた黒髪の少年が――自分の後ろに立っている事に気づいて、アリスは驚愕を隠すのに必死だった。


(暗殺者の私が気づかないうちに……こいつは近づいたって言うの?)


「なあ、アリス……」


 エストの声に、アリスは不機嫌な顔を向ける。


(今は、他の事に気を取られている場合じゃないのに……なんて最悪なタイミングで声を掛けてくるのよ?)


 しかし、当のエストは――アリスが不機嫌な理由に気づいていながら、宥めるように微笑む。


「私たちは全員……諦めるしかないと思うよ」


 このとき、エストが何を言おうとしてたのか――アリスには全く理解出来なかった。


「エスト……あんたは何を言ってるのよ? こんな坊や……私は認めないわ!」


 嘲るように笑うアリスに――エストはカイエを横目で見ながら苦笑する。


「そういう事だ、カイエ……でも、フォローさせてくれ。アリスもカイエの本当の実力(・・・・・)を知ったら、態度を改めると思うよ」


「……本当の実力? エスト、どういう意味よ?」


 アリスは訝しげな顔をするが、エストは何も応えない。


「そうかよ……だけど、相手次第で態度を変える奴って、どうかと思うけどな?」


 カイエはアリスを見据えて、皮肉っぽく笑うが――近づいて来るローズに気づくと、その笑みは優しげなモノに変わる。


「あ、あのね……アリス、エマ。私はね、カイエと一緒にいると……本当に幸せなの……」


 もじもじと頬を赤く染めながら、恋する乙女モード全開のローズに――結局のところ、アリスも諦めるしかなかった。



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