38 真夜中の一幕
「……まあ、こんなところかしら?」
アリスは何度も鋭い突っ込みを入れることで――男が隠そうとしてたことまで洗いざらい喋らせた。
そして最後には――
「……もう、勘弁してくれよ! これ以上喋ったら、裏の世界で生きる場所がなくなっちまう!」
泣きを入れる男に、アリスはニッコリと笑って――
「あら、大丈夫よ……私さえ黙っていればね?」
あんたの生死は私次第だからねと――冷ややかな目で脅しを掛ける。
男はゴクリと唾を飲み込んで、ゆっくりと頷いた。
その様子に、アリスは鼻で笑うと――
「とりあえず……今回の情報料として、あんたたちが死刑にならないように口を利いてあげるわよ。それと……」
自分の収納庫から大量のワインの瓶と携帯食糧を出して、男の前に置く。
「あんたたち全員で分けたら、せいぜい一食分ってところだけど……全部あげるから、好きにして構わないわ」
もっと大量の食糧を用意することもできるが――盗賊たちが余り元気になっても、王都から捕縛に来る衛兵が困るだろう。
それに酒まであるのだから――彼らに恩を売るには十分だろう。
「あ、ありがてえ……」
男は飛びつくが――光の壁の向こう側にいる部下たちを気にして、すぐ食べようとはしなかった。
「……それが正解ね。もし一人締めにしていたら――壁の中に戻ったときに、部下たちになぶり殺しにされたでしょうね?」
怖い台詞を平然と言うアリスに――男は試されていたことに気づく。
「もう、降参だ……俺はアリス・ルーシェ様に忠誠を誓うぜ」
男が本気で言っていることに、アリスは気づいていた。
「だったら……もっと上手く生きて、私の役に立てるようになりなさいよ? 今のあんたじゃ、私に仕えるには力不足だわ」
そう言いながらアリスは男に近づくと、小瓶を渡す。
琥珀色に煌めく瓶の中身は――上等な蒸留酒だった。
「ああ、本当にその通りだな……この恩に報いられるように、せいぜい気張らせて貰うぜ」
片目を瞑って笑う男に――アリスは苦笑する。
「カイエ……もう良いわ。この男を元の場所に戻してくれる?」
「へいへい……」
カイエはしたり顔で応えると――再び魔法を発動させて、男を光の壁の中に戻した。
「何よ……文句があるなら言えば?」
アリスは不機嫌な感じでカイエを睨むが――
「いや、そうじゃなくて……俺は感心してるんだよ?」
カイエの漆黒の目が――興味津々という感じでアリスを見る。
「こんな風に、アリスが裏で色々と動いてくれるから――勇者パーティーも上手くやれたって事だろう? なるほどね……あいつらがアリスを頼るのも解る気がするよ」
勝手に納得しているカイエに――アリスはフンと鼻を鳴らす。
「何よ……私だけ悪いことをしてたみたいに言わないでくれる? 私だって、好きでやってる訳じゃないんだから!」
「そんなこと解ってるから……おまえも素直じゃないよな? 俺はただ……アリスがみんなのために頑張ってるって、褒めてるんだよ」
まるで屈託のない明け透けな笑みが――アリスを不意打ちする。
「……馬っ鹿じゃないの? 私を褒めるとか、あんた何様のつもりよ?」
声を荒げて文句を言いながら――アリスは自分の頬が熱いことに気づいていた。
彼女は勇者パーティーの長女であり、みんなの面倒を見る立場だから……こんな風に少し上から目線で『おまえが頑張っていることは、俺が解っているからさ?』だなんて褒められた経験はない。
しかも、アリスが憎まれ口を叩いても――カイエはどこ吹く風と言う感じで笑っている。
「あんたねえ……自分がどれだけ人を弄んでいるか、自覚してるの?」
「いや、そんな風に言われても……俺は自分の気持ちに、素直に従ってるだけだけどな?」
それが確信犯だという意味か、そうでないのか……アリスは判断に迷ったが――
「どっちにしたって……(あんたのことを想っている人には)迷惑な話よね?」
アリスの言葉に――カイエは苦く笑う。
「ああ……そうかも知れないな?」
このときカイエが何を言いたかったのか――アリスは暫く、悩むことになった。
※ ※ ※ ※
アイシャとの約束を守って、カイエたちは次の街までの三日間、隊商の護衛をしたが――
その後一度たりとも、隊商が襲われることはなかった。
「何だよ……結局、護衛なんて引き受けても意味がなかったな?」
つまらなそうにカイエは言うが――
「まあ……当然と言えば当然の結果だな?」
エストは呆れた顔で応える。
盗賊団が遠巻きに見ていることが二度。その他にも小規模な盗賊や、怪物と遭遇することは度々あったが――
彼らは黒鉄の馬車を警戒して、決して近づいてくることはなかった。
「ラクシエル様……食事の用意ができましたので、ご一緒しても良いですか?」
あれ以来――アイシャはすっかりカイエに懐いた感じで何か切欠を探しては、しきりに話し掛けてくる。
「ああ、そうだな……」
カイエはローズとエストの痛いほどの視線を感じながら――別に後ろめたいことをしてる訳じゃないんだからと、悪びれる様子もなくアイシャを構ってやる。
「その言い方……『ラクシエル様』とか、こっちが面倒臭く感じるから止めにしないか?」
「でしたら……何とお呼びすれば良いんですか?」
期待を込めた視線で――アイシャが問い掛けると、
「いや、何でも良いけどさ……『カイエ』って、普通に呼べば良いんじゃないか?」
「はい……カイエ様!」
少し恥ずかしそうに、アイシャが言うが――
「いや、そうじゃなくて……『様』とか言うのも止めて欲しいんだけど? そうだな……『カイエさん』で良いんじゃないか?」
「はい……カイエさん!」
そんな二人のやり取りを――勇者パーティーの面々はジト目で見ていた。




