After7 対決
「ねえ、アリス……ホントに全部、カイエに任せるつもり?」
カイエがオリビエたちを連れて市街地へ向かった後、ローズが問い掛ける。他の六人はアリスの商売に関わっていないので、オリビエの様子を見に行くつもりだった。
「当たり前じゃない。任せると言った以上は、カイエに全部任せるわよ。だけど……見物しないとは言ってないからね。オリビエが何処までやれるか、私も興味があるから」
悪戯っぽく片目を瞑る笑アリスに、ローズは笑みを返す。
「そういう事ね……だったら、私も手伝うわよ。一緒にやった方が、アリスも早く行けるでしょう?」
「うーん……後は手続きをするだけだから、私一人で十分よ。それよりも、あの女が何か仕出かさないか、監視しておいて欲しいわね。カイエが一緒だから心配ないけど……別の意味では心配だから」
アリスが何を言いたいのか、ローズには解っていた。フラグが立ったオリビエが、カイエに対して何を仕出かすか――そっちの方が心配だった。
「うん、解ったわ……私たちは先に行ってるから。アリスが来るまでは、こっちで何とかするわよ」
「そうだよね。フラグの事は私たちがどうにかしないと」
「しかし……今さらな気もするけどな」
「大丈夫ですの。いざとなったら、ロザリーちゃんが実力で阻止しますわ!」
「駄目だよ、ロザリーはやり過ぎるから。仕方ない、僕がフォローするかな」
六人はそれぞれの思惑を語るが――アイシャは自分だけが何も出来ない事に、『負けヒロイン』になる焦燥感を覚えていた。
※ ※ ※ ※
港湾都市ダフィロスの市街地は、人口比率の高い魔族の嗜好を反映しているが――都市を囲む外壁を含めて、建築物の大半はカイエが魔法で造ったモノだ。
何もない無人島にカイエが都市を建設した理由は、海賊を生業にしていたギャスレイ・バクストンに、略奪行為を止めさせるためだ。
「ダフィロスの連中は海洋の怪物を狩って、素材を売る事で人族の国と交易をしてるんだよ。
この辺りには希少種の怪物も多いから、貿易商が青田買いをするために駐在事務所を置いているんだ」
ダフィロスの価値に最初に目を付けたのは、自由都市レガルタの豪商グレゴリー・ベクターだ。
利益のためならば、魔族との交易も厭わない現実主義のグレゴリーは、カイエの誘いを二つ返事で承諾した。
「だから……何だというのだ? 魔族を相手に金儲けをするなど、人族の道に反する!」
カイエと話をして、少しは大人しくなったが。魔族に対するオリビエの考えが、簡単に変わる筈もない。
「おまえがそう考えるのは勝手だけど、他の奴に押し付けるのは止めておけよ。
魔族を容認する奴らを嫌うのも構わないが……サルビア公国のときみたいに暴走して、実力行使に出るなら。次も俺が相手になるからな……さあ、着いたぞ」
カイエが足を止めたのは、港に近い区域にある大きな邸宅の前だ。人族の意匠とは異なるが、地位のある者の屋敷である事はオリビエにも解る。
「ラクシエル閣下……お待ちしておりました」
門で出迎えたのは、隻腕の魔族と顔に大きな傷のある魔族。どちらも歴戦の強者である事が雰囲気だけで解った。
「おまえらさ、『閣下』は止めろって言っただろ。普通に『カイエ』って呼べよ……ギャスレイの奴は中にいるんだよな?」
二人の魔族は困った顔をする。
「無茶を言わんでください……ラクシエル閣下、バクストン将軍の所まで案内します」
オリビエたちの事は伝言で伝えていたので。完全武装の七人を連れていても、すんなりと中に通された。
カイエに対する魔族の態度に、オリビエたちは警戒心を強めるが。カイエは無視して、奥へと進んでいく。
屋敷は堅牢な造りだが、全く飾り気がない。ほとんどカイエが創ったままの状態で使っているようで、数少ない調度品も実用一辺倒だ。
広い敷地内には、武装した魔族がそこら中にいるが。彼らは無言でカイエに頭を下げるだけで、近づいて来ようとはしなかった。
案内されたのは、屋敷の中庭――元魔王軍第十二師団の魔将であるギャスレイ・バクストンは、上半身裸で剣を振るっていた。
広い額に三白眼の厳つい顔。年齢は四十代半ばというところだが、無駄な肉を削ぎ落とした鋼のような筋肉は、バリバリの現役という感じだ。
「ラクシエル閣下……よくぞ、お越しくださった」
案内役の魔族が声を掛ける前に、ギャスレイはカイエに気づいて剣を止める。
「ギャスレイ。おまえが『閣下』なんて呼ぶから、こいつらも止めないんだよ。呼び捨てで良いって言ってるだろ?」
「ご冗談を……閣下は我々の恩人であり、何よりも魔王様を超える強者なのですから。非礼を働く訳に参りません」
魔族は『力』対して従順であり、強き者に自らの進んで従う傾向がある。ギャスレイも当然という感じなので、カイエは諦めるしかなかった。
「閣下、そちらの女が……」
「ああ。おまえに復讐しに来たオリビエ・コーネリアだよ」
カイエは普通に紹介するが、オリビエは完全に戦闘モードに入っていた。
「ギャスレイ・バクストン……我が兄の仇を取らせて貰う!」
剣の柄に手を掛けながら、オリビエは詠唱短縮で『飛行魔法』『加速』『強化』と、支援魔法を次々と発動する。
本来ならば『加速』を多重発動したいところだが、今のオリビエの反応速度では対応出来ないのだ。
対するギャスレイは、オリビエが魔法を掛け終わるのをじっと待っていた。幅広の剣を無造作に手にして、構えてすらいない。
「ギャスレイ、貴様……私を舐めているのか?」
「御託は良い……俺に魔法を使わせたいなら、そうせざるを得ない実力を見せる事だな」
「良いだろう……貴様だけは、絶対に殺す!」
オリビエは距離を詰めながら、先制攻撃の『氷塊の槍』を放つ。しかし、ギャスレイは最小限の動きで避けて、迫り来るオリビエにようやく剣を構える。
オリビエの加速した斬撃を、ギャスレイは幅広の長剣で受けると。軽々と押し戻して、オリビエの身体ごと弾き飛ばした。
『飛行魔法』を発動していたから、逆向きに加速して勢いを多少殺す事が出来たが。それがなければ、オリビエは壁に叩き付けられていた。
「軽い剣だな……おまえは本当にジャン・コーネリアの妹なのか? あの男はもっと歯応えがあったぞ」
「貴様……兄を殺しておいて、ふざけた事を言うな!」
頭に血が登ったオリビエは、立て続けに剣を叩き込むが。ギャスレイは容易く受け止めて、オリビエを再び弾き飛ばす。
人族と魔族では種族としての地力が違う。その上、ギャスレイは魔将という魔王を除けば最高位の存在なのだ。
魔将は魔王軍全十三師団の師団長と、魔王の副官の計十四人のみが名乗る事を許されていた。
魔将が戦死すれば、闘技会が開かれて、優勝者が次の魔将となり。それ以外は、自ら戦いを挑んで魔将を殺さなければ、魔将になる事は出来なかった。
だから、魔将は一人の例外もなく、全員が魔族屈指の猛者であり。ローズたち勇者パーティーのメンバーも、一対一で勝てるようになるまでに二年以上の時間を費やしている。
それでも、オリビエがまだ生きているのは、ギャスレイが防御に徹しているからだ。無論、オリビエの攻撃に耐えるためではなく、明らかに手加減していた。
「おまえの力は、この程度なのか……ならば、生かしておく価値はないな」
不意に、ギャスレイが放つ空気が変わる――オリビエを物を見るような目で見る魔将は、全身に膨大な魔力を漲らせていた。
ギャスレイ・バクストンという男は、純粋に強さを求めており。魔王に従っていたのも、魔王が自分よりも強いからだ。
魔王が死んで、人族との戦争が終わった後。ギャスレイはそれ以上人族と戦う事を望まなかった。魔王の命令という弱者を殺す理由が失くなったからだ。
しかし、魔王軍として多くの人族の命を奪った魔族たちに、平穏に生きる場所はなく。ギャスレイは部下とともに海賊に身を窶す事になった。
人族を殺して糧を得る事に抵抗はなかったが。生きるために弱者を殺しても、ギャスレイの心は踊らなかった。
だから、カイエが突然やってきて、圧倒的な力で海賊団を殲滅したとき。ギャスレイは怒りではなく、再び強者に出会えた喜びに打ち震えた。
強者が弱者から奪うのは当然の事であり。自分よりも強い相手に殺されるなら、ギャスレイは恨み事など言うつもりはない。
今のギャスレイは、孤島の主という役割を果たしているが。彼が望むのは地位などではなく、圧倒的な強者のために働く事だ。
本気になったギャスレイが一撃を放てば、結果は目に見えていた。しかし、血を上らせたオリビエは冷静な判断など出来ず、怒りのままに飛び掛かった――
「オリビエ……貴方は何をやってるのよ。せっかく、カイエが鍛えてくれたのに。魔力の使い方が全然なってないわ」
オリビエを止めたのは、忽然と姿を現したローズだ。オリビエとギャスレイの間に割って入り、眩い光の剣でオリビエの剣を受け止める。
全然力を入れているように見えないが。オリビエが押し退けようとしても、ローズの剣はピクリとも動かなかった。
「ギャスレイ。悪いけど、仕切り直しをさせて貰える? このままオリビエを殺しても、貴方の本意ではないでしょ」
「貴様……ふざけるな!」
オリビエは怒りのままに、ローズを攻撃するが――次の瞬間、オリビエの剣と鎧が粉々に砕け散った。
何が起こったのか……呆然としているオリビエに、ローズは呆れた顔をする。
「オリビエ、頭を冷やしなさい。今の貴方なら、もっと上手く戦える筈でしょ……無駄死にしたいなら、止めないけどね」
ローズが何を言いたいのか、カイエには解っていたが――
この場にはオリビエの部下六人も、彼らを案内した魔族の二人もおり。他にも沢山の魔族が遠目から様子を伺っている。
そんな状況で、鎧はおろか服まで切り裂かれたオリビエは――
ピンク色の可愛らしいブラとショーツというイメージに合わない下着姿を晒して、羞恥心と怒りで顔を真っ赤にしており……なかなかシュールで、笑えない光景だった。




