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After6 理屈


 カイエがオリビエ・コーネリアに肩入れする理由は――「復讐に固執して他に何も見えなくなる馬鹿は、嫌いじゃない」からだ。


 だからと言って、オリビエはカイエにとって『特別な存在』じゃないから。より優先度の高いモノを犠牲にしてまで、構うつもりはない。


 時間が停止した空間で、カイエはオリビエを鍛える――わざわざ時間を止めたのは、現実の時間をオリビエだけのために割く気はないからだ。


 体力は魔法で、魔力は付与する事で回復させる事が出来るが。常人であれば、まず集中力が続かないし。達人と言われる者でも精神的疲労が蓄積されるので、体感時間で一週間も連続で鍛錬すれば大抵の者は音を上げるだろう。


 だから、体感時間で二週間を二日連続、計一ヶ月近くも鍛錬を続けたオリビエは、十分称賛するに値する――勿論、ローズたちとは比べるまでもないが。


「まあ、やれる事はやったな。今のおまえなら、ギャスレイともそれなりに(・・・・・)戦えるだろ」


 オリビエは剣も魔法も使う魔法戦士だが、今回は剣と支援魔法を重点的に鍛えた。オリビエの攻撃魔法は一対一の戦闘には向いていないからだ。


 ちなみに、ローズたち六人もオリビエの鍛錬に付き合った。フラグが立ったオリビエとカイエを二人きりにしたくないというのが理由だったが――


 オリビエがダウンした後も、カイエと六人は気が済むまで鍛錬を続けた。


※ ※ ※ ※


 ダフィロス島――中央大陸から南西に四千キロほど離れた場所にある孤島は、最近まで無人島だった。


 交易路から外れた場所にあるために、立地的な価値がなく。魔王軍の残党による海賊団が出現する海域から、さらに外洋にある事から、近づく者などいなかった――半年ほど前までは。


「こんな場所に……都市があるのか?」


 白銀しろがねの船の船上からダフィロス島を眺めるオリビエが、感嘆とも驚愕とも聞こえる声を上げる。


 三日月形の島の内側の部分に、高い外壁に囲まれた堅牢な都市が存在していたのだ。


 整然としたダフィロスの市街地には、一万人を超える魔族と、数百人の人族が一緒に生活している。都市の中心部に領主の居城はなく、その代わりに魔族と人族の代表が集まる評議会の施設があった。


 港の埠頭に並ぶ船は、外洋航海が可能な大型商船に、魔王軍が好んで使った軍用高速船――オリビエの淡褐色(ヘーゼル)の瞳に、暗い殺意が浮かぶ。


「オリビエ、いちいち反応するなって。あの船は自衛用に転用してるだけで、海洋の怪物モンスターを討伐するときに使ってるんだよ」


 ダフィロスの事情に詳しいカイエを、オリビエは訝しく思いながら、何も応えなかった。


「ねえ、カイエ。ちょっと運ぶのを手伝ってくれる?」


 アリスは白銀の船から大量の物資を運び出していた。今回の船旅の目的は元々バカンスだが――どうせダフィロスに行くのなら商売もしたいと、穀物や酒などを買い集めたのだ。


「さすがは、タニアの姐さん……い、いえ、その姿のときはアリス姐さんって呼ぶべきしたね。も、申し訳ありません!」


 アリスに睨まれて、魔族の貿易商が震え上がる――タニア・シェードは、アリスが魔族の姿でいるときの偽名であり。残忍で強欲な裏世界の大物として、魔族の間では広く知られていた。


「アリス。とりあえず、埠頭の倉庫に運べば良いんだよな?」


「そうよ。カイエ、お願い……代金は身体で払うから」


「えー! それじゃ、アリスが得するだけじゃない。カイエ、私も頑張るから! アリスだけ特別扱いしたら、駄目だからね!」


「エミーお姉様……そんな事を大声で。ちょっと……恥ずかしいです!」


 エマ本人ではなく、隣のアイシャが真っ赤になっている。


「カイエ・ラクシエル……他の事は後回しにして貰おうか! 貴殿は私に復讐させると約束したのだ。さっさと、ギャスレイ・バクストンの居場所に案内してくれ」


 オリビエはカイエを『貴様』呼ばわりしなくなったが、不遜な態度は変わらない。陸に上がった『鋼鉄姫』と部下六人は、すでに甲冑を纏った完全武装だった。


「オリビエ、おまえなあ……俺はギャスレイのところに連れて行くとは言ったけど。そこ(・・)までは約束してないだろ」


「私の事を散々鍛えておいて、今さら何を言うのだ……無論、ギャスレイを殺すのは私だ! これだけは誰にも譲れない!」


「ああ、そうかよ……おまえは何か勘違いしてるみたいだけどさ。俺がおまえを鍛えたのは、ギャスレイに瞬殺されないようにするためだからな」


 カイエは呆れた顔でオリビエを見る。


「おまえが復讐しようとするのは勝手だし、ギャスレイも自分が殺した以上、その罪を背負う必要がある。


 だけど、おまえの復讐に付き合うまでがギャスレイの責任で、おまえに殺されてやる必要なんてないだろ……おまえを殺した罪もギャスレイが背負う覚悟があるならな」


 ギャスレイとオリビエの兄ジャンは、魔王軍とコーネリア帝国軍の戦争で戦い、ジャンは戦死したのであり。魔族の中にも戦死者は多数出ている。


 カイエは個人的な復讐を否定するつもりはない。掛け替えのない者を奪った相手を殺したいと思うのは当然だからだ。


 しかし、それは殺された側の理屈で。ギャスレイの方にも、相手を殺した理屈も理由もある。


 少なくともギャスレイは、一方的にコーネリア軍を虐殺した訳ではないのだから。カイエはオリビエだけ(・・)に肩入れするつもりはない。


「結局、貴様は……強者の立場で、私を嘲笑っているだけか?」


 オリビエの淡褐色(ヘーゼル)の瞳に、暗い殺意に満ちる。剣の柄に手を掛けて、今すぐにでも飛び掛かりそうな雰囲気だ。


「まあ、そう思って構わないよ……俺は俺のやりたいようにやってるだけだからな」


 一方的に叩き付けられる殺意を、カイエは正面から受け止める。カイエも自分がやった事の責任は取るつもりだ。


 オリビエを部下たちが冷や汗を滴しながら見守る中、数分が過ぎて――


「……貴様の理窟は解った。だが、共感など微塵も感じない。私は必ずギャスレイを殺す!」


「ああ、勝手にしろよ」


 カイエは苦笑すると。


「アリス、悪いけど。俺はオリビエの用件を先に済ませるからさ。物資だけは運んでおくから、手続きとか後の事は頼むよ」


「解ったわ。カイエ……オリビエの方は任せるわね」


 カイエとアリスが視線だけの会話で何を語りあったのか。


 ローズたちも二人のやり取りを黙って聞いていたが。めずらしく、特に口を挟む事もなかった。


「じゃあ、行ってくるよ」


 カイエは念動力系の魔法で物資を一気に運ぶと。オリビエたちを連れて市街地へと向かった。



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