325 こっちから仕掛ける
結界の中の『雷の神の化身』トリストル・エスペラルダと、それを取り囲むローズたち六人――膠着状態のまま、十分ほどが過ぎた。
「なあ……みんなの気持ちは解るし、レイナを馬鹿にした事は俺も許さないけどさ。そろそろ終わりにして、俺にトリストルと話をさせてくれよ」
((((((だって……))))))
六人の視線が一斉にレイナに向く。
「みんなが私のために怒ってくれた事は嬉しわ……本当にありがとう。だけど、私は大丈夫だから。みんなも気にしないで」
「レイナを想っての行動だって事は解るけどね……カイエだって、ちょっと困ってるんじゃないかな?」
恐れを知らないトールの発言――カイエ以外に、ローズたちに堂々と意見が言える男はトールくらいだろう。
「トール……ホント、おまえは良い度胸してるよな」
「そうかな? こんな事でローズたちが怒るなんて、僕は思わないけどな」
トールにとって、力関係とかそういうモノは一切関係なく。聞く耳を持つ相手には言いたい事を言うし、聞かない相手には無駄だから何も言わないだけの話だ。
「仕方ないわね……」
真っ先に反応したのはアリスで。カイエの隣に戻って来ると、耳元に唇を寄せて囁く。
「ねえ、カイエ。とりあえず、今は引き下がるけど……私の見せ場を奪ったんだから、今夜たっぷり楽しませてよ」
「あ、アリスだけズルいよ! 私だって我慢したんだから……カイエ、後でいっぱい構ってよ!」
「アリスもエマも……わざわざ口にしなくても、カイエは応えてくれるさ」
「そうよ。ねえ、カイエ……私も今夜の事……凄く楽しみにしてるから」
トリストルの存在など忘れたように、四人はカイエに密着してピンク色の空間を発生させる。
「ねえ、カイエ。僕たちだって、そろそろ……」
「メリッサ、黙るかしら! それを決めるのは、カイエ様ですの。厚かましく迫るのは、ロザリーちゃんが許さないのよ!」
四人を羨ましそうに見るロザリーとメリッサに、カイエは優しく手を伸ばして二人の頭を撫でる。
「まあ、そのうちな……おまえたちの事も、真面目に考えてるからさ」
「「カイエ(様)……」」
カイエの手に嬉しそうに頬を寄せるロザリーとメリッサ――ローズたちも二人の想いを受け入れて、優しく抱きしめる。
そんな光景に、目のやりどころに困るアランたちと。一人だけ焦りを覚えるレイナ。
「私だって……もっと積極的にならないと!」
そして、完全に放置されたトリストルが怒りに打ち震えていると――
「『暴食の魔神』イグレド・ギャストールが、何者かに精神支配を受けて。『曇天の神の化身』アルベルト・ロンダルキアを襲ったんだけどさ……トリストル、おまえは知っていたか?」
唐突に投げ掛けられた質問に、トリストルは目を細める。
「イグレドがアルベルトを襲っただと……それは、どういう事だ?」
「何だよ、何も知らないのか……こっちの世界には、神の化身や魔神を思い通りに操れる奴がいるって事だよ。他にも使徒や偽神の力を取り込んだ奴らが、十人以上同時に操られてたんだけどさ……」
漆黒の瞳がトリストルを揶揄うように見る――神の化身と魔神たちの中で、金色の瞳でないのはカイエだけだ。
人族と魔族の混じり者の身でありながら魔神の力を手に入れたカイエを、トリストルは『作り物』と揶揄したが……
千年前に自らを殺したカイエの圧倒的な力に対する畏怖は、トリストルの魂に刻み込まれている。
「トリストル……おまえだって、操られている可能性があるんだよ。だからさ……俺の魔法で、おまえの全てを解析させろよ」
有無を言わせぬ迫力でカイエは迫るが――
「……カイエ、貴様は我を何処まで愚弄するつもりだ! 我は操られてなどおらぬし、貴様の戯言を聞くつもりもない!」
トリストルは拒絶する――カイエを恐れているなど、絶対に認めることは出来ない。そして勝算もある……結界に閉じ込められいる屈辱に歯ぎしりするが、制約を破らない限りはカイエが刃を振るう事はない。
一触即発の空気……しかし、それはアッサリと終わる。
「そうか……だったら、仕方ない。トリストル、自分の言った事の責任は取れよ」
カイエはそう言って、トリストルを捕らえていた結界を掻き消すと。再び転移魔法を発動して、十二人と一緒に姿を消した。
(……カイエ、どういうつもりだ? どうして簡単に引き下がった!)
トリストルの胸を掻き乱す疑心案偽――しかし、カイエが戻って来ることはなかった。
※ ※ ※ ※
『暁の光』のメンバーたちが疑問を懐いている事は解っていたから――カイエは予定を変更して、冒険者ギルドに行く前に黒鉄の塔にいったん戻る。
ダイニングキッチンで、エストが入れてくれた紅茶を飲みながら。カイエとローズたちが何事もなかったように、いつものようにピンク色の空間を発生させていると。
「ねえ、みんなは……何も疑問に思わないの? カイエはトリストルを放置したけど、このままで良いの?」
レイナが口火を切るが。ローズたちは別に驚く様子もなく。
「レイナがそう思うのも解るけど……」
「うん。カイエのやる事だからね」
カイエを信頼しきっている六人の態度に、レイナは自分の方が間違っているのかと思ってしまうが。
「いや、レイナは間違ってないって。こいつらだって、俺がやる事を何の疑問も抱かずに全部信じてる訳じゃなくて。俺が間違ってたら、文句を言うからさ……ただ、ローズたちには俺が何をしたのか、理解してるだけの話だよ」
カイエの言葉に、ローズたちは『当然でしょ』という顔をする。自分だけが解っていない事に、レイナは焦りを感じるが。
「レイナはカイエと一緒に過ごした時間が少ないから、仕方がないし。こんな事を言うのは申し訳ないが……カイエが何をしたのか理解出来るほど、知識も経験も足りていないと思うよ」
エストはレイナの気持ちを考えながら、それでも包み隠さずに現実を告げる。
「今すぐに全部理解しようだなんて、レイナは甘過ぎるのよ。悔しいなら、もっととっと精進すれば良いかしら!」
ロザリーはふんと鼻を鳴らすが。結局のところ、レイナに頑張れと言っているのだ。
「それじゃ、ネタバラシをするか……魔力解析はしなかったけど。俺はトリストルのところに、幾つか仕掛けをしておいたんだよ」
リゼリアに仕掛けたような直接的な方法ではない。少なくともトリストルは、現時点で害悪となるような行動を取っていないからだ。
「魔力解析をした方が確実だけど。|これから俺たちが会いに行く《・・・・・・・・・・・・・》奴らが全員、魔力解析に同意するとは思えないからさ。今のところは、俺も奴ら全員を敵に回すつもりはないし。まあ、出来るだけ穏便な手段を使おうと思ってね」
カイエが仕掛けたのは、特定の魔法に反応する探知だ。トリストル本人にではなく、空間に対して仕掛けており。隠蔽もしているから、探知に反応してもトリストルが気づく事はない。
「ねえ、カイエが会いに行く相手って……」
すでにレイナにも、答えは解っていたが――覚悟を決めるために、あえて質問をする。
「ああ……そろそろ、こっちから仕掛けようと思ってね」
カイエは面白がるように笑う。
「この世界にいる神の化身と魔神全員に、俺は文句を言いに行くよ」




