表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

305/345

305 対決


 『暴食の魔神』イグレド・ギャストール――身長三メートルを超える巨漢の姿をした魔神は、『暴食の魔力』によって傷つけた相手の生命力を奪い、自らの力とする事が出来る。


 だから、イグレドは相手を傷つける度に強くなるのだが――人族や魔族を何万人殺して力を奪ったとしても、その程度の力は神の化身や魔神同士の戦いにおいて『誤差』に過ぎなかった。


「『暴食の魔神』イグレド・ギャストールか……この俺に何の用だ?」


 森の奥に忽然と姿を現わしたイグレドに――『曇天の神の化身』アルベルト・ロンダルキアは剣を振るう手を止めることも無く、物憂げに問い掛ける。


 イグレドは無言のままアルベルトへと近づいて行くと。両刃の巨大な戦斧を振り上げて、いきなり襲い掛かった。


「力任せの攻撃など……まるで美しく無いな」


 アルベルトは舞うような華麗な動きで戦斧を避けると、自分の身長ほどもある長物の剣を一閃する。


 型通りの流れるような一連の動き。しかし、イグレドは戦斧で強引に受け止めると、アルベルトの剣を力任せに押し戻した――このときアルベルトは、イグレドの狂気に染まる血走った目に気づく。


「貴様は正気を失っているのか……哀れだが、美しく無いな」


 正気を失った理由などに、アルベルトは興味がなかった。


 しかし、力任せに強引に攻撃を続けるイグレドは、アルベルトの太刀筋を乱す――自らの動きを阻害された事に、アルベルトは苛立ちを覚える。


 神の化身と魔神の対決は――唯互いにぶつかり合うだけで、周囲の木々を根こそぎ薙ぎ倒し、大地を抉り取る。誰も近づかない森の奥地であるから、被害はこの程度で済んでいるが。もし二人が市街地で戦っていたなら、その都市は崩壊していただろう。


「この俺が……これ以上、貴様が醜態を晒さぬようにしてやろう!」


 アルベルトは正に神業という動きで加速する。

 

 魔神であるイグレドを殺す事が、どういう結果を招くのか……それすらも、アルベルトには興味のない事で。唯思うままに剣を振るい、渾身の刃をイグレドの首筋に叩き込もうとするが――


「おい、アルベルト……もう少し考えて行動しろよ」


 突然割って入ったカイエは、漆黒の大剣でアルベルトの剣を受け止めると同時に――もう一本の漆黒の剣でイグレドの戦斧を受け止めた。


 カイエがイグレドの襲撃に即座に知ったのは――仕掛けておいた魔力に反応するマジックアイテムによるものだった。


 元々はアルベルトが何か行動を起こした場合に、森から姿を消せばすぐに解るように仕掛けたものだ。しかし、今回は森の中に新たに出現した『暴食の魔神』の魔力に反応した……カイエの予想通りに。


 『暴食の魔神』イグレドが次に何を襲撃するのか――アルベルトは可能性の一つに過ぎなかったが、カイエは考えられるあらゆる可能性に網を張っていた。

 

 イグレドにリンドアを襲撃させた目的が、カイエを揺さぶる事ならば――イグレドを操る者が次に狙うのは、カイエに関わりのある場所か相手か。或いは……襲撃によって、カイエが嫌がる状況を作る事だろう。


 魔神であるイグレドと神の化身であるアルベルトが衝突すれば――どちらが死んだとしても、神の化身と魔神たちの新たな争いの火種になる。その上に、死んだ方は大半の魔力を残したまま精神体となり、カイエたちの世界で復活する事が出来るのだ……これ以上にカイエを揺さぶる状況などない。


 しかも、アルベルトは他の神の化身や魔神たちから完全に孤立しており。生き残るのがアルベルトのだとしても、イグレドの狂気の噂が広まる可能性は低い……つまり、アルベルトは背後で糸を引く者が自分の存在を悟られずに襲撃するに打って付けの相手なのだ。


(まあ……想定の範囲というか。一番可能性の高いと想定した事が起きたんだから、俺の考えは間違ってはいないか)


 だからと言って、カイエには満足感など欠片もない――先手を打っているのは相手の方だから。


「カイエ……貴様は、また俺の邪魔をするのか!」


「アルベルト、おまえなあ……ホント、何も考えてないだろ?」


 神の化身と魔神たちが自らに制約を課しているのは、お互いが本気で殺し合って世界を壊してしまわないためだ。

 しかし、アルベルトがイグレドを殺しても、その逆のケースでも――殺し合いを始めてしまった神の化身と魔神たちが、いつまでも制約を守って大人しくしている保証などない。


「そんな事はない……イグレドが俺の邪魔をしたから、排除しようとしただけだ」


「あのなあ……それを何も考えてないって言うんだよ」


 カイエは呆れた顔でアルベルトと話しながら、イグレドの攻撃を片手間で防ぎ続ける。


「アルベルトは……相変わらず、剣の事しか考えてないのね」


 このとき、カイエの後ろから現れたローズに――アルベルトの目が釘付けになる。


「おまえは……ローズ!」


 ローズこそが、アルベルトが唯一認める美しい存在であり――自分の剣にしか興味がない朴念仁が、イグレドに対する怒りを一瞬忘れていまう。


「おい、アルベルト……手間が省けて良いけどさ。ローズは俺のモノだからな……手を出すなら、覚悟しておけよ」


「もう、カイエったら……」


「カイエ、貴様は何を言って……」


 嬉しそうに頬を染めるローズと、自分の気持ちに困惑しているアルベルト――カイエは苦笑して、イグレドに向き直る。


 イグレドの狂気――幾ら制約を課した状態とはいえ、魔神の精神を支配するなど、あり得ない事だが。目の前のイグレドは、確実に支配されている。


「イグレド……いい加減に目を覚ませよ」


 精神支配の解除――魔力を司る魔神の精神を支配する強力な魔法となると、解呪魔法(ディスペルマジック)では解除でない。しかし……カイエに掛かれば、解除など難しい事ではなかった。


魔力解析マナ・サーチ


 イグレドの精神に食い込んでいる無数の魔力の鎖を探り出すと――カイエは精密な魔力操作で、一本一本断ち切っていく。


 すると……イグレドの目から狂気の色が消えた。


「よう、イグレド……正気に戻ったか?」


「貴様は……カイエ・ラクシエル!」


 我に返ったイグレドは、咄嗟に退こうとするが――カイエは混沌の魔力を展開して、イグレドを閉じ込める。


「イグレド……おまえは誰かに操られて四万人を殺した。幾ら支配されていたって言ってもな、殺したのはおまえだ……その責任は取らせてやるよ」


 しかし、イグレドは嘲るように笑う。


「カイエ・ラクシエル……貴様は何を言っておる? 俺が操られていただと……笑わせるな! 俺は己の意志で、何の価値もない人族どもを弄り殺したのだ!」


 イグレドの目から狂気は確かに消えており――イグレドは正気の状態で言っていた。

「おまえを操っていた奴を……庇うつもりって訳じゃないみたいだな」


「だから、貴様は何を言っておる……俺を操れる者など、いる筈が無いだろう!」


 馬鹿に仕切ったような台詞――イグレドは本気で言っていた。


 つまりは……イグレドを操った相手は、カイエが想定していたよりも上手であり。イグレドの記憶を改ざんして、自らの痕跡を消し去った上に。狂気で支配している間も、自分の意志で行動したように思い込ませているのだ。


 仮に、イグレドが殺戮を嫌うような性格であれば――記憶の改ざんに違和感を懐いただろうが。『暴食の魔神』は元々残忍で、殺す事を楽しむような奴だから、自分がやった事に疑問すら懐いていないのだろう。


(イグレドという人選も含めて……思い通りって事か。ふざけるなよ……これ以上好き勝手にさせて堪るか!)


 カイエは冷徹な視線をイグレドに向けると――


「なあ、イグレド……おまえが自分の意志でやったって言うなら、それでも構わないけど。だったらさ……今回の責任を全部、おまえに取らせてやるよ」


 カイエは混沌の魔力を展開したまま、その内側に作った結界の中にイグレドを閉じ込める。


「貴様は……何をするつもりだ!」


 イグレドの怒りの咆哮に、カイエは冷笑で応える。


「この結界を破るには……おまえは制約を破って、本来の力を取り戻す必要がある。だけどさ……結界を破れば、今度は混沌の魔力がおまえを喰らい尽くすからな」


 イグレドを操った奴には勿論責任を取らせるが――四万人を殺したイグレドに、カイエは容赦するつもりなどなかった。


「制約を破ったところで、俺ならおまえを簡単に殺せるんだ……それくらいは解ってるよな? だからさ……せいぜい、大人しくしてろよ」


 千年前にイグレドを殺したのはカイエであり――『暴食の魔神』はカイエという脅威を、背筋が凍るほどに理解していた。


 カイエは再び冷徹な笑みを浮かべると――イグレドを置き去りにして、姿を消した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ