297 ロザリーのやり方
続いてのロザリーとヴェロニカの一戦は――ヴェロニカの勝利でアッサリと終わる。
ロザリーもアルジャルスに鍛えられており、失われた魔法を連発し、高速移動と短距離転移を織り交ぜてヴェロニカの攻撃を躱しまくるが。
ヴェロニカが本気になると、そのパワーと速度はロザリーが敵うレベルではなく。転移した直後に、結界を突き破ったヴェロニカの剣を眼前に突きつけられて――ロザリーの動きが止まる。
「何だよ、ちっこいの……てめえは、大した事ねえな」
犬歯を抜き出しにして笑うヴェロニカに、ロザリーはフンと鼻を鳴らす。
「ロザリーちゃんでは勝てない事くらい、初めから解っていたのよ……『鮮血の魔神』に本気を出させたのだから、今日のところは十分なのよ」
負け惜しみという感じはなく、ロザリーは可愛らしい顔に不敵な笑みを浮かべる。
「ああ、だがな……本気って言っても、少しだけだぜ」
「それも解ってますの……それでもロザリーちゃんの力を認めたから、『鮮血の魔神』は剣を止めたんじゃないのかしら?」
カイエがいるのだから、結果は同じだろうが――確かにヴェロニカは、ロザリーを殺すのは惜しいと思って剣を止めた。力の差を見せつけても一歩も引かないロザリーを……ヴェロニカは面白い奴だと思っていたのだ。
「そうかよ……カイエの周りにいるのは、ホントに生意気な奴ばかりだぜ!」
地下迷宮の支配者であるロザリーは、下僕の怪物を使った物量戦を得意とする筈なのに。ヴェロニカと単独で戦って善戦したのだから、それだけでもヴェロニカが気に入るには十分だった。
「そもそもロザリーちゃんは、神の化身や魔神の相手をするために、こっちの世界に来た訳じゃないのよ」
「だったら、てめえの目的は何だよ?」
「そんなの決まってますの……カイエ様のお役に立つためですわ」
ゴスロリ幼女は誇らしげに笑う。
「地下迷宮の支配者としての全てを……ロザリーちゃんはカイエ様に捧げますの」
ロザリーが決して屈しないのは、カイエに対する強い想いがあるから――想うだけでは何も変わらないが。ロザリーには想いのために、己の全てを懸ける覚悟があった。
「いや……ロザリーの全部なんて、俺には重過ぎるから要らないよ」
突然口を挟んで来たカイエは、揶揄うように笑う。
「カ、カイエ様……酷いですわ! ロザリーちゃんはカイエ様のために……」
先ほどまでの不敵な態度が一変して、ロザリーは涙目になる。
「だからさ……全部捧げるとかじゃなくて、ロザリーは俺の傍にいろよ」
「……カイエ様!」
今度は一気にピンク色に変わる空気――ヴェロニカは顔を引きつらせる。
「てめえら……ホント、いい加減にしろよ! 真面目に戦った俺が、馬鹿らしくなってくるぜ!」
「何言ってんだよ、ヴェロニカ……俺たちは、おまえの趣味に付き合っただけで。いつもは大体こんな感じだから」
「そういう事だ……ヴェロニカ、申し訳ないが諦めてくれ」
エストまで加わって、ピンク色の空間が拡大する――ヴェロニカがカイエに色々な意味で迫った事も、エストはローズから聞いており。今も肉食獣のような目で見ているヴェロニカを、カイエと唇を重ねながら牽制する。
『カイエは……私たちのモノだからな』
ディスティのような一途な想いならば別だが、発情した雌ライオンを見過ごすつもりなどない。
(なるほどね……だがな、そのうちに俺が喰ってやるからな!)
碧眼と金色の瞳が正面からぶつかり合うが――カイエは、そんな事はお構いなしという感じで。ロザリーの頭を撫でながら、エストを貪る。
「カ、カイエ……ちょっと……」
あまりの熱く激しい攻撃に……エストはもう降参だと、カイエを思いきり抱き締める。そこからは……もうヴェロニカなど存在しないかのようで。
「チッ……! カイエ、てめえ……」
舌打ちするヴェロニカを――カイエはエストと本気でイチャつきながら、面白がるように眺めていた。
※ ※ ※ ※
それから、半日ほど掛けて寄り道をしてから。カイエたちはゾフィー・リブロス――怪物と融合していた魔族の女を連れて、『棘の神の化身』リゼリア・アルテノスの居城へと向かった。
「ゾフィー。おまえがその気なら、少しくらいは復讐する機会をやるけど……どうするよ?」
カイエが意思確認をすると――ゾフィーは恐怖に震えながらも頷いたので、同行させる事にしたのだ。
マクスレイ天樹国の首都ダートンにあるリゼリアの居城は――今もカイエの結界に包まれており。ダートンの市民は結界を恐ろしげに眺めるばかりで、近づこうとすらしなかった。
そんな彼らを横目に、カイエたちは結界を素通りすると――リゼリアを閉じ込めている謁見の間に直行する。
リゼリアも彼女の使徒たちも五日前と同じ状態であり……周囲には、使徒ではないその他の兵士や魔術士が、カイエの結界を解こうと無駄な努力をしていたが。リゼリアは不機嫌な顔で、彼らを完全に無視していた。
「カイエ……貴様という奴は!」
リゼリアはカイエを見るなり、声を荒げるが――ローズが一緒にいない事に気づいて、訝しげな顔をする。
「よう、リゼリア……この前の続きをしても良いんだけどさ。今日は他にもやる事があってね」
状況が解っていない兵士と魔術士が仕掛けて来たので――カイエは面倒だと、新しい結界を作って彼らを外に押し出す。
そしてゾフィーの肩にそっと手を置くと、真顔になってリゼリアを見据える。
「リゼリア……こいつの事を覚えているか? おまえが実験に使った魔族の生き残りだ」
最初は、リゼリアにはカイエの言葉の意味が解らなかったが――
「まさか……」
リゼリアが大きく目を見開く――そんな事などあり得ない! 自分が魂のレベルで怪物と融合させた者を、元の姿に戻すなど。
ハッタリだとリゼリアは決め付けようとしたが……気づいてしまう。ゾフィーの中に、リゼリアの魔力の残滓が僅かに残っている事に。
「ああ……さすがに気づいたか。後で奇麗に消しておくけどさ、おまえに教えるために残しておいたんだ。それで、この女……ゾフィーがおまえに復讐したいって言うから、連れて来たんだよ」
カイエはそう言うなり――漆黒の短剣を出現させて、ゾフィーに握らせる。
「なあ、ゾフィー……その短剣には俺の魔力を込めた特別製だからさ。結界を貫いて、リゼリアを殺す事だって出来る」
ゾフィーは震えながら、暫く漆黒の短剣を見つめた後。意を決したようにリゼリアを睨むが――神の化身であるリゼリアに睨み返されて、恐怖に崩れ落ちる。
「ゾフィー……大丈夫だ」
エストがゾフィーの肩を優しく抱き抱えながら、リゼリアを睨む。
「まあ、仕方ないか……ゾフィーが無事な姿を見せただけでも、リゼリアにとっては屈辱だからな。少しは仕返しになったと思うし……あとはゾフィーの安全と、リゼリアに二度と魔族を犠牲にさせない事は、俺たちが保証するからな」
「カイエ・ラクシエル……貴様は何を言っておる! 我はそんな事を約束した覚えなど……」
リゼリアは憎悪を剥き出しにして叫ぶが――カイエの冷徹な目が黙らせる。
「リゼリア……おまえこそ何を言ってるんだ? これから最後通告として、おまえと交渉してやるんだよ。断るのは勝手だけどさ……まあ、話だけでも聞けよ」
カイエが自分を殺せる筈などないと……リゼリアは思っていたが。
どこまでも冷徹な光を放つ黒い瞳に――完全に否定する事など出来なかった。




