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287 シャーロンという女


「カイエ・ラクシエル……その名前に負けて、私を失望させないで欲しいわね」


 魔族の美女であるシャーロン・フォルセリアは、自身たっぶりに笑う――二つの団子状に束ねた亜麻色の髪と、冷たい眼差し。豪華なドレスを纏うシャーロンは、支配者然としていた。


「なあ、シャーロン――」


 カイエがいつもの調子で、いきなり呼び捨てにすると。本人ではなく、クロウフィンが反応する。


「無礼な奴だな、殿下って呼べよ……君が強いのは認めるけど、相手を見てモノを言うべきだね」


 先程のオルガよりも、クロウフィンの方が数段上手だが――それでもシャーロンの前では、従者のように振舞う。女王に仕える騎士では決してなく、強者に付き従う従者だ。


「クロウフィン、黙れよ……俺は面倒臭いのが嫌いなんだ。シャーロン……俺は『混沌の魔神』だって事を証明すれば良いのか?」


 カイエの態度に、クロウフィンは禍々しい魔力を放つ剣に再び手を伸ばすが――


「クロウフィン、止めなさい」


 余計な真似はするなと、冷ややかな怒りを込めたシャーロンの声に動きを止める。


「そうですね……貴方が万が一本物の『混沌の魔神』ならば、何をしても無駄ですので私も諦めますよ」


 シャーロンは蔑むような笑みを浮かべるが――


 次の瞬間、大聖堂の地下にある小部屋が、天井も壁も何処にあるか解らないほど広大な空間になる。


「『空間拡張』……失われた魔法(ロストマジック)を使えるって言うの?」


「こんな事で驚くなよ……部屋を壊す気はないから、場所を作っただけだよ」


 カイエは束縛の鎖(リストリクトチェイン)を粉々に破壊する。一応、拘束されている事をアピールするために残していたのだが。上位魔法など、カイエには初めから効果などなかった。


 力を隠しても、舐められるだけ――シャーロンの性格が解ったから、カイエは遠慮なく『混沌の魔力』を解放する。


 広大な空間に渦を巻く漆黒の魔力――圧倒的で絶対的な力を見せつけられて、シャーロンは即座に理解する。


 ドレスの端を摘まんで、恭しく首を垂れるシャーロン――主の態度の急変にクロウフィンは驚くが。空気を読んで、すぐさま自分も頭を下げる。


「大変失礼しました、『混沌の魔神』カイエ・ラクシエル……私どもの愚かな行いを、どうか寛大な心でお許しください」


 頭を下げているが――『曇天の使徒』第三席シャーロン・フォルセリアの心は折れていない。むしろカイエに興味津々なのが透けて見えた。


「茶番は止めろよ、シャーロン……そんな小芝居は無意味だから。俺は話をしに来ただけだ……おまえたちは『深淵の学派』の末裔なんだよな?」


 カイエの質問に、シャーロンは頭を下げたまましたたかな笑みを浮かべる。


「はい……ですが、正確には末裔ではなく。私たちは今も『深淵の学派』を名乗っております」


「その私たち(・・・)ってのに……クロウフィンやオルガは含まれてないんだろ?」


 シャーロンは思わず顔を上げる。


「何もかもお見通しですか……さすがは『混沌の魔神』様ですね」


「その呼び方はウザいから、『カイエ』にしてくれ……おまえの魔力の色を見れば、他の奴らと違うって考えるのは当然だろ?」


 魔力を見る事ができるカイエは――魔族のモノとは違う魔力が、シャーロンの中に混じっている事に気づいていた。


「おい、シャーロン……俺が言うのも何だけどさ、おまえは何年生きているんだよ?」


「女性に年齢を聞くなんて。幾らカイエ様でも、マナー違反も甚だしいですが……」


 そう言いながら、シャーロンは妖しく笑う。


「私は三百八十五歳です……カイエ様に比べれば、まだまだ若輩者ですね」


「『深淵の学派』がこっちの世界に来てから、四百年以上後の世代って事か……おまえたちが『魔神の魂の欠片』を取り込む魔法技術に辿り着くまでに、結構時間が掛かったんだな」


 『魔神の魂の欠片』といっても、真の意味(・・・・)の『魔神』の魂ではなく。『偽神デミフィーンド』のモノだが――


 『深淵の学派』の連中が異世界転移により現われたのは、こちらの世界の時間軸で八百年ほど前の事だ。


 こちらの世界に来る前に、『深淵の学派』はセリカという魔法生物に『魔神の魂の欠片』を組み込む事には成功しているが。人体に取り込むには、またレベルの違う技術が必要だった。


「本当に、色々とご存じなんですね……確かに技術的な問題もありましたが。こう言っては何ですが……そももそ『魔神の魂の欠片』の器になれる才能自体が希少ですから」


 シャーロンは誇らしげに言う――『魔神の魂の欠片』を取り込むには、『魔神の魂の欠片』を制御する高レベルの魔法技術と、器となる事に耐えられるだけの能力の両方が必要だった。


 ちなみに、元魔王軍の魔将筆頭ナイジェル・スタットは例外であり――あの男は『魂の欠片』ではなく、『偽神デミフィーンド』そのものを取り込んでいる。


「要するに、そんなに数は多くないが。シャーロンの他にも『魔神の魂の欠片』を取り込んだ連中はいるって事だよな?」


 大して興味もなさそうにカイエは言う。『偽神デミフィーンドの魂の欠片』を取り込んだところで、その力は制約によって力を制限した神の化身や魔神にも遥かに及ばない。一般的な『権能持ち』よりも強く、神の化身や魔神の支配を受けないというメリットがあるという程度の話だ。


「……確かに、私の他にも『魔神の魂の欠片』を取り込んだ者はおります」


 自分の話に興味を示さないカイエに、シャーロンは不満げだったが……すぐに思い直したかのように、妖艶な笑みを浮かべる。


「カイエ様にとっては……私など羽虫に過ぎない存在でしょうが。その貴方が、わざわざ話をするために来られたのですから……『深淵の学派』について、それなりに興味をお持ちのようですね」


「ああ、そうだな……それで、シャーロン。おまえは何が言いたいんだ?」


 面白がるように笑うカイエに、シャーロンは我が意を得たりと笑みを返す。


「交渉……と言うのも、おこがましいですが。『深淵の学派』に関して私が知る全てを……『深淵の学派』という組織の構成員や戦力、知識や目的や利害関係など、全てカイエ様にお話します。その代価として……貴方が手に入れた魔法の深淵なる知識を、この私に教えて頂けませんか?」


 シャーロンにとって――己の知識を高めて、更なる高みに昇る事が全てであり。『深淵の学派』もブレストリア法国も等しく無価値だった。


 『深淵の学派』に対する裏切り――そう取られても仕方のない発言を、隣りにクロウフィンがいる状況でした訳だが。別に失態でも何でもなく……


 己の目的のためであれば、他の全てを捧げる……子飼いの部下であるクロウフィンを生贄にするなど、まるで厭わない。シャーロンとは、そういう女だった。



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