278 翌日の地下迷宮
「とりあえず……俺とローズはいつも通りに戦って。それを見せるって事で良いんだよな?」
「うん、お願い……」
レイナが真剣な顔で頷く。ここは『ラウクレナの禁書庫』の第三十階層――
夕食会の翌日、カイエとローズは『暁の光』のメンバーと一緒に地下迷宮に戻って来ると。二人がどんな風に『ラウクレナの禁書庫』を攻略したのか、それを実践して見せて欲しいという話になったのだ。
「私は構わないけど……ごめんね、正直に言うわよ。今のあなたたちには、全然参考にならないと思うけど?」
ローズが気遣わし気に言うが――事実、その通りで。レベルが違い過ぎるのだから、二人と『暁の光』のメンバーでは、カイエやローズの動きを理解する事すら難しいだろう。
「それで良いわ……解らないって事を実感出来るだけでも、意味があるから」
レイナの言葉にアランたちも頷く――折角の機会だから、カイエとローズの連携を見てみたいと思っているのだ。
「ローズさん、そんなに気を遣わないでよ。僕たちだって、自分たちの実力くらい解ってるから。それよりも……カイエが意地悪しないように、見張っていて欲しいな」
悪戯っぽく笑うトールに、カイエは意地の悪い笑みを浮かべる。
「へー……トール、おまえも言うじゃないか。何なら、トールだけ放置して帰っても良いんだけど?」
「ほら、カイエはまたそんな事を……ねえ、ローズさん。カイエってホント、性格悪いよね?」
カイエと馬鹿話をするトールに、ローズはニッコリと笑う。
「トールは、カイエと仲が良いのね」
「うーん……あんまり肯定したくないかな。僕はカイエにいじめられてるから」
「おまえなあ……」
「うふふ……そこまで仲が良いと、私もちょっと嫉妬しちゃうかも」
「ちょっと、ローズさん。冗談でも止めてよ、怖いから!」
そんなことを言いながら、トールは全然怖がっていない――ローズの実力を知っても全然物怖じしない性格だから、カイエと気が合うのだろう。
ホビット族としても童顔で、まるで十代前半の少年のように見えるトールだが。
「おい、ローズ……トールはこう見えて、奥さん二人と愛人もいるからな。見た目通りの奴だって思わない方が良いよ」
「へえー……そうなんだ。でも……何となく解るかも」
トールが物怖じしないのは、空気が読めないからではなく。むしろ相手の反応を敏感に察知して、ギリギリのところまで踏み込んでいるのだ。
ちょっとカイエと似てるかも……だから女性にもモテるんだなって、ローズは妙に納得する。
「ねえ、ローズ……トールの女癖の悪さの話で、盛り上がってるところ悪いんだけど。そろそろ、始めて貰っても良い?」
ちょっと申し訳なさそうに、レイナが口を挟んでくる。他の四人は話に加われずに、微妙な顔でこちらを見ていた。昨日の夜、魔神であるヴェロニカと渡り合うローズを見ているから、下手に口出しできない……そんな感じだった。
(まあ……彼らの方が普通の反応よね)
ローズはニッコリ笑うと。
「みんな、待たせてごめんね。それじゃ、カイエ……」
「ああ、始めるか」
カイエは多人数飛行を発動する――今回は見せるだけだから、『暁の光』全員を牽引して移動するつもりだ。
「え……も、もしかして、また飛行魔法で地下迷宮に突っ込むつもり?」
レイナの顔が引きつる――エスペラルダ帝国の帝都に近い『スタンベルトの迷宮』で、レイナたちは経験済みだった。
「いや、今回は速度を落としてやるよ。おまえたちは、俺とローズが連携するところを見たいんだろ? いつもの速度じゃ、目で追うのも難しいだろうからな」
そう言いながら――カイエは加速を多重発動する。
「ちょっと、待って……心の準備が……」
「却下だな……行くぞ、ローズ」
「うん!」
確かに、前回よりは遅いが――カイエとローズは時速二百キロを超える速度で、地下迷宮の床に触れないギリギリの高さを駆け抜ける。
「……キャャャ!!! う、嘘っ! ぶつかるー!!!」
レイナの悲鳴を響かせながら――玄室の扉を衝突する寸前に魔法で開けて、曲がり角は慣性の法則を無視して曲がった。出現する凶悪な怪物たちは、ほとんど出現と同時に倒して、結晶体に変える。
カイエとローズは言葉など交わさなくても――まるで精神感応で繋がっているように完璧に連携していた。
そうして、十分ほどで『ラウクレナの禁書庫』の第三十階層の攻略を終える。カイエにとっては余裕のスピードだったから、結晶体も全て回収済みだ。
「こんな感じだけど……もっと遅くした方が良かったわよね? でも、あんまり遅くするとイメージが伝わらないから」
昨日の地下迷宮の攻略シーンを、出来るだけ遅く再現したつもりだが――レイナたちの反応に、ローズは申し訳なさそうな顔をする。
「えーと……僕たちが望んだ事だから、ローズさんが気にする事ないけど……」
「……ごめん、ローズ。私……半分くらい目を瞑っていたわ」
トールも含めて、『暁の光』のメンバー全員が真っ青な顔をしていた。二回目とは言え、密閉した空間をジェットコースターのように駆け抜ける恐怖は、簡単に慣れるモノではない。
「まあ……ちょっと落ち着いたらさ。あとは、おまえたちのペースに合わせるから、一緒に地下迷宮を攻略しようか」
カイエの方は――半分は悪ふざけだが。残りの半分はこの程度のスピードならば、『暁の光』のメンバーも視認するくらいは出来るんじゃないかと期待していたのだ。そして、実際にトールともう一人は、最後までカイエたちの動きを目で追っていた。
『暁の光』はもっと強くなれると――カイエは思っていた。
「うん。そうして貰えると……カイエ、ごめん。ちょっと肩を貸してよ……」
突然、レイナはカイエに凭れ掛かる――別に意図的にではなく、思わずやってしまったという感じだから。ローズもどうしたものかと、困った顔をしていたのだが……
五分ほど後。我に返ったレイナは真っ赤になって、ローズに平謝りする事になった。




