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275 対決


 流れるような鮮やかな赤い髪に、褐色の瞳――ローズ・ラクシエルは、眩しいばかりの笑みを浮かべる。


(この人が、カイエの奥さん……)


 ゴクリと唾を飲み込んで、レイナが身構えていると――


「あなたは……レイナさんでしょ? カイエから話は聞いているわ。カイエがこっちに来てから、色々と協力してくれているんだよね?」


 ローズはフレンドリ―に話し掛ける。奇麗で可愛い顔に、鎧を着ていても解る完璧なスタイル――レイナから見ても、ローズは完璧な美少女だ。その上、カイエとレイナの事を知っている風なのに……気さくな感じで話し掛けて来た。


「ええ……ローズさん。私はカイエと仲良くさせて貰っているわ」


 レイナはコツコツと靴音をさせて、カイエに近づいて行くと――カイエの腕を自分の両腕に抱え込むようして、挑発的な笑みを浮かべる。


「ふーん……そうなんだ。カイエ……そんな話、私は聞いてないんだけど?」


 ローズはニッコリ笑うが――目が笑っていなかった。レイナの話を聞いたときから、予想はしていたけど。どれだけフラグを立てるつもりよと、視線でカイエを責める。


「まあ……レイナと俺の仲は悪くないと思うけどね」


 カイエは苦笑すると、ちょっと呆れた感じでレイナを見る。


「おい、レイナ……いつもなら、こんな事はしないだろ?」


 すると、レイナもニッコリ笑って――ローズに視線を固定したまま、カイエの腕をギュッと抱きしめる。


「そんな事わよ……カイエは私をいつも甘えさせてくれるじゃない!」


 レイナとローズの視線が火花を散らすようにぶつかる――しかし、勝負は初めから決まっていた。


「ねえ、レイナさん。私はあなたと喧嘩をするつもりはないんだけど……」


 ローズはレイナから視線を外すと――カイエを見つめる。

 カイエも応えるようにローズを見つめると。レイナが抱えているのとは逆の腕で、ローズを抱き寄せて――熱い口づけを交わす。


「ちょ、ちょっと……」


 呆然とするレイナが、思わずカイエの腕を放すと――カイエは両腕でローズを力強く抱きしめて、さらに熱く彼女を求める。ローズもうっとりした目でカイエを見つめて……互いを求め合う二人だけの世界に没頭してしまう。


 それから何分経過しただろうか――ようやくカイエはローズから唇を離して、彼女を抱きしめたままレイナに告げる。


「悪いな、レイナ……ローズは俺にとって特別なんだよ。だから、おまえの気持ちには応えられない」


「そんなの……解っているわよ」


 俯くレイナ――レイナだって初めから解っていた。だけど、二人を見ていたら、胸が締め付けられるように痛くなって……思わず動いてしまったのだ。


 カイエがローズを見る目は――他の誰を見るときよりも優しくて、ローズも同じような目でカイエを見ている。

 二人がいつも隣にいる事は当たり前だけど。その当たり前な大切さを良く解っていて……いつでも互いの事を想っている。そんな強い絆を……レイナは感じてしまったのだ。


「レイナさん、ごめんね……でも、私だって嫉妬くらいするわよ」


 ローズはカイエの腕の中で、ちょっと困ったような顔をする。レイナたちが協力してくれる事に、感謝はしているけれど。だからと言って、カイエの隣を譲るつもりなどないのだ。


「ううん……ローズさん、ごめんなさい。悪いのは私だから……」


 カイエは初めから、奥さんも愛人もいるって言っていたのに――それでも勝手に好きになったのは自分だ。なのに、ローズとの仲を邪魔するような真似をして……


(これじゃ……カイエに嫌われちゃうな)


 もうカイエに合わせる顔なんてない、今すぐこの場から消えてしまいたい――レイナが落ち込んでいると、優しく肩を叩かれた。


「じゃあ、もう喧嘩はおしまいね……私はカイエの隣を譲る気はいけど。レイナさんの気持ちを邪魔するつもりなんてないわ」


 ローズの声にレイナが顔を上げると――ローズは優しく微笑んでいた。


「こんな言い方をすると、ズルいと思うかも知れないけど。カイエの事が本気で好きで、カイエのために何かをしたって思ってるなら……レイナさんは私にとっても味方よ」


 ローズにとっては、カイエは何よりも大切な存在だから……同じようにカイエを大切に想ってくれる相手の気持ちを否定なんて出来ない。


「ロ、ローズさん……」


 人族の少女であるローズは――ハーフエルフのレイナよりも年下の筈だが。目の前にいるローズは自分よりも、ずっと大人に見えた。


 ローズはカイエの事を微塵の揺るぎもなく信頼して、誰よりも愛しているから……レイナの気持ちだって、受け入れる事が出来るのだ。


「ローズさん……本当に、ごめんなさい。でも……私もカイエの事が……」


 レイナの頬を伝う涙を、ローズがそっと指で拭う。


「うん……解ったから。だから、レイナ(・・・)……これからも、カイエをよろしくね」


「ありがとう、ローズ(・・・)……」


 微笑み合うローズとレイナ。その傍らで、カイエも優しく微笑んでいた――『だから……俺はローズには勝てないんだよな』と思いながら。


「えっと……そろそろ、僕たちも話に加わって良いかな?」


 ここまで完全に放置されていたトールが、ニヤニヤ笑いながら近づいて来る。


「ああ、トール……それにみんなも、放置しておいて悪かったな」


「ううん、カイエのせいじゃ……あ、でも。元をただせばカイエのせいだね」


「おまえなあ……まあ、良いけどさ。それよりも、みんなにローズを紹介するよ」


 カイエに促されて――ローズとレイナの修羅場(?)から距離を置いていたアランたちもやって来て。一人一人が、ローズに自己紹介をした。


 その間、レイナは自分が仕出かした事が今さら恥ずかしくなったのか……ちょっと離れた場所で、そっぽを向いて顔を赤くしていた。


「それで……アランたちは、もう引き上げるんだよな?」


 カイエとローズが現れる前に。彼らは地下迷宮ダンジョンをさらに進むか、いったん退却するかを話し合って。レイナの意見で退却する事に決めたのだ。


「ああ、そうなんだ。せっかく来て貰ったのに、カイエには悪いが……」


 生真面目なアランが申し訳なさそうに言うが。


「いや、俺とローズは勝手にやるからさ。それより……もう上がるなら時間はあるよな? 今夜、みんなで一緒にメシでも食わないか?」


「俺は構わないが……」


 アランが同意を求めてみんなを見ると、全員が頷く――レイナは少し離れた場所から、コクコクと大きく頷いた。


「それじゃ……俺たちはカイエに借りた馬車で、夕食の準備をしておくか」


 本来の活動に戻った『暁の光』が快適に過ごせるようにと、カイエは黒鉄くろがねの馬車二号と偽馬フェイクホースを無期限で貸している。彼らには、こっち世界についての情報を色々と教えて貰ったのだから、これくらいの礼は当然だと思っていた。


「いや、夕食はビクトリノで食べるからさ。準備なんてしなくて良いよ」


 カイエの言葉に――『暁の光』全員が顔を青くする。ここからビアレス魔道国の首都ビクトリノまで、黒鉄の馬車でも数日掛かる。だから、移動手段は……彼らは多人数飛行(マストラベル)で超高速移動をしたときの恐怖を思い出したのだ。


「……カ、カイエ! そ、それだけは止めてよ!」


 慌てて駆け寄って来たレイナが涙目で縋るように言うと、みんなもコクコクと頷く。


「何だよ……空を飛ぶだけの話だろ」


 カイエは意地の悪い笑みを浮かべるが――


「でも、安心しろよ。今回は空を飛ぶ訳じゃないから」


「え……それって……どういう事?」


 レイナは全然信用していなかった。


「ああ、転移魔法を使うんだよ……ちょっと驚くかもしれないけど、一瞬だからさ」


 ビクトリノの冒険者ギルドで。カイエとディスティが転移魔法で消えるところをレイナたちも目撃していたが――どんな魔法を使ったかまでは、彼らは理解していなかった。


「この人数で……転移なんて出来るのかよ?」


 肉体派魔術士ギルが驚愕の声を上げる――転移魔法を使えるだけでも、屈指のレベルの魔術士なのだ。だから、ギルが驚くのも仕方ないが……


「ギル……カイエなんだからさ、いい加減に諦めなよ」


 トールがギルの腕をポンと叩いて、溜息をつく。空を飛んだ方が、まだマシだったかも知れないけどと……内心で思いながら。


「それじゃ、俺たちは地下迷宮ダンジョンを攻略してくるから。夕方になったら、黒鉄くろがねの馬車まで迎えに行くよ」


「うん。そうね……みんな、また後でね」


 カイエとローズは第十八階層の奥へと消えていく――『暁の光』のメンバーたちは、それぞれ思うところがありながら、二人を見送った。しかし……


 このときカイエが『地下迷宮ダンジョン攻略してくる(・・・・・・)』と言った意味を――本当に理解していたのは、トールだけだった。



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