274 私だって……
アルメラとログナと、ディスティの部下から情報が届くまでに、もう少し時間が掛かりそうなので――カイエはもう一組の知り合いに、ローズと一緒に会いに行く事にした。
『ラウクレナの禁書庫』と呼ばれる地下迷宮に転移魔法で移動すると――レイナに渡した指輪の魔力で、『暁の光』の現在位置を特定する。
「ローズ。おまえに会わせたい奴らの居場所は解ったけど……どうする? せっかく二人で地下迷宮に来たんだから、攻略してみるか?」
「そうね。私もちょっと楽しみたいかな……カイエと二人きりの地下迷宮なんて。アルベリア地下迷宮以来よね。ねえ、カイエ……憶えてる?」
「当たり前だろ……その後、ローズがエドワードに囚われた訳だし。色々な意味で印象に残ってるよ」
アルベリア地下迷宮とは――聖王国の王都近くにあり。カイエが遺跡で目覚めた後に、ローズと一緒に向かった地下迷宮だ。
アルベリア地下迷宮から戻った後。カイエは聖王国の第一王子エドワードに難癖をつけられて、拘束されそうになり。それに怒ったローズがエドワードを殴って、投獄されたのだ
「あのときは……カイエに助け出して貰って、本当に嬉しかったわ。馬鹿王子……エドワードの事は今でも嫌いだけど。
そう言えば、あの事件が切欠で、私たちはアルジャルスとも知り合えたし。カイエはアリスやエマとも仲良くなったんだよね?」
ローズがベタ惚れして、決して放そうとしないカイエを。アリスは敵対していたし、エマは他人事だった。
しかし、ローズを救い出すために、アルペリオ大迷宮を攻略する過程で。カイエは二人との関係を築いた。
ローズたちがアルジャルスと知り合ったのも。このときに神聖竜であるアルジャルスが王都までやって来て、上空からローズを解放するように聖王国に要求した事が切欠だった。
「まあ、そうだな……アイシャの事もあるし、俺もエドワードだけは絶対許さないけどな」
二人は顔を見合わせて笑う――エマの幼馴染みであり、今ではカイエたちの準メンバーとも言えるアイシャも、エドワードには散々ひどい目に遭わせられたが……全部解決した今は、笑って話すことが出来る。
「じゃあ、ローズ……サクッと攻略しようか」
「そうね。私……凄く楽しみだわ」
カイエとローズは手を繋いで――『ラウクレナの禁書庫』へと入って行く。
※ ※ ※ ※
「吹き飛べ……『爆列火球』!」
『ラウクレナの禁書庫』の第十八階層で――『暁の光』は、竜頭蝍蛆の群体と戦っていた。
体長六メートル近いこの怪物は、名前の通りに竜の頭と蝍蛆のような身体を持つ。
竜頭も伊達ではなく、炎のブレスまで吐き。節足動物の身体は金属のように固い――『暁の光』のメンバーでも決して侮れない強敵だ。
それが四体――しかし、アランたちは慌てなかった。
玄室の扉を開けるなり、ギルがお決まりの上級魔法で先制攻撃を仕掛けると。身体の一部が欠損した怪物たちを、アラン、ガイナ、レイナが一体ずつ受け持ち。最後の一体はトールが引き付ける。
竜頭蝍蛆が反撃のブレスを吐く前に、
「……『火炎防護!』」
ノーラが支援魔法を発動する。身体強化と防護は発動済みだから。後は回復魔法に徹するつもりだった。
しかし、第十八階層の怪物は想像以上に強く。アランたちはダメージを負って、何度もノーラの回復魔法に頼る事になった。
それでも、致命的なダメージを負わずに四体を倒すが――その頃には、アランが肩で息をしていた。
「アラン……大丈夫?」
「ああ、ノーラ。悪いな……少し頑張り過ぎたかもな」
竜頭長蟲の群れの掃討を終えて――アランは肩で息をしていた。
カイエと別れてから、『暁の光』が地下迷宮を攻略する速度は、明らかに落ちている。しかし、それも仕方のない事で。階層が深くなれば、出現する怪物のレベルも上がるのだ。
金等級冒険者チームである『暁の光』を以てしても、『ラウクレナの禁書庫』は簡単に攻略できる地下迷宮ではなかった。
「さてと……ノーラの魔法のおかげで、傷も治った事だし。そろそろ、先に進もうか」
リーダーであるアランの言葉に、『暁の光』のメンバーたちは頷くが――
「ちょっと待ってよ、アラン。今日のところは、もう引き返さない?」
そう言ったのはレイナだった。どちらかと言うと、いつもはイケイケのレイナの発言力に、全員が彼女を見る。
「どうしたんだ、レイナ……いつもなら、レイナは皆を急かす方だろう?」
アランの反応に、レイナは苦笑する。
「うん、そうなんだけどね……ノーラもギルも結構魔力を消費してるでしょ。今と同レベルの怪物ともう一度戦ったら、結構ギリギリなんじゃない?」
ノーラは同意するが、ギルは渋い顔をする。
「だったら……そのときに帰れば良いだけの話だろ? あと一回くらい、余裕で戦えるぜ」
レイナ以上にイケイケの肉体派魔術士は、主張するが――
「うーん……僕はレイナに賛成かな。そこまで急ぐ必要なんてないしね」
「わ、私も……レイナに賛成」
トールとノーラがレイナに同意したので、不満そうだ。
「チッ……だけどよ、レイナ。なんで、今日に限って慎重なんだよ?」
「別に、今日が特別とかじゃなくて……私も良く考えるようになったって事よ」
レイナは真剣な顔でギルを見る。
「想定外の事が起きても、生き残れる準備をして置かないと……私は誰も死なせたくないの」
こんな風にレイナが考えるようになったのは――カイエと一緒に『ラウクレナの禁書庫』に潜ってからだ。
『俺がおまえたちなら……いつでも最悪の状況を考えながら戦うな。別に臆病になれって意味じゃなくてさ。何が起きても対応出来る準備をしておけって事さ……死にたくないならな』
カイエはそう言って――実践して見せてくれた。
位置の取り方とか、連携の仕方とか……カイエの行動には、一つ一つ意味があった。
誰にも負けない圧倒的な強さを持つカイエが、ここまで考えているのに――自分の浅はかさを、レイナは思い知った。
「なんて……全部カイエの受け売りだけどね。でも、私がみんなを死なせたくない事は本当だから。
無茶をしなければ、生き残れないときも確かにあるけど……油断して足元を掬われたら、最悪でしょ?」
「うーん……カイエなら、もっとイケイケな気もするけどな。だけど、レイナの言う事も解るぜ……仕方ねえな」
カイエの話をされるとギルも弱い――偉大な魔法の使い手であるカイエを、ギルは尊敬しているからだ。
「なあ、アランとガイナも構わないなら……ちょっと早いけど、今日は帰るか」
だけど、それだけじゃなくて……レイナが慎重になる意味も解った。
(俺だって……カイエに笑われたくないからな)
アランとガイナが頷くと――
「うん……ギル、ありがとう。それじゃ……」
そこまで言い掛けて、レイナの言葉が途切れる。
そして、次の瞬間には――走り出していた。
彼女が向かう先には――黒髪の少年が立っていた。
「カイエ……帰って来たのね!」
駆け寄るレイナに、カイエは揶揄うような笑みを浮かべる。
「ああ、レイナ。ただいま……今のはなかなか良い判断だったな」
カイエの意図が――レイナはすぐに解ったから。褒められた事が嬉しくて、そのまま胸に飛び込みそうになる……
しかし、直前でカイエの後ろにいる少女に気づいて、急ブレーキを掛けた。
「「「「「……!」」」」」
レイナ以外の五人が、彼女を見て言葉を失う――それも、そうだろう。
流れるような鮮やかな赤い髪に、褐色の瞳――綺麗で可愛い少女は、それだけでも人目を惹きつけて止まないのに……彼女は輝く白銀の鎧を纏って、光の剣を手にしていた。
「みんな、初めまして……私はローゼリッタ・ラクシエル。ローズって呼んでくれると嬉しいかな」
ローズ・ラクシエル――カイエの妻は、剣や鎧よりも眩しい笑みを浮かべていた。




