270 乙女な想い
「カイエも……これからは、私をディスティって呼んで」
ローズとの話が終わると――ディスティニーは、今度はカイエに迫って来た。
上目遣いで、じっと見つめるスカイブルーの髪の少女。カイエは面倒臭そうに応じる。
「別に呼び方なんて、どうでも良いだろ?」
今のディスティニーは嫌いじゃないが、これ以上距離を詰めようとは思わない。
ローズはディスティニーを受け入れたが、カイエにとって彼女は特別ではないからだ。しかし――
「ダメ……絶対、ディスティって呼んで!」
ディスティニーにしては珍しく、語気が強い。絶対に引くつもりはないと、金色の瞳が語っている。
隣でローズが優しい笑みを浮かべながら、そんな彼女を見守っていた。
「解ったよ……ディスティ、これで良いか?」
たかが呼び方の話だろうと、カイエが折れたのだが――
「うん……カイエ、嬉しい」
ディスティは頬をピンク色に染めて、ちょっと恥ずかしそうに笑みを浮かべる。
そこにあるのは少女の真っ直ぐな好意だけで、『暴風の魔神』である彼女の冷酷さなど、微塵もなかった。
「ディスティ……良かったわね」
「うん。ローズ……ありがとう」
微笑み合う赤と青の髪の少女――カイエは苦笑するしかなかった。
その後、カイエは不在にしていた四日間の事をディスティから聞いたが。状況は大して進展していなかった。
それからローズが、こっちの世界について色々とディスティに質問する。
「こっちの世界は……私たち魔神と神の化身が、それぞれ国を支配している。それ以外は、ローズたちの世界と大きな違いはない。あとは……カイエが何か企んでいる奴らがいるって言うから、今調べているところ」
ローズはロザリーとも、いつの間にか姉妹のように仲良くなっていたが。肩を寄せて姦しくお喋りするディスティとも、すっかり親しくなっていた。
ローズとディスティが会えば、一悶着あると覚悟していたのだが。ローズの懐は、カイエが考えていたよりも深いという事だ。
(ホント、ローズらしいって言うか……俺が魔神だって教えたときも、ローズはすぐに受け入れてくれたからな)
失われた都市アウグスビーナで――カイエが結果的に『獄炎の魔神』からローズを救ったとき。カイエ自身も魔神だと告げても、ローズの態度は一切変わらなかった。
ローズにとって、魔神だとか人族だとか、魔族だという事は、大した問題じゃないのだろう。ローズはそんな事よりも……もっと大切なモノを見ている。
「結局、昔の私は……カイエの言っている事が理解できなくて。最後までカイエと戦って殺された。でも……自分の身体が消滅した事よりも……カイエが消えた事の方が悲しかった」
かつてディスティは、自分が残酷な魔神である事に気づかずに、カイエと戦って破れた。
しかし、肉体を失っても、魔神である彼女は思念体として存在し……暴走した混沌の魔力にカイエが飲み込まれる瞬間を目撃した。
「それでも……私はカイエを忘れる事なんて出来なかった。ずっと、ずっと……カイエにもう一度会いたいって思ってた」
ディスティが訴える想い――ローズは、それを優しく受け止める。
「そうなんだね……ディスティはカイエの事をずっと想って来たんだね。その気持ち……私にも何となく解るよ」
ローズがカイエに想いを抱く他の者たちを受け入れることが出来るのは――
カイエに対する自分の想いに、疑いなんて一切持っていないからだ。そして、カイエも自分を何よりも大切に想ってくれていると感じている……
ローズにとっては、カイエの傍にいることが当たり前だけど。だからといって、当たり前過ぎて見失うなんて事はない。しっかりとカイエの想いを感じて、大切にしながら。いつだって自分の想いも、一生懸命伝えようとする。
カイエを独り占めしたい――正直に言えば、そう思う事もあるし、嫉妬だってする。
だけど、自分が大好きで何よりも大切なカイエを、本気で真剣に想う相手なら……その人にもカイエの傍にいて欲しいし、カイエに受け入れて欲しいと思うのも、また本心なのだ。
(だって、その人の想いも大切だと思うし……カイエなら、みんなの想いを受け止めてられるって、信じているから)
カイエは大きくて温かくて……どんな事でも受け止めてくれる。
だけど、カイエだけに全部背負って欲しいなんて思わない。だって、勇者であるローズは、その辛さも寂しさも知っているから……
(私は……カイエに寄り添えるように絶対に強くなる。今の私じゃ、まだまだ足りないけど……)
そして、ローズと同じ想いを抱いている相手ならば。カイエの側にいて欲しいし、カイエにも想いを受け止めて欲しい。
カイエにも、同じ想いを抱く相手にも――幸せになって欲しいと思うからだ。
「おい、ローズ……話の趣旨が変わってるよな?」
カイエは突っ込んでくるが――その目は物凄く優しい。
「うん……私は昔のカイエの事も、ディスティの事も知りたいから」
ローズも満面の笑みを返す――
二人はお互いに深いところで解り合っている。いつでも真剣に相手の事を考えて、これからも相手を大切に想いながら生きていくからだ。
そんな二人の関係をディスティは羨ましく思うが――
(私にとっても……カイエは特別。だから……ローズにだって絶対に負けない)
『暴風の魔神』ディスティ・オルタニカは二人を見つめながら、そう誓うのだった。




