267 ローズたちの実力
混沌な時間のせいで、少し遅くなったが。七人で一緒に作った夕食を、ローズたちは『あーん』合戦をしながら、カイエに食べさせる事になった。
そして食事を終えると、みんなで近況を報告する。しかし、こっちの世界では一日も経っていないから、必然的に異世界でのカイエの活躍が話題の中心になった。
「『暴風の魔神』ディスティニー・オルタニカと、『鮮血の魔神』ヴェロニカ・イルスカイヤ……こいつらとは千年前の因縁があるんだけどさ。とりあえず、協力して貰う事にしたんだ」
カイエにも色々と思うところはあったが――ローズたちに隠し事をするつもりはないので、二人の事を包み隠さずに話す。そのせいで……
「へー……この前聞いたレイナってハーフエルフの子と、アルメラって魔術士もそうだけど。またカイエはフラグを立てたって事なんだね?」
ローズの台詞に同調して、六人の目が怖くなる。
「だから、そんなんじゃないって……俺にとって特別なのは、おまえたちだけだからさ。俺には四人の嫁と愛人たちがいるって、あいつらにも言っておいたよ」
「それは解ってるけど……」
『嫁』という言葉に反応して、ローズは嬉しそうに頬を染めながら――思いきりカイエを抱きしめる。
「解ってるけど……嫉妬くらいするんだからね」
「ああ、カイエ……私の気持ちも解って欲しいな」
反対側からエストが、恥ずかしそうに色々な部分を押し付ける。
「そうだよ、カイエ……頭では解ってるけど、気持ちは別なの!」
「そのくらい……あんたも解ってるでしょう?」
エマとアリスも前後から迫って来る。そんな五人にメリッサが少しだけ遠慮がちに加わって、上目遣いに非難の視線を向けるロザリーの頭を、カイエは優しく撫でる。
「そうだな……俺が悪かったよ。でもさ、あいつらを放置する訳にもいかないからな」
ちょっと困ったような顔をするカイエの耳を――ローズは愛おしそうに甘噛みする。
「ねえ、カイエ……今日はこの後、模擬戦に付き合って貰えないかな?」
「ああ、別に構わないけど……おまえたちも、参加するんだよな?」
他の五人も期待に満ちた目で見ているので、カイエがそう応えると――六人全員が、思わせぶりな感じで頷いた。
※ ※ ※ ※
カイエたちは黒鉄の塔の四階にある鍛錬室に移動すると――早速、模擬戦を始める。
「じゃあ、私からね……カイエ、行くよ!」
空間拡張と多重結界の魔法を展開しているから、ここなら本気で戦っても何の問題もない。
だから、神剣アルブレナを構えるローズは一気に魔力を解放する――膨大に膨れ上がる光の魔力は、カイエの記憶の中にある彼女を遥かに凌駕していた。
「なるほどね……やっぱりそういう事か」
カイエは面白がるように笑う。魔力を見る事が出来るカイエは、日を追う毎に尋常ではない速度で成長しているローズの実力に気づいていた。
「うん。カイエにはバレていると思ってたけど………成長したのは魔力だけじゃないって事を見て貰いたいの」
ローズは自信たっぷりの笑顔で応える。
「ああ、解った……ローズ、おまえの実力を見せてくれよ」
そこから始まった二人の模擬戦は――ローズの技術と力の全てを注ぎ込んだモノだった。
ローズの魔力は大幅に底上げされている上に、カイエが教えた効率的な魔力の発動と操作を完璧に体現しており。剣技という意味でも、ローズは極みという域に達していた。
上下左右前後――あらゆる方向から変幻自在に振るわれる光の剣と魔法を、カイエは二本の漆黒の大剣で受け止める。
「さすがにローズだね……動きがキレキレだよ!」
「ああ、そうだな。私たちも頑張らないと」
「あら。スピードだったら……私の方が上だと思うけど」
エマ、エスト、アリスの三人は食い入るように二人の戦いを見つめている。かつての彼女たちであれば、二人の動きを目で追う事すら出来なかっただろうが、今は完璧に捉えている――筈だったが。
「「嘘……」」
そこからローズが、さらに加速したのだ。速度が増しただけではなく、動きの精度も上昇する。さらに、さらにと――ローズは手を抜いていた訳ではなく。カイエの実力に引っ張られて、戦いながら成長しているのだ。
(もっと、もっと強く……カイエの力になりたい、カイエの傍にいたいから……)
ローズは限界を超えて、さらに先へ――光の神の使徒である勇者は、その殻を完全に破っていた。
そして模擬戦は――唐突に終わりを告げる。
「「「「「「え……」」」」」」
五人が見つめる中、カイエはローズを抱きしめていた。
「ローズ……頑張ったな」
「カイエ……うん、私……」
互いを強く抱きしめて、唇を重ねて――二人はお互いを求め合う。
「あのねえ……二人とも、そういうのは後にして貰える?」
「そうだよ……羨ましくなっちゃうから、止めてよね」
「ああ。カイエ……私たちの実力も早く見て貰わないとな」
熱烈なイチャイチャを見せつけられて――闘志を燃え上がらせたのは三人だけではなかった。
「カイエ様……ロザリーちゃんだって、頑張った事を褒めて貰いたいんですの」
「カイエ、僕だって……強くなったって認めて貰いたいんだ」
自信に満ちたロザリーとメリッサ――カイエは揶揄うように笑う。
「ああ、解ってるって……みんなと順番に戦うからさ。おまえたちの実力を……俺に味合わせてくれよ」
カイエの言葉に歓喜して――彼女たちは模擬戦で、実力の全てを出し切った。
※ ※ ※ ※
六人との模擬戦を終えて、全力で戦ったローズたちは全員消耗していたが。カイエの方は息一つ乱していない。まだそれだけの実力差があるという事だが――彼女たちの実力は、カイエを納得させるのに十分なモノだった。
「おまえたちが言いたい事は解ってるよ……今なら、異世界に連れて行っても問題ないな」
「「「「「「カイエ(様)……」」」」」」
神の化身と魔神が待ち構える異世界は危険過ぎるから、ローズたちを連れては行けない――それがカイエが一人で旅立った理由だった。しかし、今のローズたちの実力ならば、少なくとも自分の身を守る事くらいは出来るだろう。
「だけど……ロザリーとメリッサは、もう少しってところだな」
カイエの言葉に二人はシュンとなるが――
「そんな顔するなよ……今のペースで成長すれば。おまえたちが問題のないレベルに達するのだって時間の問題だからさ」
その一言で、輝きを取り戻す。
「カイエ様……ロザリーちゃんは頑張りますの!」
「うん……僕だって、もっともっと頑張るからね!」
「まあ、それはそれとして……」
カイエは不意に邪悪笑みを浮かべる――
「俺はこれから……今回の仕掛け人のところに挨拶に行って来るよ」
ローズたちの急激な成長ぶりは、普通なら絶対にあり得ない事だが。それを可能にする相手に、カイエは心当たりがあった。
「カイエ、あのね……それは私たちが……」
「ああ、カイエは誤解して……」
ローズとエストが心配そうな顔で止めようとするが。
「勿論、それくらい解ってるって……だけどさ。どっちにしても、俺はあいつに言いたい事があるんだよ。おまえたちも……どうせ、ついて来るだろう?」
カイエはそう言うと――転移魔法を発動させた。




