264 カイエのやり方
ヴェロニカが破壊した城については、放置しておくと余計な憶測を他の魔神や神の化身たちにさせる事になるので――
「とりあえず、外側だけは元通りにしたからさ。あとは適当に配下の奴らにでもやらせろよな。ヴェロニカも一応魔神なんだから。城を魔法で再生した事自体は、特に怪しまれないだろう」
カイエが錬成系の最上位魔法を使って一時間ほどで再生した。ヴェロニカの事だからと城くらいを破壊するだろうと予想していたから、城の映像記録を残していたので。元通りの外観にするなど簡単な事だった。
「一応って……カイエ、てめえな!」
「カイエが言ってる事は事実。ヴェロニカは魔神の癖に創造系魔法の才能がない」
ディスティニーはクスリと笑うが、ヴェロニカは睨み付けるだけで反論できなかった。もしヴェロニカに城を再生させていたら……子供が絵に描くような歪な外観になっていただろう。
「まあ、城の事はどうでも良いけどさ……ヴェロニカ、早速だけど強くなるやり方を教えてやるよ」
翌日、カイエが向かったのは、再生したばかりのヴェロニカの城の訓練場。今回は初めから部屋のサイズに合わせて結界を張っておく。教える相手はヴェロニカにディスティニー――そして闘技場の王者ダリル・グラハルトだ。
「ラクシエル閣下……申し訳ありません。知らぬ事とはいえ、閣下には大変失礼な事をしてしまいました」
眼光鋭い四十代の偉丈夫、ダリルは片膝を突いて深々と頭を下げる。
ダリルが参加する事になったのはカイエの意向だ。単純にダリルが気に入った事と、ヴェロニカが一人で鍛錬する際に相手がいた方が便利な事、そしてダリルならば下手に情報は漏らさないと考えた事が参加させた理由だ。
「いや、別に良いって……あと、俺の事は普通にカイエと呼んでくれ。これ以上面倒な事を言うなら、おまえが参加する話は無しだ」
ダリルの事はあくまでも『ついで』で、教える相手の本命はヴェロニカとディスティニーだ。だから、ダリルがウザい事を言い続けるならお引き取り願おうと思ったが。素直に承諾したので、そのまま参加させる事にする。
「それじゃあ、まずはヴェロニカだ……ハッキリ言うけどさ。おまえが弱い理由は、魔力の使い方が全くなってないからだよ」
「カイエ、てめえ……」
奥歯を噛みしめて怒りを顕わにするヴェロニカに、カイエは苦笑する。
「いや、おまえだけじゃなくて、神の化身と魔神全般に言える事だけどな……言葉で説明してもな納得しないだろうから、とりあえず実践して見せてやるよ」
そう言ってカイエは――まるでヴェロニカ本人のように深紅の魔力を纏う。
「昨日と同じように広域認識阻害を展開してるから、外から魔力を感知される事はないから安心しろ……ヴェロニカ、おまえなら解るだろう? 今の俺はおまえの魔力を再現している」
カイエは魔力を変質させる事で、ヴェロニカとほとんど同量・同質の『鮮血の魔力』を再現したのだ。普段なら面倒だからやらないが、魔力操作に精通したカイエなら難しい事ではない。
「イルスカイヤ様……」
「チッ! 舐めた事をしやがって!」
「馬鹿ヴェロニカ……舌打ちするな」
ヴェロニカとディスティニーが睨み合うが、話が進まないので後頭部を殴って黙らせる。
「ヴェロニカ、昨日みたいに全力で掛かって来いよ……おまえの魔力の使い方が如何に駄目か、教えてやるからさ?」
カイエに挑発されて、ヴェロニカはカイエを本気で殺すつもりで攻撃を繰り返す――しかし、同レベルの魔力しか発動していない筈なのに、カイエには全く効かなかった。
「ヴェロニカ、おまえが剣技を極めている事は認めてやるよ。鍛錬も怠っていないから、神の化身と魔神の中でも、おまえの剣技はトップクラスだろう。だけどさ……俺に言わせれば、ただそれだけの話だ。魔力を上手く操作すればな――」
カイエは加速する――その瞬間、ヴェロニカはカイエを見失った。そして次の瞬間……ヴェロニカの二本の大剣は、真っ二つに折られていた。
「勿論、おまえに合わせて戦ったから特別な魔法を使った訳じゃない。加速と剣の二点に魔力を集中しただけで、これくらいのことは出来るんだよ」
呆然としているヴェロニカに、カイエは揶揄うような笑みを浮かべる。
「神の化身も魔神も元々膨大な魔力を持っているからさ、魔力を操作したり、効率的に使うって発想自体がないんだろうな」
ヴェロニカの魔力の使い方は、スケールこそ違うが、出会った頃のメリッサに良く似ている。才能だけで魔力を発動しているから、魔力を無駄遣いしてるのだ。
「魔力の性質を理解して、操作出来るようになれば。魔力量の底上げも効率的に出来るようになるから、二重の意味で強くなれるんだけど……ヴェロニカ、俺のやり方を覚える気はあるか?」
「ああ、当たり前だろう! こんな旨い話に、乗らない筈がないぜ!」
ヴェロニカがやる気満々という感じで喰いついて来る。予想通りの結果だが――
「だけどさ、ヴェロニカ……期待させて悪いが、おまえが俺と同じように出来るとは思っていない。おまえたち魔神や神の化身は、魔力を操作するのが本質的に苦手なんだよ」
一言で言えば、神の化身と魔神は魔力を操作する才能がない――カイエは神の化身と魔神の正体についても研究済みであり、かつてアルジャルスとエレノアに教えたときに実際に体験もしていた。
世界の果てに残されていた資料を基に、カイエは魔力と魔法に関する原理とともに、神の化身と魔神についても研究を重ねた。
その知識はアルジャルスとエレノアと共有しており、魔力の性質や操作の仕方についても何度も話をして、実践もしてみせた。しかし、二人は理屈としては理解したが、体現する方は及第点というにも苦しいレベルだった。
それでもアルジャルスとエレノアは、神の化身と魔神としても元から強大な力を持っており、魔力操作操作の鍛錬も怠らないから、総合力ではカイエに匹敵するレベルにある。
しかし、ヴェロニカは――操作の基礎を覚えれば、それなりの効果はあるだろうが。そこから先は……無論、ヴェロニカの方がアルジャルスやエレノアよりも才能がある可能性もあるので、伸びしろが無いとは言わない。
「カイエ、てめえが言いたい事は何となく解るけどな……俺を馬鹿にするなよ! どこまで強くなれるかは、俺次第って事くらい解っている! だがな……俺は絶対に、てめえよりも強くなって見せるぜ!」
ヴェロニカがやる気なのだから、カイエもそれ以上水を差すつもりはなかった。
そして、次はディスティニーの方で――
「カイエ……私はカイエの役に立つために、もっと強くなる」
ディスティニーは、かつてカイエに殺されて以来、独自に魔力について研究をしていたらしく。魔神としては魔力の操作も効率的な使い方も出来ている――それがヴェロニカが認めるディスティニーの強さの一因なのだ。
しかし、結局のところ、ディスティニーにも魔力操作の才能があるとは言い難く――ローズたちに魔力操作の仕方を教えてからの成長度合いに比べれば、ディスティニーが底上げで来た強さは微々たるものだった。
「ディスティニー……おまえに必要なのは、それなりに魔力操作が出来る奴との実戦経験を増やす事だ。理屈から体現するのが難しいなら……身体で覚えるしかないだろ」
「え……私の身体で……」
ディスティニーは頬をピンク色に染める――そういう意味じゃないだろと、カイエは突っ込むが。とりあえず、時間があるうちはディスティニーの鍛錬に付き合おうと思う……それくらいはしてやっても良いと、カイエは思っていた。
最後は『ついで』のダリルだが――彼は勿論魔神ではなく魔族だから、この三人の中では一番、魔力操作の才能がある筈だった。
そして実際に鍛錬を始めてみて……カイエは自分の考えが間違っていた事に気づく。ダリルの才能は「三人の中ではある」というレベルではなかった。
「へえー……ダリル。おまえって結構呑み込みが早いよな。それだけ体現できるなら、自己鍛錬だけでも伸びしろが期待できるな」
「閣下……カイエ、恐縮です。不肖ダリル・グラハルトは、イルスカイヤ様の剣として、少しでも高みへ近づければと思っております」
「ダリル、その言い方……堅過ぎるだろ。まあ、良いけどさ……おまえなら、そのうちヴェロニカの鍛錬の相手も務まるようになると思うよ」
「カ、カイエ……ご冗談を。私など……」
ダリルは言葉を詰まらせるが、それは謙遜が理由ではなく――ヴェロニカとディスティニーが嫉妬に満ちた目で睨んでいたからだ。




