262 魔神同士の戦い
ヴェロニカ・イルスカイヤが手にするのは、まるで生き物のように脈動する二本の赤黒い大剣――それが放つ圧倒的な力を目にすれば、闘技場の王者ダリル・グラハルトか持っていた赤い大剣など、模造品に過ぎない事が解る。
「カイエ……あのときみたいに、俺を楽しませてくれよ!!!」
ヴェロニカは最初の一撃に全力を込めるが――カイエは漆黒の剣で、アッサリと受け止める。しかし、ヴェロニカの魔力の波動はそれだけでは収まらずに、彼らが戦っている訓練場の壁と床を崩壊させる。
「おい、ヴェロニカ……おまえが本気で戦ったら、この城が消滅するだろ?」
「そんなもん構うか! ここは俺の城だぜ! 配下の奴らだって、俺に殺されるなら本望だろうよ!!!」
二撃目も三撃目もヴェロニカは己の力と剣技の全てを駆使して、続けざまにカイエに叩き込む。その度に魔力の波動が渦を巻き、ヴェロニカの居城はすでに半壊していた。
「そうか? 殺されて文句を言わない奴なんて、そうはいないと思うけど……まあ、俺は他人を巻き添えにするのは嫌いだからさ、勝手にやらせて貰ったけどな」
ヴェロニカの攻撃を最小限の動きだけで受け止めながら、すでに床が崩落して空中に立つ形となったカイエは、揶揄うような笑みを浮かべる。
その言葉にヴェロニカも気づく――城の中庭に結界が張られて、その中に城内にいた筈の彼女の配下の者たちがいた。カイエが彼らの魔力を感知して、ヴェロニカが最初の一撃を放つ直前に移動させたのだ。
「カイエ、てめえ……随分と余裕じゃねえか!!!」
カイエが殺し合いに集中していない事にヴェロニカは苛立ち、怒りとともに、さらに何度も全力の剣を叩き込むが。
「ああ、ヴェロニカ。おまえには悪いけど、俺は余裕なんだよ……おまえのやり方じゃ、俺には勝てないからな」
「……ふざけるな!!! 俺はてめえに勝つために、それだけのために鍛えて来たんだ……俺は……俺は絶対に、てめえに勝つ!!!」
ヴェロニカは動きを止めると――魔力を練り上げる。『鮮血の魔神』が帯びる深紅の魔力は周囲の空気すら焼き焦がし、正しく神の化身や魔神すら一撃で屠れるだけの力を放っていた。
全神経を集中したヴェロニカは、無言で渾身の一撃を放つ――ヴェロニカの限界を超えた速度と力で、さらには軌道を強引に捻じ曲げて、二本の大剣が全く別の生き物のような動きで、カイエに襲い掛かるが――
それすらも、まるで初めから解っていたかのように、カイエは簡単に受け止めると。
「ヴェロニカ……もう十分だよな?」
カイエは漆黒の二本の剣を二閃させると――赤黒い二本の大剣が砕かれ、ヴェロニカの両腕が切り落とされた。
「嘘だろ……俺は……」
ヴェロニカはがくりと膝を突く。魔神とて痛みを感じない訳ではないが、激痛よりも何も出来なかった事に対する無力感が、ヴェロニカを支配していた。
「だから言っただろう。おまえじゃ俺には勝てないって」
カイエは勝ち誇るでも同情するでもなく、真顔でヴェロニカを眺めていた。
「ああ、そうだ……俺はてめえに二度も負けた。さあ……さっさと殺せよ」
ヴェロニカの目に光はなく、敗北に打ち拉がれた彼女には、一瞬前までの獰猛さなど欠片も残っていなかった。
そんな彼女を――カイエは襟首を掴んで、強引に立ち上がらせると。光のない目を真っすぐ見る。
「ヴェロニカ。おまえを殺すのは簡単だけどさ……今の状態でおまえが死んだら、次に復活するのは数百年後だろ? それまで、おまえは精神体として負け犬のまま過ごすつもりか? いや、違うな……復活しても今の状態じゃ、負け犬である事に変わらないよな」
もし、ヴェロニカが二度目の敗北に復讐心を懐いているのなら、カイエはこのまま殺しても良いと思っていた。しかし、完璧に打ちのめされたヴェロニカは、カイエに罵られても何の反応もしない。
ヴェロニカ・イルスカイヤの事が――カイエは嫌いだった。何故なら、彼女には戦う事にしか眼中に無く、千年前の戦いで、カイエたちに何度も戦いを挑んできたからだ。
当時のカイエは、神の化身と魔神たちが自分の力を誇示するために互いに争い、人族と魔族を駒として消費する事に反発して、彼らに戦いを挑んだ。その結果として世界を滅ぼし掛けてしまった訳だが……
ヴェロニカがやった事も、他の神の化身と魔神と大差ない。だが、一つだけ違う事がある……当時もヴェロニカは、単純に殺し合いを楽しんでいたのだ。
ヴェロニカは支配する事も力を誇示する事も考えてはおらず、殺し合いに勝つことだけしか頭になかった。そんな彼女に付き従う魔族たちも、戦う事しか考えていない猛者ばかりで……
カイエにとっては傍迷惑な話で、一方的に何度も戦いを挑まれた。そして最終的には引けない状況に追い込まれて――ヴェロニカを殺すしかなかったのだ。
だからと言って、ヴェロニカを殺した事をカイエは後悔していない。あのときヴェロニカを殺さなければ、他の多くの命が失われていたのだから。だけど……ヴェロニカを殺したいとは、今でも思っていない。
「なあ、ヴェロニカ……このままで良いのか? 今のおまえじゃ、俺に絶対に勝てないが……もっと強くなれるやり方を、俺が教えてやろうか?」
『強くなれる』――その一言に、ヴェロニカが反応する。
「……どういう事だよ? カイエ、てめえ……何が言いてえんだよ?」
カイエは現金な奴だと思いながら、面白がるように笑う。
「だから、さっきから言ってるだろ……おまえが弱いのは、やり方の問題なんだって。俺のやり方なら少なくとも今よりは強くなれる……俺に勝てるかまでは、保証しないけどな」
「いや、そうじゃなくてよ……」
ヴェロニカは訝しげに顔を顰める。
「なんで、てめえは強くなるやり方を教えるとか……そんなことを言うんだよ? 俺はてめえを殺そうとしたんだぞ!」
「いや、おまえじゃ俺を殺せないから。たった今、証明して見せただろう? それに、おまえが強くなったところで、俺は殺されるつもりなんてないからさ」
カイエは揶揄うように笑う――ヴェロニカは犬歯を剥き出しにして怒るが、それがカイエの狙いだった。
「勿論、教えてやるには交換条件がある……俺を殺すまで、おまえが俺に付き従う事だ。いつでも何度でも、俺に戦いを挑んで来るのは構わないけど。それ以外は絶対服従だからな」
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