259 寄り道で闘技場
誤字報告をしてくれた方、ありがとうございます。凄く助かりました。
皇都ヴァルサレクの闘技場おける不文律は――相手を殺す事が唯一の勝利条件。それ以外にルールらしいルールはなく、武器も魔法もアイテムも使い放題だ。
過酷な戦いに対する対価として、勝者には高額の賞金が与えられる。しかし、金だけのために命を懸けるような連中ばかりでは、闘士のレベルが上がらないから。さらなる魅力的な条件が提示されている。
まず、闘技場で十勝すれば、闘技場優勝者への挑戦権が与えられる。勝てば闘技場の数しかいない現役優勝者の仲間入りだ。
闘技場優勝者には、『鮮血の魔神』より『権能』が授けられ、氏族長――人族で言えば貴族に匹敵する地位と財産を約束される。だから、力でのし上がろうとする者たちは、こぞって闘技場に参戦するのだ。
さらには、闘技場優勝者は、闘士の頂点である闘技場の王者に挑戦する事ができ、闘技場の王者になれば、この国の支配者である『鮮血の魔神』と直接戦うことが許される――
しかし、闘技場の王者が『鮮血の魔神』に戦いを挑んだ前例はない。何故ならば、歴代の闘技場の王者は『鮮血の魔神』の配下の中でも最強の存在であり。彼らを破って闘技場の王者となった者など、一人もいないからだ。
「なるほどね……なかなか面白そうな事をやってるじゃないか」
カイエは観客席から、今まさに繰り広げられている試合を眺める。闘士は魔神が支配する国らしく全員魔族であり、ガチの殺し合いだから大抵は短時間でケリがついた。
相手が傷を負えば、回復する暇を与えずに殺す――隙を見せれば自分が殺されるのだから、当然だろう。
武器も魔法もアイテムも本当に何でもありで、試合開始時点で引き連れてさえいなければ、怪物を召喚するもの問題ないようだ。
血生臭いに試合に、客席が沸き上がる――残酷な試合に喜んでいるのは、観客が魔族だからという訳ではなく。もし人族だとしても、同じような反応をする奴は多いだろうとカイエは思っていた。
「カイエ……まだ闘技場で殺し合いを見ているの? こんな低レベルな戦い……私には全然面白くない」
『鮮血の魔神』との仲介役を買って出たディスティニーは、カイエの寄り道に付き合って、一緒に闘技場に来ていた。直接『鮮血の魔神』に会いに行くと思っていたところを、肩透かしを食らった感じだ。
『だったら、もっと構って――』と、ディスティニーは纏わり付いて来るが、カイエは邪険に扱っていた。
彼女の見た目はいつもと変わらないが、魔力だけは隠せとカイエに言われていたから。今は魔神としての膨大な魔力を発しておらず、観客たちも『暴風の魔神』が近くにいる事に気づいていなかった。
「私はちょっと……興奮しているわよ」
「アルメラ、おまえなあ……良いけどよ」
ちょうど闘士が首を切り落されたところで。アルメラは舌なめずりしながら、その様子を眺めていた。隣でログナが呆れた顔をしている――ちなみに二人には、カイエが事前に『変化の指輪』を渡しており、今の彼らは魔族の姿をしていた。
アルメラの見た目は少しワイルドになった感じだが、ログナの方は魔族の姿になっても、相変わらず惚けた感じだ。
「まあ、見てるだけってのは詰まらないからな……ディスティニー、少しは楽しませてやるよ」
カイエは意味ありげに笑って、観客席から移動する。今度は何を始めるのかと、アルメラとログナは期待しながら付いていく。ディスティニーは状況が解っていないようで、不思議そうな顔をしていた。
カイエが向かったのは――闘技場に常設されている闘士の受付窓口だ。
「試合に出たいんだけど……闘士の試験は、すくに受けられるんだよな?」
闘士の試験は、誰でも受ける事が出来るが――『鮮血の魔神』は弱者が闘技場に出る事を許さず、試験は相応に厳しい。そして当然ながら、試験の不合格イコール死だ。
カイエの申し出に、受付の女魔族はニヤリと笑う――ちなみにカイエは『認識齟齬』という魔法で、姿を変えないまま相手に魔族だと強制的に認識させている。魔力も偽装しており……受付嬢は『試合に興奮して、自分なら勝てると勘違いした馬鹿』とか思っているのだろう。
しかし――地下にある試験場で、カイエが試験用のゴーレムを一撃で破壊すると、受付嬢の態度が変わった。
「合格です……希望されるなら、すぐに試合に出ることが出来ますが?」
一緒に付いて来たディスティニーは、当然という感じで無反応。アルメラとログナはニヤニヤしている。
「ああ、頼む……ちょっと行って来るから、おまえたちは客席で待っていてくれよ」
そう言ってから十五分後――カイエは闘技場の試合会場に立っていた。
相手は横も縦も大きい重量級の魔族。巨大な戦斧をこれ見よがしに見せて威嚇するが……試合開始と同時に、その巨体を闘技場の壁にめり込ませる事になった。
いったい何が起きたのか――審判の魔族も、観客たちも一瞬理解できなかったが。直後……大歓声が沸き上がる。しかし……
審判は巨漢の状態を確認すると、試合続行の合図を出した――つまり、巨漢の魔族はまだ生きているという事だ。
勿論、魔族が生きていたのは偶然ではない。カイエが魔力でクッションを作って、計算ずくでギリギリ死なないダメージを与えたのだ。
「いや、そいつはもう戦えないだろ……こんな遊びみたいな事で、いちいち殺すのは趣味じゃないんだよ」
カイエの声が闘技場に響き渡る――魔法を使って、この場にいる全員に聞かせたのだ。
殺す事が唯一の勝利条件という不文律……そんなものを、カイエは初めから守る気などなかった。
「貴様……『鮮血の魔神』様が決めた事に逆らうとは、失格だけでは済まさんぞ!」
闘技場の警備兵たちが、カイエを取り囲むように集まって来る。警備兵たちは明らかな殺意を抱いた。観客席でもブーイングの嵐が巻き起こっているが――
カイエが巨大な漆黒の剣を横に一閃させて、全ての警備兵を壁に叩きつけると……今度は静寂が闘技場を包み込む。
「ほう……なかなかの実力のようだな。良いだろう……俺が直々に相手をしてやろう」
そう言いながら現れたのは、鍛えぬかれた鋼のような肉体を持つ長身の魔族――
「「「チャンピオン・バルト!!!」」」
その男の登場に、再び歓声が沸き上がる。もう説明して貰う必要もない……彼こそがこの闘技場の現優勝者バルト・ゲリングだった。
「俺はまだ一戦しかやってないけど……良いのかよ?」
どうせルール通りにやるつもりなどなく、強引に従わせるための策略をカイエは幾つも考えていたのだが――
「貴様の実力が解ったからな、構わない。だがな……俺の闘技場で好き放題をしたツケを、このバルト・ゲリングが払わせてやる!」
バルトが波のように湾曲する長剣を掲げると、魔力の波動によって彼の全身の血管か浮き上がる――バルトの実力は魔将クラス。しかも『鮮血の魔神』より権能を与えられているから、カイエたちの世界の元魔王軍の魔将ドワイト・ゼグランすら凌駕していたが……
「そうかよ……だったら、少しは耐えて見せろよな?」
カイエにとっては、バルトと他者の違いなど誤差でしかなく――バルトも警備兵たちと同じように、壁にめり込む事になった。




