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255 暴風の魔神


 背中まで伸びたスカイブルーの髪と、幼さの残る可愛らしい顔立ちにピンクの唇――ディスティニー・オルタニカは『暴風』とは真逆の可憐な少女の姿をしていた。


「魔神様……」


 突然の魔神の来訪に、冒険者とギルド職員たちは片膝を突いて、深々とこうべを垂れる。その様子は魔道国の国民たちが、彼女に畏怖と敬愛を懐いている事を如実に表していた。


 しかし、当のディスティニーは――周りの者たちの姿など、まるで目に入っておらず。カイエだけを潤んだ金色の瞳で見つめていた。


「ねえ、カイエ。答えて……どうして、私を消滅させたの? どうして、自分まで飲み込まれることが解っていた筈なのに、混沌の魔力を暴走させたりしたのよ?」


 かつてディスティニー・オルタニカはカイエに殺された――それ自体、ティスティニーには、とても悲しい事だが。魔神である彼女にとって肉体の消滅は死に直結しない。魔神の精神体は不死不滅の存在なのだ。


 しかし、『混沌の魔力』に自ら飲み込まれたカイエは違った――『混沌の魔力』に取り込まれて、カイエという存在そのものが消えてしまったのだ。


 精神体の状態で、それに気づいたディスティニーは、どれほど悲嘆にくれた事か……


「ちょっと待てよ、ディスティニー。今さら説明するまでもないだろう?」


 潤んだ目で上目遣いで見つめる美少女に、カイエはフンと鼻を鳴らして呆れた顔をする。


「おまえたち魔神と神の化身は勝手な理屈で互いに争って、その戦いに巻き込んだ人族と魔族を、絶滅寸前まで追い込んだだろう? だから、俺は戦いを終わらせるために『混沌の魔力』を使ったんだ。


 おまえたち全てを飲み込むだけの魔力を発動すれば、自分で制御できない事くらいは解っていたけどな……他に手段なんてなかったんだから、後悔なんてしていない」


 後悔をしていない――最後の言葉だけは嘘だった。カイエは千年以上眠りに就いている間も、その眠りから解き放たれた今も、『混沌の魔力』の暴走によって世界を滅ぼし掛けた事を、ずっと後悔している。


 もっと他のやり方があったのではないかと……


「でも……私はカイエと出会って変わった。カイエが言ったように、理由もなく人族を殺さなくなった。なのに……どうして私まで消滅させたの?」


 ディスティニーは消滅する前にも一度、カイエと戦い敗れている。その際にカイエから、人族も魔族も神の化身や魔族の玩具オモチャではなく、それぞれが意志を持った掛け替えのない存在だと教えられたのだ。


「ああ……だけど、おまえの価値観で人族を滅ぼして良いなんて俺は言ってない。ディスティニー、おまえは結局、あれからも散々人族を殺したじゃないか……だから、おまえは俺の敵なんだよ」


 ディスティニーは自らにすがる人族は決して殺さずに、庇護下に置いたが。神の化身の下に集い争う相手となった人族に対しては、一切容赦をしなかった。


 戦争なのだから仕方がないとか、そういうレベルではなく。群がる虫を踏み潰すように、敵対した人族を根絶やしにしたのだ。


 結局のところ魔神であるディスティニーにとって、人族の存在とは虫ほどの価値もなく。真の意味でカイエが言ったこと理解した訳ではなかったのだ。


「そうか……敵対する人族を沢山殺したから、カイエに敵だと思われたのか。でも、今は違う……こっち世界に来てからは、敵の人族も少ししか(・・・・)殺していない」


 だから問題ないと平然と言うディスティニーに、カイエの目が冷たくなる。


「そうだよな……おまえと俺は、結局理解し合えないんだ。もう、その話は良いからさ……おまえたちが、こっちの世界で何を企んでいるのか教えろよ」


 突き放すようなカイエの言葉に、ディスティニーは思わず彼の袖を掴む。


「そんな顔をしないで……ゴメン、カイエ。私には何でカイエが怒ったのか解らない……でも、私はカイエに嫌われたくないの、カイエの敵になりたくないの……」


 金色の瞳から大粒の涙が溢れ出す――縋るように見つめて来る『暴風の魔神』に、カイエはバツが悪そうに頭を掻いた。


「おまえさ……本当に馬鹿だよな。魔神である自分の価値観以外、全然理解できないし、理解しようともしていない」


「うん、私は馬鹿だ……だから、カイエに嫌われた。だから、カイエに滅ぼされたんだ……でも……もう、嫌われたままなのは厭なの。


 もう二度度会えないと思っていたのに、もう一度カイエと巡り敢えて……なのに、またカイエの敵になるくらいなら……私を殺して」


 ディスティニーが本気で言っている事くらい、カイエにも解った。彼女が言っているのは肉体的な死ではなく、精神体の消滅という意味だ。


 魔神である彼女の精神体は不死で不滅の存在だが、カイエならば、もしかしたらという気持ちと。自らの真の消滅を望んでいるのは、紛れもない事実だった。


「とりあえず……解ったから。おまえの件は保留だ。今のところは敵じゃないって事にしてやるけど。意図しようが意図しまいが、おまえが俺の敵になる可能性は残っているからな……休戦協定って事でどうだ?」


「それって……私の事を許してくれるって事?」


「ああ、とりあえずだけどな……おまえが何も理解しないままに、また人族を適当に殺したら……いや、人族だけじゃなくて、魔族や他の種族だって同じだからな? そのときは……覚悟しろよ」


「うん、今度はきちんとやる。全部カイエに教えて貰うから大丈夫……カイエ、許してくれてありがとう。それと……」


 『暴風の魔神』はギュっと、カイエを抱きしめた。


「もう一度会えて、本当に嬉しい……カイエ。生きていてくれて、ありがとう……」


 正面から想いをぶつけられて――カイエは抱きしめ返す事はしなかったが、抵抗もしなかった。ディスティニーが本当にカイエの言っている事を理解したならば、確かに敵にはならないだろうと思うし。彼女の気持ちが本物だという事も解っている。


 ここまでの一幕を――冒険者たちとギルド職員たちは、ただ茫然と眺めているしかなかった。話している内容が余りにも壮大過ぎて、全然理解できないのも確かだが。


 自分たちが畏怖し、敬愛する『暴風の魔神』が、まるで普通の少女のように涙を流して黒髪の少年に抱きついている姿は……理解の範疇を遥かに超えていた。


「ちょ、ちょっとカイエ……また凄い状況になってるのは解ったけど」


 周囲の沈黙を破ったのは、レイナだった。


「そこにいるのが『暴風の魔神』様で、それを殺したってあんたは……『神の化身』なの?」


 カイエと『雷の神の化身』トリストル・エスペラルダとのやり取りを、レイナは直接目にしていないが。


 『神の化身』と直接話を付けた事は知っていたし、日頃の言動からも、とてつもない力を持っている事は解っていたが……まさか、そこ(・・)までとは想像していなかったのだ。


「いや、俺も一応魔神だけどな……元々は人族と魔族のハーフで。色々あって、魔神になったんだよ」


 カイエは適当な感じで説明する。


「俺が魔神だって解ったら……レイナ、どうする?」


 揶揄からかうような漆黒の瞳に、レイナは憮然として。


「はあ? どうしもしないわよ! 少しは驚いたけど、あんたが普通じゃない事くらい初めから解っていたから、私の気持ちは変わらないわよ!」


 堂々と宣言するレイナに、アランたちは思わず感心してしまう――実はレイナが男に惚れたところを彼らも初めて見たのだが。


 すでに嫁も愛人もいると言われた上に、相手がとんでもない存在だと解っても全然ブレない彼女の一途さを、素直に凄いと思ってしまった。


(僕の奥さんも、こんな風に想ってくれてるのかな……だったら、怖いけど)


 唯一の妻帯者であるトールは、それ以上に引いていた。


「私は大体想像が付いていたけど……こうして見せつけられると。ホント、ゾクゾクして……下着が不味い事になっちゃったわよ」


 『雷の神の化身』に続いて、『暴風の魔神』すら簡単にあしらったカイエの力を見せつけられて――アルメラは完全に興奮していた。


「ねえ、カイエ……これから私と……」


「アルメラ、何を考えてるのよ!」


 魔神様の前だというのに、茶番のような光景を繰り広げている二人に、周りの冒険者と職員の視線が痛かったが――


「おまえたち、邪魔……」


 ディスティニーの金色の瞳が、何よりも冷たい光を放った瞬間――空気が凍りつく。


 虫けら、塵……いや、そんなモノですらなく。存在する意味もないのに、邪魔なだけなモノ……圧倒的な強者の感情のない金色の瞳が、カイエ以外の全ての者の心臓を、無造作に鷲掴みにする。


「……痛い!」


 その空気を壊したのはカイエで、いきなりディスティニーの後頭部を殴ったのだ。


「何をするの、カイエ……」


 涙目で抗議するディスティニーに、カイエはジト目を向ける。


「何じゃないだろ……そう云うのが駄目だって言ってるんだよ」


「うーん……よく解らないけど、解った」


 全然解ってないなと思いながら、カイエはアルメラの方を見る。


「まあ、レイナの事は置いておいて。おまえのは完全に却下だな」


 色々と文句を言いたかったが、これ以上言っても逆に喜ばせる事になりそうなので止める。


「わ、私の事は置いておいてって……カイエ、どういう事よ?」


 ディスティニーの恐怖を知りながらも、すぐに絡んで来るレイナには――カイエも苦笑するしかなかった。


「その話は、また後でな……俺はディスティニーと、まだ話があるからさ。そうだな……夜に、このギルドで合流するって事で。おまえたちは適当に時間を潰してくれよ」


 そう言ってカイエがディスティニーに声を掛けると、二人の姿は一瞬で消えてしまう。


 その直前――ディスティニーが見せた実に嬉しそうな顔と、カイエの満更でもないような態度に。レイナは納得できない気持ちで一杯だった。


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