253 昼と夜の襲撃
黒鉄の馬車の左前方から近づいて来る一角狼の数は、五十頭を軽く超えていた。散開した状態で荒野を駆け抜けながら、距離を詰めて来る。
「絶対に止まるなよ、囲まれるぞ!」
「解ってる!」
騎上で叫ぶアランの声に、『暁の光』の全員が応える。一度止まってしまえば、一角狼群れに飲み込まれて身動きが出来なくなる。
黒鉄の馬車(二号)の天井はサンルーフのように開閉が可能であり。(偽造馬は自ら判断して動くから本当は必要ないのだが)御者席に座るガイナを残して、残り全員が馬車の上に出た。
「ノーラ、支援魔法を頼む!」
「しょうがないわね……私も協力してあげるわよ」
騎馬で並走するアランとトールを含めて、ノーラとアルメラが手分けして『防御』と『身体強化』を全員に掛ける――ともに手練れである『暁の光』とログナたちは、今は連携すべきときだと理解していた。
「じゃあ、俺とレイナは打って出る役目だな」
「まあ……それが順当でしょうね」
ログナとレイナが偽造馬に飛び移って、輓具の留め具を外して車体から切り離す。ほとんど同じタイミングで、ギルとアルメラが車上から魔法の先制攻撃を始めた。
「『闇の矢』!」
「『炎の矢』!」
迫って来る一角狼の群れに突き刺さる五本の黒い矢と、七本の炎の矢――ともに下位魔法を選択した理由は詠唱時間が短い事と、敵が分散してために範囲攻撃魔法では効果が薄いと判断したからだが。しかし、ギルの直接的な攻撃魔法に対して、アルメラが選択したのは麻痺と目潰しの副次効果がある魔法だった。
その効果には大きな差があり。アルメラが確実に五頭の動きを止めたのに対して、ギルが仕留めたのは三本の矢を集中させた一頭だけで、残りは傷を負いながらも足を止めていない。
「チッ! なるほどな……だったら、『爆裂の矢』!」
格上の実力を見せつけられたギルは、続けざまに二本の炎の矢を放つ――今度の矢は一角狼に当たると爆発し、大ダメージで二頭を脱落させた。
ダメージ至上主義のギルは、副次効果のある攻撃魔法が得意ではない。だから力押しでより効果のある魔法を選択したのだ。
「あら、なかなかやるじゃないの……」
アルメラは薄く笑うと、再び『闇の矢』を放つ。これで少しは数を減らすことは出来たが……一角狼の群れは、すでに五メートルほどの距離まで迫っていた。
「今度は俺たちの番だな!」
黒鉄の馬車と並走するアランは、偽造馬の背で大剣を振りかぶると。飛び掛かってきた最初の一頭を一刀両断にする――馬術に長けたアランは普通の馬に乗るときも足だけで制御して、このスタイルで戦う。今はさらに制御し易い偽造馬に乗っているのだから、このくらいは朝飯前だった。
「馬車には近づけさせないから、ガイナは前だけ見てて!」
アランのすぐ後ろを走るレイナが、飛び掛かって来た一角狼を、精霊銀の剣で切り捨てる。
「ちょっと数が多いが……まあ、何とかなるだろう」
ログナはいつものやる気のない感じだが、一角狼の急所を狙って投げナイフで確実に仕留めていく。
「このパターンは……僕は苦手だな」
囮役はトールが得意とするところだが。今回は馬車と分断されたら囲まれて終わりになると、大人しく三人の内側で待機する。適切な状況判断が出来るところもトールの長所だった。
一角狼が向きを変えて、黒鉄の馬車と並走する形で暫く襲撃は続いたが――アランとレイナとログナの壁は容易に突破できず、反対側に回り込もうにも、馬車の上からアルメラとギルの魔法に狙い撃ちされるのだから、数はどんどん減っていった。
そして二十分ほどで、一角狼の群れを完全に振り切ったアランたちは、さらに用心のために十分ほど進んでから馬を止めた。
「また襲撃があるかもしれないし、このまま四人は騎馬で移動する?」
カイエがいないのなら、レイナが車内に残る理由はない。
「だったら、僕とガイナは交代した方が良いよね? 索敵は馬車が勝手にやってくれるんだし、レイナもいるんだから。それに馬車に取り付かれたときは、僕の方が身軽に動けるからね」
「そうだな。御者台に座ってるのも退屈だからな」
「これだけ戦えれば、おまえたちだけで全然問題ないな」
『暁の光』のメンバーの配置が決まったところで、カイエが戻ってくる。
「もう、カイエ! どこに行ってたのよ?」
カイエが空から降りて来ると、レイナは言葉とは裏腹に、何処か嬉しそうに駆け寄る。
「だから、偵察に行くって言っただろう? とりあえず、問題になるような怪物はいなかっよ」
「それって、カイエならって意味じゃないの? あんたがいない間に一角狼の群れに襲撃されたけど。判断を間違えてたら、結構危なかったわよ」
レイナは不満そうに言うが。
「だけど、おまえたちなら間違えないだろ? それを含めて俺は言ってるんだよ」
カイエから信頼の言葉を掛けられて、一瞬でデレる。
「と、当然でしょ……私たちに任せておけば、大丈夫よ!」
カイエが相手だとマジでチョロいな――そう思ったのはログナとアルメラだけではなく、『暁の光』のメンバーも思わずジト目になる。
「それで……カイエ、偵察はもう終わりなの?」
馬車から降りて来たアルメラが擦り寄っていくが。手が触れる前に、カイエはあからさまに避ける。
「いや、まだだ。辺り一帯の様子を調べられるだけ調べて来るよ。アルメラだっているんだからさ、俺が馬車に残る必要なんてないだろ?」
私はレイナみたいにチョロくはないわよと、アルメラは妖艶な笑みを浮かべるが。カイエの役に立つ方が得策だと、文句は言わなかった。
こうして二日目はずっと、カイエは一人偵察を続けた。その間にアランたちは、さらに三度怪物と遭遇したが。無暗に戦闘をする必要もないと、黒鉄の馬車の索敵能力と速度を駆使した二度は回避し。回避できなかった一度も八人は上手く連携して、無傷で撃退した。
「夜の間も野営なんかしないで、移動を続けた方が安全なんだよ。偽造馬が疲れないのは解っただろ? 見張り役だって本当は必要ないけど、心配なら交代で御者台に座っていれば良いだけの話だよな」
さすがに一日に五度も怪物に遭遇したので、リスクを考えて彼らもカイエの提案を受け入れる。
夕食は簡易キッチンでノーラとトールが簡単な料理を作った。レイナは料理で女子力をアピールしようと思ったが、幸運にもアルメラとの女の戦いのせいで諦めざるを得ず、今回も皆は無難な食事にありつく事が出来た。
交代でシャワーを浴びる間も馬車を走らせて、そのまま就寝時となり。今夜はアラン、ガイナ、トール、ギルの四人が交代で御者台で見張り役を務める事になった。
レイナとノーラを見張り役から外した理由は、男女が寝るスペースを衝立で分けているからだ。後方の女子部屋から御者台に移動するには、男子部屋を通るしかなく――アルメラが隙を見て、カイエに夜這いを掛ける事も可能になる。
だから衝立を魔法で強化して、結界と防音も発動する。これでアルメラは男子部屋に侵入する事も、中の様子を探ることも出来ない。
(カイエは……こんな事で、私を止められると思ってるのかしら?)
しかし、アルメラにとっては、むしろ好都合だった。レイナとノーラが寝静まるのを待って――さらに睡眠魔法を掛けると、アルメラは行動を開始する。
『壁抜け』の魔法を発動させて馬車の屋根に出て、サンルーフから男子部屋に侵入する腹づもりだったが――最初で躓く。『壁抜け』を使っても、車体の壁を擦り抜ける事が出来なかったのだ。
「おまえさあ……そのくらい対策してるに決まってるだろう?」
不意の背後からの声に。
「なんだ……カイエの方から来てくれたのね?」
アルメラは嬉々として振り向く。レイナとノーラは眠らせたのだから、もう邪魔者はいない……しかし、当然ながら。そんな都合の良い状況にはならなかった。
「あんまり舐めた事をすると……解ってるだろうな?」
漆黒の瞳が帯びる冷徹な光――アルメラは魂が凍り付くよう恐怖心を覚えながら、恍惚とした笑みを浮かべる。
「カイエに殺されるなら……最高だわ!」
「おまえなら、そう言うと思ったよ……だから、殺してなんかやらない。その代わりに……放り出して、二度と近づけないようにするけど?」
カイエには、それくらい簡単な事だ。例えば失われた魔法の『深淵なる迷宮』に永久に閉じ込めるとか……今のところは、そこまでやるつもりはないが。
「だったら……残念だけど、今夜は諦めるわよ」
アルメラとて夜這いが成功しない事など初めから想定済みであり。こうしたやり取りを楽しむ事が目的なのだが――彼女は大きな勘違いしていた。
カイエが向けた冷徹さは本物ではない……彼が本気で殺意を向ければ、死を覚悟してる事など関係はなく。唯の人族であるアルメラの精神が耐えられる筈がないのだ。




