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236 異世界への扉


 それからカイエが異世界へと旅立つまでに、一週間ほどの時間が必要だった。


 時間が掛かったのは、異世界から戻って来るために魔法装置をもう一つ作っていたからだ。遺跡の魔法装置によって異世界へ行く事が出来るが、帰って来るときもこちら側からもう一度扉を開くか、異世界側から魔法装置を使って扉を開く必要がある。


 セリカがいるのだから、カイエが不在でも遺跡の魔法装置を起動する事は可能だが。不測の事態を考えると、異世界に魔法装置を持って行くべきだろう。しかし、ここでもう一つの問題が考えられる――異世界で魔法装置が正常に作動するのか。


 カイエはすでに異世界に関して、幾つかの検証を行っていた。こちら側の世界の存在が異世界で生存可能なのか。魔法が異世界でも有効かなど……

 無論、カイエが行くと決めた時点で、生存については問題ない事が解っていたし、魔法が発動できる事も確認していた。


 カイエは実験用の怪物モンスターを送り込んで、異世界の環境を分析した。怪物モンスターには敢えて弱点となる属性を付与して、データ記録用のマジックアイテムとセットで送り出す。幾度かの検証の結果、魔法装置によって繋がる異世界の環境が、こちら側と大差ない事が解った。


 そして、最後に異世界で魔法装置が正常に発動するかの検証だ。今回はセリカに協力して貰い、扉を開き続けたままカイエ自身が一度異世界に行き、異世界でもう一つの魔法装置を起動して戻って来る実験を行った。結果として、この実験自体は成功に終わったのだが――


「どうして、カイエ一人で行くの……異世界は危険かも知れないけど。だったら、なおさらカイエ一人で行かせられないよ!」


 その日の夜は、こうなる《・・・・》事が解っていたから。アリウスたちには早々に客室へと引き上げて貰ってから、仲間たちだけダイニングキッチンに集まって貰った。


 ローズの発言はもっともであり、他の五人も同じ気持ちだったが――


「悪いけど、諦めてくれ。相手は神の化身と魔神なんだよ――偽神デミフィーンドじゃない本物がね。奴らと戦いになっても俺一人なら何とでもなるが、おまえたちの安全までは保証出来ないからな」


 人族も魔族も大抵の者は、神の化身や魔神を一括りに考えているが。彼らの中にも強者と弱者が存在する。カイエが言う『本物』とは偽神デミフィーンドを使役する存在の事だ。


「だったら……お願い、カイエ! もっと私たちを鍛えてよ! せめて自分の身を守れるくらいには強くなるわ!」


 今のローズたちは、すでに偽神デミフィーンドなら倒せるくらいに強い。まだ伸びしろはあるから、『本物』と戦っても瞬殺されないレベルに到達する事は不可能ではないし、或いはそれ以上も――


「いや、駄目だ。そこまで時間が無い……異世界では十倍の速度で時間が進むんだよ」


 カイエは検証の初期段階でこの事実に気づいていた。

 神の化身と魔神の狙いが解らない状況で、これ以上放置することは得策ではない。ローズたちが強くなるまでに一年掛かるとしたら、相手には十年の時間を与えてしまうのだ。


「ならば……私たちにもカイエの魂の欠片を分けてくれないか? 魔神の魂があれば、そこまで時間が掛からずに力の底上げが出来るんじゃないのか?」


 エストが食い下がる。カイエが魂を分け与えれば、彼女たちも魔神化する事でさらなる力を得る可能性はある。


「それも駄目だ……そんなに単純な事じゃないんだ。おまえたちが魔神化に耐えられるかは解らないし。仮に耐えられたとしても、俺と同じように千年以上も生きるハメになるんだぞ……周りが年を取って死んでいく中で、自分だけが生き続けるのは決して楽しい状況じゃないからな」


 魔神の魂の欠片を分け与えられた者が、必ず魔神になれる訳ではない。魂の欠片を支配出来きなければ、逆に飲み込まれてしまうのだ。

 カイエの場合はエレノアに魂の欠片を与えられなければ死んでいたのだから、他に選択肢はなかった。セリカの場合も彼女はそのために創られたのだから状況が違う――おそらくは何百という失敗作・・・を経て、セリカが誕生したのだろう。


「魔神化の事は……絶対に頑張って耐えてみせるから。それに私はずっとカイエと一緒にいたいから、長く生きられるのは逆に嬉しいよ」


 真摯に見つめて来るエマに、カイエは苦笑する。


「頑張ればどうにかなるって話でもないんだよ。あと長く生きるって事もさ……もっとじっくり考えてから決めないとな」


「結局カイエは……自分一人で決めちゃったって事よね? 私たちに相談もなしに?」


 アリスが恨みがましい目で睨む。


「ああ、その事は悪いと思ってるけどさ。結果は同じだろう?」


「全然違うわよ……あんた一人で悪者になるつもりでしょ!」


 事前に相談していたとしても、結局は同じ答えに辿り着いただろうが。そうしていたらローズたち自身が、カイエについていかないという選択を迫られる事になったのだ。


「まあ……そんなに深刻な話じゃないって。奴らと戦うことになるかは解らないし、いつでも帰って来れる手段もある。そうだな……向こうの方が十倍速く時間が進むんだから、こっちの時間で何日かに一回は帰って来るよ」


「毎日よ……絶対、約束して」


「解ったよ……あまり長い時間はいられないけど、毎晩同じ時間に帰って来る。ローズ、エスト、エマ、アリス……悪いけど、こっちの世界の事は暫く頼むよ」


 このとき――ロザリーもカイエについて行きたいとは思っていたが。地下迷宮の主(ダンジョンマスター)である彼女の力の源は、自分が支配する地下迷宮(ダンジョン)なのだ。ロザリー個人としても魔法を行使することは出来るが、異世界に行けば新たな地下迷宮(ダンジョン)を構築するまで、完全に足手纏いだろう。


 メリッサにしても同じ気持ちだったが、ローズたちと比べても自分が力不足なのは自覚しているから。彼女たちがついて行けないのに、自分だけは……などとは言えなかった。


「ロザリーもメリッサも……頑張ってくれよな。ロザリーの下僕たちは凄く役に立つし、魔族との交流はこれからだから、メリッサに頼むことも増えるだろう」


 カイエが気持ちを解ってくれていることが、二人にも伝わったから――


「カイエ様……当然ですわ!」


「うん、カイエ……僕も頑張るよ!」


 二人も笑顔でカイエを送り出すことにした。


「私なら……カイエと一緒に行っても良いわよね?」


 不意の声に、ローズたちが視線を向けると――そこにいたのはエレノアだった。

 彼女は黒いポニーテールを揺らしながら、ニッコリ笑って近づいて来る。


「久しぶりね、みんな……ねえ、カイエ? 私なら一緒に行く資格があるわよね?」


「エレノアねえさん……冗談だろ?」


 先ほどからエレノアがいた(・・)事に、カイエは気づいていたが。彼女が気を遣って姿を見せない事が解っていたから黙っていたのだ。


「そうね……勿論冗談よ。私には他にやる事があるし……アルジャルスにはお仕置きをしておいたけど。カイエがこの遺跡に来たんだから、バレるのは時間の問題だったからね」


 魂の欠片を分け与えたエレノアは、カイエの居場所を知る事が出来るから、彼が遺跡を訪れている事には気づいていた。遺跡の秘密についてもエレノアは知っていたから、アルジャルスが口を割らなくても、カイエなら、いずれは答えに辿り着くと思っていたのだ。


「カイエ……少しだけ話をしても良いかしら? 異世界の事と、この世界に残っている神の化身と魔神たちのことについて……」


 エレノアは語る――この世界に残っている神の化身と魔神は、カイエたち三人以外は、全て偽神デミフィーンドクラスであり、それらも今は眠りに就いているという事。その他の神の化身と魔神は二百五十年ほど前に異世界に消えたが、思念体としては、まだこの世界と繋がっているという事。


偽神デミフィーンドはいつ復活するか解らない状態だし。『本物』の神の化身と魔神たちも、この世界に戻って来る事が出来るのよ。だけど彼らが思念体である間は、この世界に直接影響を及ぼすことは出来ない……つまりは、こちらの世界のエゴとしては帰ってきて欲しくはないって事よ」


 神の化身と魔神が異世界で何をしているのかは定かではないが、少なくとも向こうにいる間はこの世界の平穏は守られる。偽神デミフィーンドの復活も脅威ではあるが、エレノアとアルジャルスと人外の情報網ネットワークがあるし、今ならばローズたちもいるのだ。


「なるほどね……だから、エレノアねえさんは放置して来たのか? でもさ、奴らが異世界でしてることが、こっちの世界を滅ぼす事に繋がらないとも限らないだろ?」


「その可能性は考えたけど……私やアルジャルスが、この世界から消える事の方が危険だから。私たちが不在の間に偽神デミフィーンドが復活したら……今ならローズたちもいるけど、複数同時に復活する事だって考えられるし。『本物』が突然帰って来る可能性だってあるでしょ?」


 エレノアの言っている事は正しい――異世界に出向いて神の化身と魔神たちの目的を確かめるよりも、防備を固める方が優先だろう。

 カイエにしたところで異世界に行くことは、わざわざ相手を刺激する事にもなる。


「それでも……俺は異世界に行くよ。奴らには、色々と言いたい事があるからな」


 放置していたところで、神の化身と魔神たちの気分次第で危機は訪れるのだし。自分が傍にいないときに、ローズたちが奴らと戦うハメにならないとも限らない。


 結局のところ、今のカイエにとって一番大切なのはローズたちで、世界は二番目に過ぎない――ちなみにエレノアとアルジャルスは対等な戦友だから守る対象ではないし、世界の中でも知り合いを優先するつもりだ。


 勿論、ローズたちが安全でいる限りは世界も守りたいし、こっちの都合で異世界だって壊したくはない。だけど物事には優先順位がある――状況次第では、カイエは自分が『悪』となる覚悟くらい決めていた。


「まあ、カイエならそう言うと思ったわよ……無駄になった方が(・・・・・・・・)良いけど(・・・・)、ローズたちは私とアルジャルスが鍛えるわ。カイエは向こうで言いたいことを言って来なさいよ。でもその前に……今夜はみんなを、たっぷり可愛がってあげないとね」


 キメ顔で片目を瞑るエレノアに、カイエは苦笑し、他のみんなは真っ赤になる。


 そして長い夜を経て――カイエは異世界へと旅立って行った。



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