223 いや……おまえらの理屈なんて知るか。
「所詮は下等な吸血鬼に過ぎぬとも……一応は我ら不死王の一人あったギュネイが滅ぼされたのだ。最後まで慎重に事を運ぶ必要があろう」
艶やかな黒いローブを纏うのは、眼窩に赤い光を灯す金色の骸骨――冥王であるザウエル・シャニングスは、配下の黄泉の魔術師たちを従えながら、視界の先に見える都市の小さな明かりを見据える。
ここはガルナッシュ連合国の北東部にある荒地であり、さらに北にある辺境の大森林地帯を抜けて、彼らはガルナッシュ最北の都市イルズベリアに迫っていた。
闇の魔神に仕える筈の魔族が、人族と手を結ぶなどと――裏切者どもを皆殺しにしてやると、意気込んで聖王国に向かった『闇の貴族』ギュネイ・コールドフィンが、あっさりと返り討ちにあった。
冥府の魔神の声により、それを知った他の不死王たちは、当初の計画を変更し、裏切者どもの巣窟であるガルナッシュへと戦力を終結させたのだ。
「このように、我ら不死王が終結せずとも。各々がこの国の都市を全て廃墟に変えれば良いだけの話ではないか?」
青白い焔に包まれた血まみれの甲冑の男――否、甲冑に宿る死霊が放漫な言葉を放つ。彼は『永遠の復讐者』ヤルド・ウォルズ――『死の騎士』に過ぎなかったヤルドは、嘗ての同胞たちの怨念に満ちた幾万の死者の魂を喰らうことで不死王の力を得た。
「ヤルド……カッテハユルサヌ。ウラギリモノドモハ、ユウシャトテヲムスンダノダ……」
軋むような呻き声が重なり合う声――『怨念の渦』は冥府を彷徨う無数の怨霊が一つの『集合自我』と化した存在であり。現世に這い出したそれは、死霊系不死者の頂点に君臨する不死王となった。
不死王たちの周囲には、あらゆる種類の不死者の軍勢が集結しており――その数は十万を優に超えていた。
全戦力を一カ所に集中して都市を一つずつ滅ぼしていく……単純な作戦だが、膨大な数の壁と強大な不死王三人を同時に相手にすれば、たとえ勇者パーティーと魔族が手を結ぼうとも太刀打ちできる筈などない。
イルズベリアまでは、あと数キロというところであり。今夜のうちにイルズベリアは地上から姿を消すだろう。都市の防壁など黄泉の魔術師の上位魔法で容易に破壊して、後は十万の不死者が生者たちを喰らい尽くすだけだ。
死の饗宴の始まりを思い浮かべて、冥王ザウエル・シャニングスは肉のない顔に他者には解らない笑みを浮かべていたのだが――不意に、不死者たちの行軍が止まる。
「何事だ……」
ザウエルが千里眼の魔法を発動させると――すでに前線では戦闘が始まっていた。まるで巨大生物に弾き飛ばされるように、何百体という数の不死者が宙に舞っているのが見える。
しかし、この状況を創り出しているのは巨大生物などではなく……漆黒のハーフプレートを纏い、黒く光るバスタードソードを手にした魔族の女だった。
「この力は……まさか魔王が復活したのか? いや、待て……勇者パーティーの者が魔族に化けていると考えるべきか? 何れにしても……もう少し情報が欲しいところだ」
ザウエルは側近である黄泉の魔術師に命じて、数体を飛行魔法で前線の偵察に向かわせるが。彼らは前線に辿り着く前に、新たな敵の襲撃を受ける――褐色と銀色の翼を持つ悪魔たちが、左翼から襲い掛かって来たのだ。
悪魔たちは数千体に過ぎず、十万を超える不死者に比べれば微々たる数だったが。褐色の鱗を持つ悪魔たちが思いの他強く、上位魔法を放つ悪魔の実力は黄泉の魔術師にすら匹敵した。
「これほどの悪魔を召喚するとは……ガルナッシュの魔族どもは国中の魔術士を掻き集めたか。しかし、魔族の軍勢が見当たらないのはどういう事だ……」
暫し思考している間に、今度は右側から轟音が鳴り響いた。
ザウエルは反射的に音のした方向に視線を向けて――思わず大口を開けて言葉を失う。
轟音を発した者の姿は、一見するとザウエルと同族のような金色の骸骨ではあったが……サイズが桁違いで、全長が十メートルを超えていた。さらには不死者を冒涜するかように、骸骨の頭上には天使のような光の輪が浮かび、背中には悪魔のような翼が生えていた。
まるで冗談のような巨大な怪物――通称『ロザリーちゃんのラブリーラビット』は、不死者たちを虫けらのように踏み潰しながら、縦横無尽に暴れまくる。
「何なのだ、あの化物は……黄泉の魔術師たちも迎撃に回れ!」
数十体の黄泉の魔術師が飛行魔法で急行し、火焔や雷撃の上位魔法を浴びせ掛けるが――魔法障壁を展開しているのか『ラブリーラビット』には一切効かず、逆に巨体に似合わない俊敏な動きで、黄泉の魔術師たちをゴ〇ブリのように叩き落として行く。
その余りにも派手な戦ぶりに気を取られていたせいで気づくのが遅れたが。最初に前線に現れた魔族の女――メリッサは、今も同じように周囲の不死者たちを宙に弾き飛ばしながら進んでおり、すでに軍勢の中ほどにまで達していた。
(このままでは……さすがに不味いか。ヤルドと『怨念の渦』は何をしておるのだ……チッ!)
そんなザウエルの心の中の舌打ちが聞こえたかのように――
「貴様は本当に魔族か……それても勇者が化けてるのか? まあ……どっちでも良いか。どうせ俺に殺されるんだからな!」
『永遠の復讐者』ヤルド・ウォルズが、幾万の死者の魂を喰らった巨大な戦斧を、突進して来るメリッサに突き付けると、
「キサマハ……アンデッドハナイ。ニセモノダナ……ホンモノノオソロシサヲ、オシエテヤロウ……」
ほとんど同時に、怨念の集合体である『怨念の渦』が『ラブリーラビット』に襲い掛かった。
青白い焔を纏う戦斧『魂喰らい《ソウルイーター》』の超重量級の一撃を――メリッサはバスタードソードを両手に持ち替えて受け止める。
「ほう。俺の一撃を受け止めるとは……やはり貴様が勇者か!」
『永遠の復讐者』ヤルド・ウォルズは、戦斧の重量など物ともせずに矢継ぎ早に攻撃を繰り返す。それに対してメリッサは何とか攻撃を受け止めるだけの防戦一方だった。
一方、怨念の集合体である『怨念の渦』は――巨大なアストラル体と化して『ラブリーラビット』を飲み込む。
冗談みたいな『ラブリーラビット』のパワーも相手がアストラル体では効果がなく。本物の不死者ではない『ラブリーラビット』は、『怨念の渦』のエナジードレインによって、魔力を吸い尽くされるのを待つしかなかった。
「さすがは……一応は不死王に名を連ねるだけの事はあるか。この事態を収拾する役には立ったようだな……」
『冥王』ザウエル・シャニングスは、最上位魔法である『血塗られた絵図』を詠唱しながら真夜中の空に舞い上がる。
致死性の超広範囲魔法である『血塗られた絵図』は数千人の命を一瞬で奪う死神の鎌であり……
他の不死王など塵としか考えていないザウエルにとって、この世界で二番目に有効だと思える魔法だった。
しかし、ザウエルとて最上位魔法を発動するまでには時間が掛かるから、塵でしかないヤルドや『怨念の渦』を利用する必要があった。
そして、約五分間に及ぶ長い詠唱を終えて、ザウエルが『血塗られた絵図』を発動する直前――突然出現した黒の革鎧を身に纏う女が、金色の骸骨の口の中に無理矢理に刃を捻じ込んで、詠唱を強引に中断させた。
「……!」
声を発せないザウエルの抗議など完全に無視して――アリスは不満そうな顔で言う。
「あのねえ……ロザリーにメリッサ? メリッサが面を喰らってるのは解るけど……ロザリーは遊び過ぎよね? たかが不死王に、時間を掛け過ぎなのよ」
何を寝言を言っているのだと、ザウエルは思っていたが――
「ア、アリス……僕にも言い訳をさせてくれないか! 余りにも手応えがなくて……何か隠しているんじゃないかと、警戒していたんだ」
「ロザリーちゃんも……そうですの。たかがエナジードレインくらいで『ラブリーラビット』の魔力を奪える筈がないのに、無駄な事をしてるから何か企んでると思ってたんですの!」
「だったら……時間の無駄だから、さっさと倒しなさいよ?」
『冥王』ザウエルの首を無慈悲に刎ねながら、
「ど、どういう事だ? 我は……」
『冥王』の最後の台詞に、アリスが残酷な笑みを浮かべる。
「何言ってんのよ……そのままの意味だけど? 不死者なんかが、本気で私たちに対抗できるって思ってたの?」
アリスの言葉を証明するように――
「僕も……そろそろ本気を出さないとね!」
黒いバスタードが膨大な魔力を放ちながら、『永遠の復讐者』ヤルドを、巨大な戦斧ごと一刀両断にする。
「偽物の方が……本物よりも上だって、『迷宮の支配者』ロザリーちゃんが教えてあげるのよ」
ロザリーと同化した『ラブリーラビット』は――天使の輪と悪魔の翼を持つ巨大なゴスロリ幼女の姿と化して、『怨念の渦』のアストラル体を逆に侵食してしまう。
「ワレハ……オンリョウノシュウゴウタイデ……ナニヨリモ、ジュンスイナアンデッドノハズナノニ……」
「だから……頭が悪いのが致命的なのよ。不死者とか天使とか悪魔とか――そんなの些細な違いかしら?」
幼女に嘲笑われながら――『怨念の渦』は消滅した。
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