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214 エストとアリスの報告


 最初に、エストの親代わりだったダリウス・バーグナー司祭の墓前に報告してから――カイエたちは、エイトが育った修道院に向かった。


 修道院では今でも二百人近い孤児が生活しており。二十人ほどの修道士たちが、子供たちの世話をしていた。


「おめでとう、エスト……いえ、賢者ラファン様!」


 修道院の現在の責任者であるセシル・リーフは、エストの話を聞いて涙を流す。

 白髪の彼女はエストが拾われる前から修道院で働いており、エストにとっては『子供の頃の厳しいけど優しい先生』という感じの存在だった。

 彼女はダリウスの死後も、動揺する他の修道士たちを纏め上げて、修道院を支えて来た。


 四対一という自分たちとカイエの関係を、エストは正直に話したのだが。セシルは一瞬驚いただけで、すぐに心から祝福してくれた。


「セシルさん、ありがとう……でも『ラファン様』なんて呼び方をするなら、私も『リーフ司祭様』って呼ぼうかな?」


 エストの想いに応えて、セシルも言葉遣いを昔のように戻す。


「それを言うなら……エストのお陰で私たちはお金に困らなかったのだし。私が司祭になって教会の支援を再び受けられるようになったのだって、あなたの力添えがあったからだわ」


 ダリウス司祭の死後、修道院は聖教会の後ろ楯を失い、彼が残した遺産により細々と運営していた。

 それを知った当時のエストは、勇者パーティーで得た報酬の多くを修道院に仕送りした。そして魔王を討伐した際も、聖教会が申し出た『聖人』の称号を断り、代わりにセシルを司祭にする任命権を交渉で勝ち取ったのだ。


「エスト……こちらこそ、本当にありがとう。ダリウス司祭も、天国であなたの事を誉めている筈よ。孤児院の方はもう大丈夫だから……あなたは自分の幸せを、しっかりと掴みなさい」


 こんな風に言われると照れ臭かったが――


「ああ。私はカイエと……ここにいるみんなと、ずっと一緒に幸せに生きるよ」

 

 セシルを安心させるためにも……そして何よりも本気でそう想っているから。エストは胸を張って、堂々と宣言した。


「それと、もし……これから私をフルネームで呼ぶ機会があれば、その……エスト・ラクシエルと呼んでくれないか?」


 自分で言いながら真っ赤になるエストを――セシルは我が娘のように優しく抱き締めた。


※ ※ ※ ※


「ほう。あのアリスが、すっかり女の顔顔になって……って、おい! いきなり殴るな! 俺はもう年なんだから、少しは手加減しろ!」


 ラケーシュの暗殺者ギルドのマスター室で、デニス・スパイダーが抗議の声を上げる。


「デニス……あんたが悪いんでしょ! 私を揶揄からかうなんて、十年早いわよ!」


 アリスは素知らぬ顔で言い返す。


「おいおい、十年も経ったら俺はくたばってるだろうが!」


「あんたは殺しても死なないでしょ? 十年経っても、きっと今と変わらないわよ」


「いや生きてても、ヨボヨボの爺さんじゃねえか。俺はそんな年まで生きたくないね」


「あら、駄目よ……勝手に死ぬなんて、私が絶対に許さないから!」


 他人が聞けば無茶苦茶な話だが――この台詞こそが、アリスとデニスの関係を物語っていた。


「また勝手を言いやがって……解ったよ。アリスとカイエのガキがギルドに入って来るまで、老体に鞭打って、精々頑張らせて貰うさ」


「な、何言ってんのよ! デニス、あんた馬鹿じゃないの! ……でも、まあ。少なくもそれくらいまでは……あんたも元気でいてよね」


 頬を染めて、いつになく素直な台詞を言うアリスに、デニスは苦笑する。


「まあ、そういう事で……アリスの人生は俺が貰ったからさ。デニスさん……約束通りに、最高の酒を持って来たから。一緒に祝ってくれよ」


 カイエがグラスに注ぐのは、極上の蒸留酒ブランデーで――鮮やかな琥珀色の液体に、デニスは思わずゴクリと喉を鳴らす。


「こいつは、ブラウシュナの二十年ものだな……カイエ、良く解ってるじゃないか。こういう目出度めでたい席には、最高の酒が必要だからな!」


 デニスとアリスとカイエ――三つのグラスが、心地良い音を響かせて重なる。


「カイエ……俺みたいな奴が言うのもなんだが。アリスの事を……よろしく頼むぞ」


「ああ、任せてくれよ。アリスには絶対に後悔なんてさせないからさ」


 真っ直ぐにデニスを見ながら、カイエは自信たっぷりに笑う。


「当たり前でしょ……後悔なんてする筈がないわ。これからは私たちの方が、カイエを幸せにするんだから」


 想いを同じにするローズたちに微笑み合った後――


(でも……みんなごめんね。今日は私の役得だから!)


 アリスは片目を瞑って、いきなりカイエに抱きつくと――情熱的に口づけする。


 カイエもそれに応えてアリスの唇を求めながら、ギュッと強く抱き締めた。


「おい、アリス……いきなり何を始めやがるんだ? 年寄りには目の毒だろうが!」


 デニスは呆れた顔で言うが。


「あら……それは違うわよ! 年寄りのデニスを元気になるには、刺激が必要でしょ?」


 あまり品の良い台詞ではないし。ローズたちのジト目にも当然気づいていたが――


「私は自分の思うように生きるわ……どんなときでも、誰が相手でも。それが私の生き方だから――アリス・ラクシエルになってもね」


 だからデニスも安心してよねと――アリスは勝ち誇るように笑った。

 


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