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210 相手が敵なら


「そういう事だ、皇帝マルクス――俺はおまえに、文句を言いに来たんだよ」


 赤い絨毯の上を歩いて来るカイエの不遜な言動に、殺意を覚えながら――マルクスは思考を高速回転させる。


 皇子とはいえ末弟に過ぎなかった彼が、皇帝の地位に就けたのは、その嗜虐的な性格と狂気の頭脳で、邪魔者を全て始末したからだ。


(カイエ・ラクシエル……この小僧がカルガルフに戯言を言わせた張本人だと? 笑わせるな……勇者の飼い犬風情が、舐めた口を利きおって!)


 カイエが人智を超えた魔法を使うなど、マルクスは全く信じていなかったが――魔王を殺した勇者ローズの実力なら知っている。


(本当に警戒すべきなのは……勇者ローゼリッタの方だな。この女さえいなければ……飼い犬の小僧など、とうに殺しておるわ!)


 ローズはカイエに不遜な言動をさせて、マルクスを挑発しているのだから。帝国に敵対しているという話も、あながちデタラメでは無いだろう。


 聖王国と聖教会が『勇者は如何なる国にも組織にも属さない』と、わざわざ親書で知らせて来た後。勇者ローズはバルキリア公国で帝国軍と衝突し、今度は帝都まで乗り込んで来たいう訳だ。


(しかし……チザンティン帝国と敵対して、勇者に何の得があるというのだ? バルキリア公国に同情して動いた可能性もあるが……感情に任せて国家と争うなど、完全に暴走ではないか! 聖王国と聖教会は、この女の暴走を知って早々に手を切ったのか……いや、まだ決めつけるべきではない。もっと情報が必要だな)


 勇者が帝都に現れるとは思っていなかったが――バルバロッサに不信感を抱いていたマルクスは、警戒を怠っていない。

 広間の中には二千人を超える精鋭がおり、外も皇帝直属の部下だけで固めている。たとえ勇者が相手でも、遅れを取るなどあり得なかった。


(さて……勇者のお手並み拝見と行くか)


 ゆっくりと絨毯の上を歩いて来る三人に、マルクスは残忍な笑みを浮かべる。


(それにしても……何故、誰も勇者の行く手を阻まぬのだ? 至近距離まで近づかれては、さすがに我を守る事は難しかろう。相手が勇者だと判断を迷っておるのか? 間抜けどもめ……貴様らも全員処刑してやろうか!)


 怒りの視線を騎士たちに向けたとき――ようやくマルクスも、異常さに気づいた。バルバロッサを引きずっていた騎士が、明らかに不自然な姿勢で停止しているのだ。


 慌てて周囲を見回して――事態の深刻さを知る。広間にいる二千人の配下全員が、凍り付いたかように動きを止めていたのだ。


「これは……どういう事だ? おい……誰か、何とか言え!」


 焦燥と苛立ち塗れの言葉に、反応する部下はおらず――


「何だよ……そんなに慌てるなって。魔法で動きを止めただけ(・・)だからさ」


 カイエは呆れた顔で鼻を鳴らす。


「でも、おまえもホント鈍いよな? 俺たちが正面から堂々と入って来ても、誰も騒がなかったんだから。その時点で、普通なら気づくだろ?」


 そう言われても、マルクスにも言い分があった。二千人以上を一瞬で拘束する魔法など――彼の常識では、あり得ないのだ。


「貴様は……本当に人智を超えた魔法が使えるのか?」


 驚愕する皇帝にカイエは苦笑すると。


「ああ、発動させたのは俺だけど。そこまで大袈裟なモノじゃないだろ? そんな事より……」


 瞬間移動して――突然、玉座の前に移動する。


「なあ、マルクス……俺がせっかく、無傷で兵士を帰したのに。皇帝のおまえが処刑するとか……何の冗談だよ?」


 正面から捉える漆黒の瞳は――相手を圧倒する強い意志の光を放っていた。


「責任を取るのは……バルキリア侵攻を命じたおまえの方だろ?  下らない真似をしてないで、今すぐバルバロッサたちを解放しろよ」


 すでにマルクスも、カイエが本物の強者であると解っていたが――


「貴様は……何を言っておるのだ! このマルクス・オスタニカに命令するなど、無礼にもほどがあるであろう!」


 激昂≪げきこう≫する皇帝は、狂気の頭脳で計算していた。


(相手が魔族なら……絶体絶命の状況だろうな。しかし、勇者である貴様たちには……人を殺す事など出来ないのであろう!)


 バルバロッサたちが無傷で戻って来た事が、それを証明している。今もカイエは騎士たちを魔法で拘束しているだけで……誰一人殺してはいないのだ。


 今も広間の外は、直属の部下たちが固めており。城塞全体ならば、二十万を超える帝国兵が控えている。

 相手が人を殺せないなら、圧倒的に有利な立場にあるのは自分の方だと――マルクスは本性を顕わにする。


「我が黙って聞いておれば……図に乗るのも大概にしろ! 命令を無視した愚か者を処刑するのも、見せしめに一族を皆殺しするのも、チザンティン帝国の皇帝である我の当然の権利だ! 貴様が何を言おうが、我が従う道理などないわ!」


 マルクスにとって、権力ちからこそが正義であり。強者であれば弱者に何をしても良いのだと本気で思っている。

 だからこそ、自分が有利になれば……一切容赦なく、権力ちからを振るうのだ。


「貴様の方こそ、我が城塞に勝手に入り込み。あまつさえ魔法で狼藉を働いた無法者ではないか! ここは我が帝国の中心部だ、すぐに増援が来る。我に牙を剥いたのだ……たとえ勇者であろうと、絶対に許さぬ!」


 まさに鬼の首を取ったかように、高笑いするマルクスを――カイエは冷徹な笑みを浮かべて眺めていた。


「貴様は……まだ虚勢を張っておるのか!」


 あからさまな殺意を向けて来る皇帝に。


「いや、おまえが勘違いしてることは解ったけど……口で説明してやるのも面倒だからさ、現実を教えてやるよ」


 その瞬間――カイエとマルクスの周囲を、混沌の魔力が包み込んだ。


「き、貴様は何を……うおおおおおお!!!」


 混沌の魔力の渦の中で――マルクスは侵食される痛みを味わった。

 漆黒の魔力に触れる度に……彼の腕が、足が、魂の一部までもが喰らわれて……気が狂うような激痛を伴いながら、消滅していく。


「混沌の魔力は、全てを飲み込む力だけどさ。身体の一部だけ飲み込ませると……どんな魔法よりも、最悪な拷問道具として使えるんだよ」


 マルクスの絶叫を聞きながら、カイエは淡々と言葉を吐く。


「バルバロッサたちを殺さなかったのは、奴らが俺の敵じゃなかったってだけで。相手が敵なら……殺すのなんて躊躇ためらうかよ」


 混沌に侵食され続ける皇帝は、激痛のせいで何も応えることなど出来なかった。


「殺された方がマシだって、思うだろ? だから……殺してやらない。徹底的に痛みを味わせてから、身体を再生してやるよ」


 永遠に続くかと思われた苦痛が、不意に途切れると――混沌の魔力が消失し、マルクスは無傷のまま玉座に座っていた。


 決して消えない恐怖が、魂に刻み込まれており……心の折れた皇帝は、カイエに逆らう事など考えもしなかったが。

 嗜虐心そのものが消え去った訳では無く……彼の血走った眼は、すでに代償となる獲物を求めていた。


「まあ……おまえみたいな奴は、簡単には懲りないよな?」


 そのくらいの事は、カイエも解っていたから―― 


「だから……もっと現実的なダメージを与えて、おまえの権力ちからを奪ってやるよ」


 カイエの全身から噴き出す膨大な魔力は、先ほどの比ではなく――まだ何も終わっていなかった事を、マルクスは思い知る事になった。


「一応、言っておくけど……広間にいる奴ら以外は、全員・・城塞の外に移動させたから。これから何が起きても、死人は出ない……敵以外を、俺は殺すつもりなんて無いからな」


魔力を見る事が出来るカイエにとって――城塞に存在する全ての者の居場所を特定するなど、造作も無い事だったし。

 使用人も加えると総勢四十万人を超える城内の者全ての動きを止めて、周囲を結界で包囲(・・・・・)した城塞の外に運び出す事も――無尽蔵の魔力を持つカイエには、難しい事ではなかった。


 そして、カイエの言葉の意味をマルクスが理解する前に――彼の城塞は消滅した。


 崩壊では無く、消滅……文字通りに、城塞を構成していた全ての物質が――初めから存在しないように、跡形もなく消え失せたのだ。


 カイエが強制的に空中に停止させた、二千五百人余りの者たちは――眼下に広がる整地したような何もない大地を見る。


 その一人であるマルクスは、呆然自失となりながら――絶対に手を出してはならない相手に、戦を挑んでしまった事を知る。


 居城が消失するという異常事態は、金銭的にも、皇帝の権威にも多大なダメージを与えて――その後マルクスは、この機を逃さんとする帝国貴族たちとの権力争いに、忙殺されることになった。


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