200 開戦
エストたちは本当にイーグレットとカイケルに会いに来ただけで――小一時間ほど話をすると、再び転移魔法を発動させて帰ってしまった。
「本当に……何のために連れて来たんですか?」
イーグレットのジト目を、カイエは鼻で笑うと、
「そんな事よりさ……おまえたちも、戦いの準備を進めておけよ? さっき確認したけど、チザンティンの侵攻部隊が動き始めたからさ。ここに来るまで、三日ってところだな」
まるで世間話のように気楽な感じで言うが、告げられた当人たちは緊張の色を隠せなかった。
「……とうとう動き出したんですね。カイケル師匠……」
「ああ、解っている……隼師からの報告はまだか? 斥候部隊を増援する必要かあるな」
「ロザリーちゃんの下僕たちに見張らせるから、そんな必要ないのよ。でも、自分たちの目で確かめないと気が済まないなら、好きにすれば良いかしら」
ロザリーは澄まし顔で言うと、銀色の悪魔を召喚する。
突然出現した十数体の怪物に、兵士たちが色めき立つが――彼らが行動に移る前に、有翼の悪魔たちは国境線に向かって飛び立って行った。
「悪魔使い……」
兵士たちは恐怖の表情を浮かべてゴスロリ幼女を見るが。ロザリーはガン無視して、先に浮かび上がったカイエとローズを追い掛ける。
「皆さん、どちらへ……」
「いや、俺たちは奴らが到着するまで暇だし。他の案件を先に済ませて置こうって思ってね。状況が動いたら、すぐに教えてやるからさ」
カイエは陽光に煌めく金属の腕輪を、イーグレットに投げて渡す。
「伝言の魔法が使えるマジックアイテムだ。いつもは指輪を渡すんだけどさ……彼氏持ちには、指輪じゃない方が良いだろ?」
「な……」
顔を真っ赤にするイーグレットに、ローズが優しく微笑み掛ける。
「そんなに心配しなくて良いわ。カイエが何とでもするって言ったんだから、絶対に大丈夫よ」
そう言い残すと、三人は加速して彼方へと飛び去ってしまう。
取り残されたイーグレットは、緊張と不安が入り混じった顔をするが――
「イーグレット……我々は、自分たちに出来ることをしよう」
カイケルに優しく肩を抱かれると、
「はい、カイケル師匠……」
決意を新たにして、戦いの準備を進めることにした。
※ ※ ※ ※
そして三日後――カイエが予告した通り、チザンティン帝国の侵攻部隊が、アルバラン城塞に押し寄せて来た。
城塞から僅か一キロの距離まで迫った十万超の大軍勢は、巨大な盾と破城槌を装備した巨大な馬車と、梯子を抱える重装歩兵部隊が前衛を固めている。
その後方には移動式投石器と超弩級弩等の巨大武器の群れと、魔術士部隊と思われるローブの集団が控え。騎兵部隊は城門が破壊され次第、城塞内に突入するために、両翼の位置に展開していた。
アルバラン城塞の前方に広がる平野は、帝国兵で埋め尽くされており。開戦の瞬間は間近に迫っていたが――
「カイエ殿は……まだ戻らぬようだな」
城塞の屋上に立つカイケルは、唇を噛みしめながら前方を見据える。
あれから何度か、カイエから帝国軍の動きを知らせる伝言が届いたが。本人たちは一度も城塞に戻っておらず、いまだ姿を現わさなかった。
「カイケル師匠……私はあの人たちを信じています。きっと、何か事情があって遅れているのよ。彼らが戻るまで……いいえ、これは私たちの戦いだから。私たちの手で、絶対に勝利を掴みましょう!」
覚悟を決めたイーグレットが微笑むと、カイケルも笑みを返す。
「ああ、そうだな……全軍に指令! これより、我らの公国領内に不当に進軍したチザンティン帝国軍に対して、攻撃を開始――」
「おい、ちょっと待てって」
突然響いた声に二人が空を見上げると――カイエ、ローズ、ロザリーの三人が姿を現わした。
「イーグレット。遅くなって、悪かったわね」
屋上に降り立つ彼らを、イーグレットは感涙を浮かべて迎える。
「皆さん、来てくれたんですね……でも、今までどこに?」
「いや、色々と仕掛けをね……それよりも、まだ攻撃するなよ? 帝国軍に先に攻撃させた方が、今後の交渉が有利になるからさ」
「ですが……このまま先制攻撃を受ければ、多くの兵士が……」
「そんな心配は要らないのよ」
ロザリーが言うなり、魔法を発動させると――次の瞬間。金色に輝く光のドームが、城塞全体を包み込んだ。
突然発動した巨大な魔法に、城塞の兵士たちが驚愕の声を上げると。帝国軍も慌てたのか、直後に攻撃を開始した。
轟音とともに迫り来る岩に、イーグレットは息を飲むが――金色のドームに触れた瞬間、凄まじい放電現象が起こり、石は黒焦げになって砕け散った。
「これで何の問題もないかしら。人間風情の攻撃が、カイエ様直伝の雷鳴の防壁を突破できる筈がないのよ」
「ロザリーに失われた魔法を教えたのは、確かに俺だけどさ……わざわざ過激な魔法を選んだのは、完全におまえの趣味だろ?」
唖然とするイーグレットとカイケルの目の前で、カイエは揶揄うように笑う。
「そんなことありませんわ……一番効果的な魔法を選んだだけですの」
「いや、どう考えても威力が過剰だろ……まあ、良いけどさ」
二人が話をしていると、帝国軍は再び投石器と超弩級弩を発射。魔術士部隊も魔法でドームの破壊を試みるが――その全てが当然のように、完璧に防がれてしまう。
「これだけ攻撃させれば十分だな……それじゃあ、ロザリー。防御の方はおまえに任せて、俺とローズで終わらせて来るよ」
「はい、カイエ様。ロザリーちゃんも破壊……攻撃に参加したいところですが。今回は大人しく、人族のお守りをすることにしますわ」
「その言い方……ロザリー。いい加減にしないと、私も怒るわよ?」
ニッコリ笑顔で、目だけは笑っていないローズに――ロザリーは震え上がる。
「ロ、ローズさん……ほ、ほんの冗談ですわ……」
「冗談でも、言って良い事と悪い事があるでしょ? イーグレット、ごめんなさいね。ロザリーには、後でたっぷりお仕置きするから」
「そ、そんな、ローズさん……お、お仕置きだけは嫌ですの……」
「だったら、きちんと反省して態度を改めなさい。お仕置きの件は、それ次第で考えてあげるから……カイエ、待たせてゴメンね。さあ、行きましょうか」
「ああ……ロザリーの態度が直るなんて、俺は全く期待してないけどさ。まあ、お仕置きが嫌なら、ぜいぜい頑張れよ」
「カイエ様まで……」
涙目のロザリーを放置して。カイエはローズを片腕で抱き抱えると、瞬間移動で消える。
「え……」
そんな光景を目撃したイーグレットは――ロザリーの超絶的な魔法以上に、戦場の緊張感など微塵も無い彼らの態度に唖然としていた。




