194 水の迷宮(1)
すみません、旧193話も加筆修正しまして……長過ぎるので分割しました。ご勘弁ください。
冒険者ギルドの許可を得て、カイエたちがやって来たのは――『カウンシュタイナーの水の迷宮』と呼ばれる地下迷宮。
海に面した入口は、満潮時には海水によって完全に塞がれる。各階層に出現する怪物も、海洋生物系や、海や水のエレメンタルなど。他の地下迷宮とは違うタイプばかりで――
「こいつって……どう見ても蟹だよな? こいつの蟹みそって……美味いかな?」
殺人蟹と呼ばれる巨大な鋏を持つ甲殻類の集団を、カイエは一秒で消滅させる。
「私も食べたいけど。倒しちゃうと結晶体以外消滅しちゃうから、食べられないよね?」
セイウチ型の怪物を殲滅しながら、エマが本気で残念そうな顔をする。
「いや、冗談だから。ホントに食べたいなら、俺が海に潜って狩って来るけど?」
鍛錬が目的なら、ラスボスクラスの怪物が普通に徘徊しているアルジャルスの地下迷宮に行く方が、よほど効率的な訳で。カイエたちが『カウンシュタイナーの水の迷宮』を訪れたのは、観光的な意味合いが強い。
それでも、珍しい怪物が出現する地下迷宮を攻略する事は、本来であれば難易度に関係なく、もっとワクワクするものだが――
「ローズ様に、エスト様にアリス様……エマ様ですよね?」
「うわああ……勇者パーティーの皆さんと会えるなんて、感激です!」
「すげぇ……本物の勇者様だ! 握手してください!」
勇者パーティー来訪の噂を聞きつけて。その場にいなかった冒険者たちや、普通の観光客たちまでもが護衛を雇って、地下迷宮に押し寄せて来ており――もはや冒険気分など皆無だった。
「あなたたち……邪魔だから、どこかに消えてくれる?」
そんな外野に対して――ローズはニッコリ笑って、辛辣な言葉をぶつける……目が笑っていないのはモロバレで。
「まあ、ローズ……気持ちは解るけど、落ち着くんだ」
遠慮のない彼らにエストも呆れながら、大人の態度で接していたが――
「あ、賢者エスト様だ! 素敵です……」
「ホント、奇麗……ていうか、可愛い……」
「美しい……エストお姉さま……」
ファンを自称する者たちに取り囲まれて……だんだん、目が座って来る。
「さすがに……そろそろ放置できないわね。ねえ、カイエ……ちょっと私が行って、あいつらを黙らせて来るわ」
残酷な笑みを浮かべて、刀を抜き放つアリスに――
「待てよ、アリス。おまえにやらせると怖そうだからさ……俺に任せてくれよ」
カイエはそう言うと、エストの後ろに瞬間移動する。
「悪いな……こいつは、俺のだから」
「ちょっと、カイエ……」
唖然とするファンたちの前で、真っ赤になるエストを抱き寄せて再び瞬間移動。
「おい、ローズ……怒りが駄々洩れだからな」
今度はローズの隣に出現すると、逆側の腕で強引に奪うように三度瞬間移動。
「あれ……ローズ様は?」
戸惑う外野を嘲笑うように、残りの四人も回収して彼らから距離を取ると――
「おまえら……好き勝手に騒いでるけど。こいつら全員、俺のモノだからな……勝手に近づくなよ」
独占欲満々にしか聞こえない台詞を、堂々と言い放って――カイエは六人と一緒に姿を消した。
※ ※ ※ ※
「適当に転移したけど……一応、周りに誰も居ないことは、魔力で確認したからな? それより、みんな……悪かったよ、勝手に『俺のモノ』とか言ってさ。だけど、俺だって……結構、頭に来てたんだからな?」
カイエは、ちょっとバツが悪そうに頬を掻く。
「……うん、良いの。カイエ……」
「ああ……その、何て言うか……」
「あんたねえ……やってくれるじゃない……」
「もう……カイエったらあ……」
「僕も……ズルいよ、もう無理……」
「カイエ様………ハアハア……」
強引に奪い去られて、独占欲を見せつけて――キュンキュンした六人は、完全にノックアウトされていた。
(えーと……悪い。ホント、やり過ぎたよ……)
カイエにしては珍しく、本気で反省していた。
六人が落ち着くのを待って、カイエたちは地下迷宮攻略を再開する。
今度はカイエとエストが探知系魔法を駆使して、人気のない場所を選んで進んだから。外野に惑わされることなく、新たな地下迷宮の攻略と、珍しい怪物との戦闘を、純粋に楽しむ事が出来た。
一気に踏破しても味気ないと、二時間ほど掛けてゆっくりと探索を進めていると――カイエの探知系魔法が、複数の魔力を捉える。
「これって……」
「うん? どうしたの、カイエ?」
前方で楽しそうに巨大海老を狩っているエマとメリッサを余所に。密着しているローズが、カイエの反応に気づく。
「人がいるな……」
反対側に密着しているエストも、自分の探知魔法で、その存在に気づいた。
「ああ……悪いな、みんな。ちょっと用事が出来たから、後は頼むよ」
そう言うとカイエは、瞬間移動で姿を掻き消した。




