187 メリッサと聖王国
その日のうちにカイエたちは、聖王国の王都イクサンドルへと向かった。
突然の来訪にスレイン国王は慌てたが、これまでの経緯から文句など言える筈もなく。大広間に彼らを迎え入れる。
「カイエ殿に、勇者ローゼリッタ殿。そして勇者パーティーの諸卿……よくぞ来られた」
「なんだ、今日は馬鹿王子は一緒じゃないんだな?」
開口一番のカイエの台詞に、スレイン王の顔が青ざめる。
「エドワードの件も、私自身の行いについても、何度でも詫びよう……本当に申し訳ない」
スレイン国王が言っているのは、エドワード王子がシルベーヌ子爵とアイシャを陥れた件で。スレイン自身も、エドワードを生贄にして和解しようとしたことで、カイエたちの怒りを買っていた。
「ああ、そうだったな。おまえとエドワードは、俺たちに借りがあるんだよな」
カイエは過去のことをネチネチ言う性格ではないが――今回は交渉を有利に進めるために、敢えてやっているのだ。決して、スレイン王をいじめようというのではない……多分。
「まあ、その話はとりあえず置いておいて。今日は一人、紹介したい奴がいるんだ」
カイエが促すと、メリッサは前に進み出で――変化の指輪を外した。
「「「「……魔族!!!」」」」
その瞬間。広間に控えていた騎士たちが一斉に剣を抜いて、躍り掛かる。しかし――
「まあ、落ち着けって」
当然ながら、カイエが張った結界が彼らの行く手を阻む。
「おい、ジョセフ・スレイン……こいつらを、どうにかしろよ」
このときエレイン国王は――踏み絵を踏んでいる心境だった。
人族の宿敵である魔族に大広間まで踏み込まれた状況を、騎士たちの目の前で看過するなど……それは光の神を奉る聖王国の国王として、決して許されるものではない。
スレイン国王は目を瞑ると――深く息を一つ吐いた。
「皆の者……剣を収めよ」
「「「「陛下!!!」」」」
信じられない言葉を聞いたという顔の騎士たちに、
「我が言葉が聞こえぬか、剣を収めよと言っているのだ!」
スレイン国王が重ねた言葉に、騎士たちは苦渋の表情で従う。しかし、その眼は憎悪の光を帯びて、メリッサを見据えていた。
「ジョセフ、おまえの選択は正解だ。今回は褒めてやるよ」
国王に対する不遜過ぎる言葉の連発に、騎士たちの怒りの矛先がカイエに向く。
メリッサとカイエに対する騎士たちの反応に、ローズたちも憮然としていたが――
(おまえたちが悪役になると、後が面倒になるからな。今は全部、俺が引き受けるよ)
カイエの目配せに『解っているわよ』と頷く。事前の打ち合わせで、ここはカイエに任せることになっているのだ。
「魔族だから敵だとか……おまえら、本当に頭が固いよな。そんなことを言うなら、俺の身体にも半分は魔族の血が流れてるんだけど?」
「何と……」
この言葉に一番驚いたのは、スレイン国王だ。神聖竜アルジャルスが同胞だと認めた男が『混じり者』だとは、彼も思ってもいなかった。
騎士の一人――壮年の近衛騎士長が、全ての元凶をカイエに見定めて、怒りの感情を口にする。
「貴殿は陛下を……勇者様たちを謀って……」
「それは違うわ! 私たちはカイエのことを――」
思わず叫んでしまったローズの唇を、カイエが強引に塞ぐ。
(カイエ……)
(おい、ローズ……おまえの気持ちは嬉しいけどさ。悪いけど、もう少し黙って待ていてくれよ)
(うん、解った……ゴメンね、カイエ……)
(おまえが謝ることないって……)
突然始まってしまった熱烈なラブシーンに――唖然とする騎士たちと、心底羨ましそうな顔をするエストたち五人だった。
「さてと……話を戻すけどさ。魔族の血が流れているだけで、俺を裏切者扱いするのは不味いんじゃないのか? 正教会の教義でも禁じられてる筈だろ?」
カイエが言っている事は本当で。長い戦いの歴史の果てに、魔族の血が混じる人族の数は無視できるものではなく。正教会は統治のために、彼らも光の神の信徒だと認めていた。
近衛騎士長が苦々しげに黙ると、カイエは騎士たちを見渡した。
「それと、もう一つ……まあ、俺じゃなくて。本人の口から言った方が良いよな」
再び促されて――ローズとのラブシーンをマジマジと見ていたメリッサは『この状況で……僕の自己紹介をするの?』と複雑な表情で頷いた。
「初めまして、ジョセフ・スレイン国王陛下。僕はガルナッシュ連邦国第一氏族長ジャスティン・メルヴィンの長女、メリッサです」
ガルナッシュ代表の血族に相応しい洗練された動きで、メリッサは一礼する。
「ガルナッシュ連邦国……」
その存在は、スレイン国王も当然知っており。数百年間鎖国を続けている国であり、先の魔王討伐戦争にも参加していないことは承知していた。
「ああ、そうだ。第一氏族長は国を統治する組織のトップだから、メリッサは王女みたいなもんだよ」
だから国賓扱いしろよなと、カイエは迫る。
「……メリッサ殿。我が聖王国へ、よくぞ来られた」
「陛下……」
スレイン国王が受け入れたことに、近衛騎士長は驚愕するが――
(貴様たちの勇み足が状況を悪くしたのだ……私とて認めたくは無いが。これ以上、彼らに抵抗出来る筈が無かろう)
メリッサを国賓だと認めれば、魔族を絶対的な敵と定める教会勢力を敵に回すことになる。
スレインが『聖王』を名乗ることを許されていないのは、聖王国では王家と教会による二重支配が行われているからであり。国王と言えども、教会勢力の威光を無視することは出来なかった。
そんな状況下で教会を敵に回せば、スレインの政治生命は危うくなるが――これ以上カイエたちの怒りを買って、光の神の化身の同胞と勇者たちを同時に敵にするよりはマシだと諦めたのだ。
「なあ、ジョセフ……おまえの選択は正しいよ。聖教会の奴らのことを気にしてるんだろうけどさ……そっちも俺たちが黙らせるから」
カイエの意外な台詞に、スレイン国王は目を見開く。
「カイエ殿……それは……」
「言葉通りの意味だ。聖王国の騎士たちも、よく聞いておけよ――ジョセフの選択が英断だって、俺が証明してみせるから」
この瞬間――カイエが放つ圧倒的な存在感に、騎士たちは息を飲んだ。




