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185 最初に声を掛けるのは


 という訳で、現時点でガルナッシュに入国しても問題ないと思う者たちに、カイエたちは声を掛けて回ることにした。


 アイシャとクリスをシルベスタに送った後。彼らが最初に向かったのは、イルマとガゼルが住んでいた自由都市レガルタ――


 どうせレガルタに行くのだからと、イルマとガゼルも同行させたが。勿論、目的は彼らの里帰りではなかった。


 二人が別行動で自宅に戻り、かつてのご近所さんや数少ない知人に挨拶に行くと言うので。召喚した不可視の(インビジブル)従者(サーバント)を護衛に付けると――


「それで……今日はどういう要件なんだい?」


 高級食堂レストラン貴賓室(VIPルーム)にカイエたちが呼び出したのは、レガルタの豪商グレゴリー・ベクターだった。


 肩まで伸ばした髪と、彫が深い顔立ちのイケメンの三十代。百九十センチの長身に、高級スーツが相変わらず良く似合っている。


「グレゴリー、私たちは新しい商売のネタを持って来たのよ。どれくらい儲かるかは、あなたの腕次第だけど」


 レガルタを離れた後も、アリスは伝言メッセージでやり取りをして、グレゴリーと商取引を続けていた。


 優秀な貿易商である彼の人脈は世界中に広がっており、リベートを払ってでも仲介を頼む価値は十分にあった。

 グレゴリーにとっても、アリスの嗅覚で見つけてくる商材は魅力的であり。彼が各地に抱えている代理人エージェントを通じて、直接商材を買い取ることも多かった。


「新しいネタというのは……そこにいる魔族の美しいお嬢さんに関係したモノかな?」


 グレゴリーは同席するメリッサに視線を向ける。


 貴賓室(VIPルーム)に入るなり、メリッサは『変化の指輪』を外して本来の姿に戻っていた。

 藍色の艶やかな髪と赤い瞳――今日は動き易さを優先してタキシード姿の彼女は、魔族の特徴である尖った耳を顕わにしていた。


「初めまして、グレゴリー・ベクター殿。僕はメリッサ・メルヴィン。ガルナッシュ連邦国の第一氏族メルヴィンの氏族長クランマスターの長女だよ」


「ガルナッシュ連邦国……なるほど。アリス嬢は、また面白そうなネタを持って来たな」


 グレゴリーは屈託のない笑みを浮かべるが――頭の中では、すでにガルナッシュとの交易の価値を計算していた。


「私に話を持って来たということは、ガルナッシュが鎖国を解いたか。或いは、特定の者を選定して、交易を行うことを承諾したと解釈して良いのかな?」


「ええ、現時点では後者よ……ガルナッシュに入国させる者の選定は、私たちに一任されているわ。この割符を持つ者だけが、入国を認められるのだけれど……貴方は、どれだけの対価を払ってくれるかしら?」


 そう言ってアリスが見せたのは、複雑な形状をした金属片で――対になるモノを、ジャスティン・メルヴィンに渡している。


 不用意に人族を入国させて悲劇を起こさないために、カイエたちは当面の間、入国者をかなり限定するつもりだ。

 その為に一つ一つ形状の違う割符を用意して、魔法で偽造できない仕掛けも施している。


 そこまでするほど、魔族に対する偏見よりも儲けを重視するような商人にとっては、ガルナッシュとの取引は魅力的なのだ――


 数百年間、鎖国を続けて来たガルナッシュの魔族にとって、海外の珍しい品々は垂涎モノだろうし。人族にとっても、そもそも魔族との商取引きなど歴史上ほとんど例が無いから。魔族の国の未知の商材には、高値が付く筈だ。


「確かに魅力的な話だな……割符の値段については、じっくり検討して相応の金額を提示させて貰う。しかし……どうして、この話を私に?

 私の商売人としての技量を評価してくれるのは有難いが、アリス嬢が仕切れば良いだけの話だろう? それに人を使うにしても、君たちの母国である聖王国の商人を使う方がメリットがあるように思えるが?」


 カイエたちは、ガルナッシュと独占的に取引をする権利を手にしているのであり。アリスの商才があれば、わざわざグレゴリーを通さなくても十分に利益を上げられる筈だ。


「理由は三つあるわ……一つ目は、私は別件で忙しくなるから。商売の方は別の人に任せたいのよ。グレゴリーなら全部し切れるわよね? 二つ目は、今回の件で犠牲者を出したくないのよ。だから、魔族を敵対視している聖王国の商人には任せられないわ」


 ドワイト・ゼグランたちが辺境に滞在することは、カイエの名前を使って無理矢理に認めさせたが。魔王軍との戦いの中心だった聖王国の大半の人々は、魔族に対する敵対心が強い。


 勿論、感情論よりも商売を優先する商人もいるが、荒事に不慣れな彼らが魔族相手に上手く立ち回れるかは疑わしい。


「なるほど……レガルタの貿易商である私なら、魔族の対処にも慣れているという判断かな?」


 自由都市であるレガルタには、少なからず魔族も住んでおり。様々な文化が混在している情勢もあって、魔族に対する偏見は比較的少なかった。


 それに世界中で商売をしているグレゴリーは、魔族との争い事も経験しており。ガルナッシュとの交易を任せるには打って付け――そう判断したと、グレゴリー自身は解釈したのだが。


「そうね……でも一番重要なのは、三番目の理由よ。ナイジェル・スタットの内通者である貴方ほど、魔族に詳しい商人なんて他にいないから」


 サラリと言ったアリスの爆弾発言に――グレゴリーは一切動じなかった。


「ナイジェル・スタット? 確か、旧魔王軍の魔将筆頭の名前の筈だが……」


「あら、惚けないでよ……貴方の方から、私たちに気づくように仕向けたんでしょう?」


 彼らがグレゴリーに初めて会ったときと、ナイジェルが出現したタイミング。イルマの存在が両者を引き合わせたのは事実だが、余りにもタイミングが良過ぎる。


 勿論、これだけでは憶測に過ぎないが。その後もカイエたちはナイジェルの動向を探りながら、グレゴリーが接触しているという裏付けを取っていた。


「私の方から? それは、少し買い被り過ぎだと思うがな。そんなことをして、私に何のメリットがあると言うんだい?」


「メリットはあるわよ……貴方は、ナイジェルと私たちを天秤に掛けている。どっちに転んでも、一番美味しいところを持っていくためにね」


 全部解っているからねと――アリスは意味深な笑みを浮かべる。


「なるほど……アリス嬢は、全部お見通しって言いたいようだな。しかし、残念ながら私にそんな覚えはない」


 アリスの言っている事は正解だが、それでも決定的な証拠と言えるモノは残していない。

 だから、グレゴリーはシラを切り通すつもりだったが――


「なあ、グレゴリー。そういう(・・・・)のは面倒だから、そろそろ終わりにしないか? 俺が聞きたいのは、そんな話じゃなくてさ……」


 おまえも、これくらいで良いだろうと。カイエはアリスの手を掴むと――左右からローズとエスト、後ろからエマに抱きつかれた格好で、最後に空いていた胸へと彼女を抱き寄せる。


 そうだ……こんな話をしている間も、カイエはいつも通りにハーレム真っ最中だった。


「ああ、もう……カイエ、あんたは……」


 アリスは文句を言うが、まんざらでもない感じでカイエの胸に頬を埋める。


「え……だったら、僕も――」


「メリッサ、止めておくかしら……完全に乗り遅れなのよ」


 ロザリーに窘められて、メリッサは物欲しそうに指を噛んだ。


「……」


 完全に話の腰を折られたグレゴリーは、彼にしては珍しく憮然とした顔をするが――


「グレゴリー……おまえが何を企んでいようと、そんなのどうでも良いんだって。俺たちの目的のために、おまえが役に立つならさ」


 カイエは強引に話題を引き戻す。


「俺たちの目的は商売じゃなくて、人族と魔族が互いを理解して共存できる世界を作ることだから。おまえならガルナッシュとの取引きくらい完璧に仕切って、一人の犠牲者も出さない事くらい当然出来るよな?」


 人族と魔族の共存――そんな理想論を、どこまで本気で言っているのかとグレゴリーは訝しむが。

 カイエは真っ直ぐに見据えて、反論を許さなかった。


「おまえが信じるとか、信じないとかじゃないって……俺が求めているのは、やるかやらないかの答えだけだ。なあ……『運命の女神の(トリックスターズ)裏切者ビトレヤー』。おまえのことは、そう呼んだ方が良いのか?」


 誰も知る筈のない字名あざなで呼ばれて――グレゴリーは目を見開く。


「カイエ。君はどうして、それを……」


「おい、グレゴリー――質問してるのは俺の方だからな?」


 人を食ったような笑みを浮かべると――今すぐ答えを出せよと、カイエは迫った。



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