184 宣戦布告
それから一週間ほど掛けて、カイエたちはアイシャとクリスに、ガルナッシュの各地を案内して回った。
大抵の場所ではトルメイラ以上に、人族である彼らに敵意を向けて来る者が多かったが。
カイエが残して来た足跡と、グイグイ懐に飛び込む態度のせいで。アイシャとクリスも、魔族たちと種族の壁を越えた交流を楽しむ事が出来た。
「カイエさんに、この国に連れて来て貰ったときに。想った通りです……私たちは魔族の人たちと、もっと仲良くなれるんですよね!」
ニッコリと笑うアイシャに、カイエも笑みで応える。
「アイシャ、おまえを連れて来たのは正解だったな……まあ、そんなに簡単にはいかないけどさ。俺たちが絶対に、そういう世界にしてみせるから。期待しておけよ」
「はい、カイエさん……」
微笑み合う二人は恋人というよりも、せいぜい兄と妹にしか見えなかったが――そんな二人に特別な感情を懐くクリスは、とてつもない疎外感を覚えて……悶え狂う。
「ア、アイシャ様に……ラクシエル師匠……私は、どうすれば……いや、どっちも尊い!!!」
次の朝――柱の陰で鼻血を流して倒れているクリスが発見された。
※ ※ ※ ※
この一週間の間も、カイエたちは交代で闘技場の試合に出ていた。相変わらず他者を徹底的に圧倒する戦いぶりに、観客たちが歓声を上げる。
バーンとアレクも、闘士《グラジエータ―》ランキング上位者として奮闘しており。そして、ゲスト参戦したクリスは――初戦でギルニルザを瞬殺するという金星を上げた。
「さすがは、クリスだ……」
「ああ、強くて……美しい……」
大絶賛する二人を完全に無視して、クリスは満面の笑みをカイエに向ける。
「ラクシエル師匠……これも、師匠のおかげです!」
彼女はかつて、シルベスタでカイエの手解きを受けており。その後もアイシャラヴな生活を送りながらも、鍛錬を欠かしていなかった。
いや、アイシャへの愛こそが彼女を強くした――と言うと、ちょっと気持ち悪いが。
「まあ、クリスなら。これくらいは当然だな。だけどさ……うちのメリッサは、おまえの何倍も強いから。自惚れるなよ?」
意地の悪い笑みを浮かべるカイエに、
「はい、解っています。ですが……いつか必ず、私も高みに昇ってみせます!」
クリスは熱っぽい視線を向ける。アイシャラヴなのは変わらないが……カイエに褒めて貰いたいという気持ちも、同じくらい大きくなっていた。
「クリス……」
そんな彼女に、いまだ懲りないバーンとアレクは見惚れる。
「俺たちは暫くガルナッシュに残って、自分を鍛え直そうと思っているんだが……」
「だから、クリスも一緒に……」
頬を染めながら、期待を込めて誘うが――
「そうか。私は来週にはアイシャ様とシルベスタに帰るから。おまえたちとは、お別れだな」
眼中に無いクリスは、アッサリと応えて、
「……あ! ラクシエル師匠、アイシャ様だけ構うなんて……いや、アイシャ様もラクシエル師匠とそんな……ズルいですよ!!!」
二人の元に突進して行く。
「そんな……」
放置された二人の兄は――真っ白な灰になった。
※ ※ ※ ※
次の週には、カイエたちはアイシャとクリスを連れて、第一都市ウィザレスで開かれる十大氏族会議に参加した。
「良い機会だからさ、おまえたちも見学して行けよ」
ジャスティンとブラッドルフを初めとする十大氏族の氏族長たちを前に。カイエが口火を切る。
「この前捕縛した女――リーベルタ・スタッカードから得た情報で、残っていた情報局の活動拠点も粗方潰したから。これで暫くの間は、奴らも身動きが取れないだろうな」
呪術結晶がガルナッシュ中に蔓延した事件の際に、カイエたちは情報局の密売ルートを破壊し、彼らの協力者の多くを捕らえていた。
それでも市中に潜伏して、活動を続けていた訳だが……今回の件で、さすがに撤退せざるを得ないだろう。
「これで準備は整ったから――そろそろ、次の段階に移ろうと思うんだ。ガルナッシュの鎖国を解いて、俺たち以外の人族が入国するのを許可して貰いたいんだけど……構わないよな?」
カイエの言葉に、会議室は重苦しい雰囲気に包まれる。
ガルナッシュの魔族の多くは、鎖国のせいで何百年も人族と関わっていない。だから、直接的に人族に対して遺恨のある者は皆無に等しいだろう。
しかし、互いに敵対してきた魔族と人族の千年以上に渡る歴史が、重く圧し掛かる。
人族であるというだけで敵意を懐く魔族は、今でもガルナッシュに数多く存在するのだ。
「カイエ殿たちのおかげで、我々は人族に対する考えを改めましたが……それは貴方たちが、力を持つ特別な存在だからです」
ジャスティンは眉間に皺を寄せながら、言葉を選んだ。
「我々魔族は、相手が強者ならば敵であろうと称賛する。だから、ガルナッシュの多くの者たちが、貴方たちを受け入れた。
しかし、それが力を持たない只の人族であれば、話は別でしょう。我々十大氏族の力を以てしても、人族に敵意を懐く者全てを抑えることは出来ません」
魔族と人族が互いを理解して、共存する世界を作る――それがカイエたちの目的だと、ジャスティンも聞かされていた。
初めのうちは、カイエが力で二つの種族を支配して、それを成し遂げるのだと勝手に解釈していたが……今では、言葉通りの意味だと理解している。
情報局の謀略や黒竜の侵略を防ぐなど、カイエたちのガルナッシュに対する貢献は余りにも大きく。圧倒的な強者というだけでも、彼の言葉に従う理由にはなるが……
それでも尚、魔族と人族が共存する環境を作るなど不可能だと、十大氏族の氏族長たちは考えていた。
「いや、俺だって一足飛びに魔族と人族が共存できるとか考えてないよ。ガルナッシュに入国させるのも、暫くは俺たちが問題ないと思う連中だけを選定するからさ」
カイエは気楽な調子で続ける。
「それに、おまえたちは勘違いしてるみたいだけどさ……人族と魔族が一切争わないなんて、俺は思ってないから」
「それは……どういう意味ですか?」
「人族同士だって異文化の奴と接触したら、争いが起きるのは良くある事だし。犯罪行為や、個人的な感情で相手を傷つけるのも珍しい事じゃないだろ?
ガルナッシュの魔族が、入国した人族と争いを起こしたとしても。それが全部、種族の違いのせいだなんて、俺は思わない」
ジャスティンは訝しげな顔をする。
カイエの言うことも解るが……仮にガルナッシュで人族が魔族に惨殺されるような事件が起これば。二つの種族は互いを理解するどころか憎しみが増し、新たな戦争の火種になるだろう。
そして――そうなる可能性が高いと、ジャスティンは思っていた。
「ああ、魔族と人族の争いが、もっと根深いモノなのは俺も理解してるからさ。最悪の状況にはならないように、俺たちが対処するよ」
それでも、カイエは人族と魔族の可能性を信じていた。
「最後は俺が尻を持つから――おまえたちは『人族という理由だけで相手を傷つけるな』とガルナッシュの奴らに宣言して。そして争いが起きたときは、魔族と人族を公平に裁いてくれれば良い」
この言い方だと、多少の犠牲者なら容認するように聞こえるが――カイエに、そんなつもりは一切なかった。
ガルナッシュに入国させる段階で、人選によって状況をコントロールする。そしてアリスの組織を裏で動かして、ロザリーの下僕たちに陰から警護をさせる……カイエは、あらゆる手を使うつもりだ。
それでも事が起きたときは――自分で直接動いて、止めるつもりだった。
(互いの種族だけが理由の殺し合いなんて……俺が絶対に、終わらせてやるよ)
カイエの漆黒の瞳は――千年の対立の歴史を作った過去の存在を、じっと見据えていた。




