182 誰が悪い?
その日の晩、ギャゼスの店に現れたクリスは――肩を顕わにした純白のドレスを纏っていた。
「ラクシエル師匠……どうして私が、こんな格好をする必要があるんですか?」
「だから、クリス……俺は師匠って呼ばれるのが嫌いだって言ったよな? それに、この店にはドレスコードがあるから、服の事は我慢しろよ」
勿論、仕掛け人はカイエであり――アイシャを巻き込んで、彼女にピッタリのドレスを用意したのだ。
着慣れないドレスに、クリスは不満顔だが……彼女の鍛え上げられた身体は、出るべきところはしっかりと出ており。オレンジ色の短い髪も良い意味でアクセントになって、白いドレスが良く似合っていた。
その上、普段の鎧姿とのギャップもあって――
「「も、もの凄く奇麗だ……」」
サブライズでクリスと会ったバーンとアレクは、目をキラキラと輝かせて賛美の言葉を送るが……
「ですが、師匠……肩がスース―しますし。歩きにくいんですけど?」
クリスは自分の事だとは露にも思わず、完全に無視する。
「おまえさ……俺の言葉は聞き流すし。文句ばっかり言って、本当は俺のこと嫌いだろ?」
カイエは笑いを堪えながら、適当な感じで返事をする。
「そんな事はありませんって! 私はラクシエル師匠を尊敬しているから、『師匠』って呼んでるんですよ。私にとって師匠は……この世界で二番目に大切な人です!」
え……だったら、誰が一番なのかと。バーンとアレクは期待に満ちた目で、彼女を見つめるが――
「クリス、また何を騒いでいるのよ!」
遅れて登場したアイシャは、ジト目でクリスを見るが……彼女もカイエが用意した服に着替えており。
華やかなピンク色のドレスを纏う少女は、まさに天使という感じで――
「ア、アイシャ様あああ!!!」
クリスは鼻血を噴き出ながら、アイシャに抱きつこうとする。
「ちょっと、クリス……鼻血、鼻血! カイエさんに貰ったドレスが、汚れちゃうじゃない!」
アイシャは涙目で抗議するが、その程度でクリスが止まる筈もなく。
「アイシャ様あああ!!! そんなことを言われても、私の情熱は止まりません!!!」
突撃するクリスに――
「ゴメンね、クリス……アイシャが嫌がってるから」
首の後ろに一撃を入れて、気絶させたのはエマだった。
「クリスって……アイシャの事になると、ホント見境ないよね」
意識を失ったクリスを、エマは軽々と担ぎ上げて溜息をつく。しかし――
「クリス……情熱的な君も素敵だ!」
「ああ、兄さん……クリスは本当に、美しいな……」
こんな醜態も気にならないのか、目に映っていないのか……バーンとアレクは妹が荷物のように扱う女騎士に、熱い眼差しを向ける。
「……ねえ、カイエ? うちの兄さんたちで、あんまり遊ばないでよね!」
頬を膨らませて抗議するエマには――カイエも敵う筈がなかった。
「ああ、俺が悪かったよ……だけどさ、バーンに、アレク。この女は……まあ、良いか。おまえらの好きにしろよ」
完全なる治癒――無駄に完璧なカイエの失われた魔法によって、鼻血が奇麗に消えた状態で、クリスは目覚める。
「あれ、私は……あっ! アイシャ様あああ!」
「あ……」
エマの腕を振り切って、クリスは再びアイシャの元に駆けて行こうとするが――
「おまえさあ……良い加減に、落ち着こうか?」
カイエは抱き寄せて、至近距離から瞳を覗き込む。
「ラ、ラクシエル師匠、放してください! 私はアイシャ様のところに――」
「五月蠅いな……俺が二番目とか、おまえは生意気なんだよ」
強引に抱きしめられて――
「な、何をするんですか、師匠……」
クリスは激しく抵抗するが……圧倒的な力を持つ腕の中に抱かれていることを意識した瞬間――
「え、あの、その……師匠……」
乙女の顔になったクリスに気づいて――
「「「「「「「ちょっと、カイエ(さん)……何をやってるの(よ)(ですの)(ですか)!!!」」」」」」」
七人の少女(幼女)が、一斉に突っ込む。
「いや……だけどさ。エマが止めろって言ったから。これが一番確実な方法だって思ったんだよ」
カイエはバツが悪そうに言うが――
「あのねえ、カイエ……」
「そんな言い訳が、通る筈が無いだろう?」
「そうよね……カイエだって、ホントは覚悟してるんじゃない?」
「そうだよね……私は、止めてって言っただけだから!」
ローズたちに囲まれて、カイエは逃げ場を失い。
さらに三人が追い打ちを掛ける。
「ロザリーちゃんが転移防壁を多重展開したから、いくらカイエ様でも逃げられないかしら!」
「カイエ、君も……そろそろ、反省した方が良いと思うよ?」
「カイエさんは、私より……クリスの方が……」
物理的と言うよりも、精神的に追い詰められたカイエは――白旗を上げるしかなかった。
「ああ……ホント、解ったから。とりあえず、ゆっくりメシでも食おうか?」
すっかり反省した態度のカイエを、ローズたち四人が密着して拘束し。その両脇でロザリーとメリッサが目を光らせる。
そして、アイシャはと言うと……
「あのカイエさんに、皆さん……本当に、良いんですか?」
頬をピンク色に染めながら、カイエの膝の上という特等席をキープする事になった。
「「「「別に良い(わ)よ……ねえ、カイエ?」」」」
アイシャ以上に密着する四人が、カイエよりも先に応える。
「「……」」
しかし、ロザリーとメリッサは、少し不満そうだった。
(ラ、ラクシエル師匠……)
クリスは、今までとは違う意味の熱い眼差しを、カイエに向けており……
((ク、クリス……君は本当に、奇麗だ……))
乙女と化した彼女の美しさに、エマの二人の兄は見惚れていた。




