17 大迷宮と遺跡
転移魔法は――一度訪れた場所に自分の魔力を登録しないと、転移先として指定できない。
幾ら『地下迷宮研究家』などとアリスに揶揄われるほど地下迷宮好きなエストでも、全ての地下迷宮を実際に攻略した訳もなく、アルペリオ大迷宮に行くのは今回が初めてだった。
だから、翌日カイエたち四人は、アルペリオ大迷宮に最も近い登録済みの場所に転移すると、そこからエストの飛行魔法で移動することにした。
多人数飛行――上級魔法の一つで、魔族との戦いのときもエストは度々使用した。
個別に動けないから戦闘には向かないが、運べる人数も多く、持続時間も長いから、広大な大陸をパーティーで移動するには便利なのだ。
「毎度のことだけど……空を飛ぶのって、あんまり気分の良いものじゃないわね」
アリスは出来るだけ下を見ないようにしながら、青い顔をしている。
「何だよ、高所恐怖症なのか?」
カイエが揶揄うように言うと、アリスはものすごい形相で睨み付けた。
「馬鹿言わないで! 高いだけなら何てことないわ! 幾ら相手がエストでも、他人に命を握られている感覚が嫌いなのよ」
この状態では――何かトラブルが発生しても全てエスト任せなのだ。仮に魔法が消失して落下するような事態になったら、飛行魔法が使えないアリスには対処する方法がないのだ。
「命を握られてるって……ホント大袈裟だな」
相変わらず飛行中は騒がしいなと、エストが苦笑する。
「仮に落ちたとしても問題ないだろう? アリスだって浮遊アイテムを持っているんだし、それに……」
その言葉に、アリスが激しく反応する。
「お、落ちるなんて言わないでよ! そんなことは解ってるけど……とにかく嫌なもの嫌なのよ!」
何だよ、結局飛ぶのが怖いだけじゃないか――カイエは思ったが、これ以上話をややこしくしないために黙っておくことにした。
※ ※ ※ ※
アルペリオ大迷宮は――王都近くにある地下迷宮とは異なり、後付けの建物が建てられている訳ではなく。ほとんど全壊して土台だけのような一階部分から、野ざらしの階段が地下に伸びている状態だった。
入口に封印を施していないために、地下迷宮の怪物が外まで徘徊しているが。周りに町や村がないため、そのまま放置されている。
確かに、怪物が徘徊していると言っても、スケルトンや迷宮掃除屋などの低レベルなモノが大半だった。しかも、冒険者が毎日のように地下迷宮を訪れているから、それらの怪物も道すがら倒されてしまい、被害はほとんど出ていない。
ちなみに、すぐに近くにあるハインガルド遺跡の方は――遺跡とは名ばかりで、ほとんど何も残っていなかった。
隕石でも落ちたのか、何かの爆発によるものなのか――巨大な力で抉られたような広大なクレーター状の土地の端に、申し訳程度に建物の跡地が残っているという状態で、当時の惨状が今の景色からでも容易に想像できる。全てが破壊された後で、本当に何もない場所なのだ。
「カイエは……ハインガルド遺跡が消滅した理由を、知っているんだろう?」
エストは何気ない感じで問い掛けるが――
「ああ、そうだな……」
カイエはそう言ったきり、言葉を続けようとしなかったから――エストは何となく彼の気持ちを察して、それ以上何も訊かなかった。
※ ※ ※ ※
アルペリオ大迷宮に到着すると、四人は地上から伸びる地下への階段を足早に降りて行った。
地下迷宮の中は、エストが説明した通りにありふれた感じで、石壁に囲まれた入り組んだ回廊の所々に、玄室の扉が設置させている。
出現する怪物も、やはり中級相応の一般的なものばかりで――先陣を切るエマとアリスにとっては、実に力不足な相手だった。
「それじゃ……行っくよー! アリス、左側の四体は任せるね! 残りは全部私が仕留めるから!」
全身を銀色の鱗に覆われた翼を持つ悪魔――鱗悪魔の群れに、エマは颯爽と切り込んでいく。
赤で縁取りされた純白の甲冑に、自分の身長ほどもある金色の大剣――そんな重装備であることを微塵も感じさせない軽やかな動きで、エマは次々と敵を仕留めていった。
「エマ、遅いわよ……早くしないと、横取りするからね!」
「駄目だったら、アリス! 全部私が倒すの!」
エマよりもさらに速い動きで――アリスは悪魔の間を擦り抜けながら、銀色の鱗を切り裂いていく。
アリスが纏う黒の革鎧は、黒竜の鱗を魔法で加工したものだった。下手な金属鎧よりも余程頑丈であり、柔軟性も兼ね揃えているから動きを阻害しない。
そして、アリスが使う武器は――剃刀のように鋭利な刃を持つ『刀』だ。普通なら固い物を切れば折れてしまいそうな代物だが、魔力を帯びた刃はあらゆるものを両断する鋭さを持つ。
もっとも――本当に硬い敵と戦うときは、アリスは刀ではなく刺突武器を使う。相手に合わせて武器を使い分ける柔軟性を、彼女は持っていた。
そんな感じで――アリスとエマの二人だけが戦っている状態で、すでに四階層まで進んでいた。
上の層に比べれば、敵の強さも多少はマシになっていたが、勇者パーティーのメンバーにとっては何処まで行っても『経験値の足しにもならない』ような相手だった。
それでも半ば鬱憤晴らしのように戦う二人に、カイエは暫く黙って従っていたのだが――サクサク進んでいるとはいえ、それなりに時間は掛かっており……正直に言えば飽きていた。
「あのさあ……アリスにエマ、もうそのくらいで良いだろう? いちいち戦ってたら、時間が掛かり過ぎるからな」
うんざりした顔のカイエをアリスが睨む。
「何よ、どうせ戦わなくちゃ先に進めないでしょうが!」
「そうだけどさ……俺がもっと手っ取り早く片付けてやるよ」
自信たっぷりに言うカイエを、アリスは鼻で笑う。
「何、あんたが魔法を使うってこと? でも魔法にしたって、それなりに時間が掛かるでしょう? 私とエマが片づけた方が早いんじゃないの?」
素早さと手際の良さの両方に自信があるアリスは、意地の悪い笑みを浮かべるが――
「まあ、見てなって……」
カイエはしたりで笑うと、アリスを追い越して前に出る。
「ああ、そう……なら良いわよ。カイエのお手並み拝見って行きましょうか!」
そんな感じで四人がさらに進み、次の玄室の前に差し掛かったとき――カイエはいきなり扉を開けた。
そして間髪入れずに無詠唱で魔法を放つ――
爆炎業火――火属性の最上位魔法の一つであり、渦巻く炎は一瞬で部屋の中の怪物を消し炭にして、床や壁まで焼き尽くす。
「まあ、おまえたちにとって爆炎業火はイメージが悪いだろうけど……勘弁してくれよ。狭い場所で敵を蹂躙するには、こいつが一番手っ取り早いからな」
東の遺跡で彼女たちが対峙したのは『獄炎』を司る魔神だった。カイエはそこに配慮して言ったのだが――
「そんなことは……この際どうでも良いわ。あんたは何無茶苦茶やってんのよ! 中に人がいたらどうするつもり?」
アリスは物凄い剣幕で捲し立てるが――それも当然だった。
この地下迷宮には他にも冒険者が居ることが解っているのに、カイエは部屋の中を確認もせずに魔法を放ったように見えた。
「いや、人が居ないことは確認済みだって」
カイエは何食わぬ顔で言うが――
「適当なこと言わないでよ! そんな時間なんて無かったじゃない!」
「それも問題ないって。扉を開ける前に魔法で探知を掛けて、開けた後も検出してから、爆炎業火を撃ったんだからさ」
「だ・か・ら! そんな時間が何処にあったのよ!」
アリスは全く納得していなかった。勇者パーティーの一員であるアリスは、強力な魔法の使い手との修羅場など散々経験しているのだ。あの短時間に三つの魔法を発動させるなど――史上最強の魔術師と言われるエストでも不可能だろう。
「アリスもしつこいなあ……なら、エストに訊いてみろよ」
まるで自分の思惑を見透かしたようなカイエの台詞に。どうせエストだって否定するに決まってると思いながら、アリスは視線を向けるが――
そこには驚愕した顔で凍り付くエストの姿があった。
「エスト……もしかして、カイエが言ったことは本当なの?」
恐る恐るという感じでアリスが問い掛けると――エストはゆっくりと頷いた。
「ああ、間違いない。私も何とか感知できたという程度だが……カイエは本当に、今言った全ての魔法を無詠唱で発動した」
いや――この説明では不十分だなとエストは思う。エスト自身も無詠唱で魔法を発動することができるが――カイエは複数の魔法を同時に発動したのだ。
カイエは単に探知と検出と言ったが――実際には複数の感知系魔法を同時に発動させていた。さらには、その直後に最上級魔法の爆炎業火まで――
まさに、エストですら全く常識外れと言うしかない魔法の使いっぷりだった。
「だけど……こんな魔力の使い方をしたら、カイエでも魔力切れを起こすんじゃないか?」
気遣わしげに言うエストに、カイエはニヤリと笑みを返す。
「まあ、その点は問題ないから気にするなよ。それに万が一、魔力切れを起こしたとしても……こいつを使うだけだからさ」
カイエはベルトに差している二本の黒い長剣を指差す――そこから放たれる膨大な魔力を感じて、エストは息を飲んだ。
という訳で――その後はカイエが『いきなり爆炎業火』を連発し、彼らは一時間と掛からずに最下層まで到達する事になった。




