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160 メルヴィンの血


「ほう……ペテン師の小僧が。誇り高きメルヴィンの系譜に名を連ねる私に……何を教えると言うのだ?」


 カスタロト・メルヴィンは、腰に下げていた剣を抜き放つ。

 刃渡り一メートルを超える長物の剣は、その刃にびっしりとルーン文字が刻み込まれていた。魔剣サザーラント――『メルヴィンの至宝』の一つに数えられる逸品だった。


 メリッサと同じ赤い色の老魔族の目が、肌を切り裂くような鋭い殺意を放ちながら、カイエを見据える。


「言っておくが……貴様如きの魔法など、私には効かぬぞ」


「ああ……そういうのは良いからさ」


 全く根拠のない台詞に、カイエは冷ややかに笑う。


 ()()()()()ことができる彼は、カスタロトの実力を正確に把握していた。


 勿論、強さとは魔力が全てではなく、戦士としての技量によっても大きく左右されるが――技量を見抜く能力においても、尋常ではない場数を踏んできたカイエ以上の者など存在しないだろう。


 まあ、仕方ないかという感じで、カイエはベルトから二本の剣を無造作に引き抜くと――カスタロトから視線を外して、四人の方に振り返った。


「みんなも、このジジいには頭に来てるだろうけど。とりあえずは、俺がやって構わないかな?」


「貴様……舐めるな!!!」


 戦闘中に背を向けるなど――カスタロトは、この無礼で愚かな行為を見逃さなかった。

 一瞬で間合いを詰めると、カイエの背中に長尺の剣を振り下ろす。


 その流れるような動きは天才的であり、さすがはメルヴィンの前氏族長クランマスターと言うべきものだったが――


「なあ、ジイさん……人が話してるんだから、邪魔しないでくれるか?」


 カイエは振り向きもせずに、左の剣で一撃を受け止める。


「な、何だと……貴様!」


 続けざまに、カスタロトは幾度となく斬撃を浴びせ掛けるが――その全てを、カイエは会話を続けながら、易々と防いでしまう。


「という事で……みんな、良いかな?」


「ええ、私は構わないわよ」


「うん! 私もカイエに任せるよ」


「仕方ないわね……その代わり、ご飯はあんたの奢りだから」


 カスタロトは怒りで顔を赤黒く染めながら、同時に焦りを覚えていた。


 彼が驚愕している理由は二つ。その一つは勿論、メルヴィンの中でも最強と謳われた自分を、まるで赤子のように扱うカイエの圧倒的な技量だ。


 そして、もう一つは――どう見ても業物とは思えない粗末な剣で、彼の魔剣サザーラントによる攻撃を受け止めている事だった。


(どうしてだ……どうして、そんな剣で、我が魔剣の一撃を防ぐ事ができるのだ?)


 マジックアイテムすら両断できる魔剣の前では、唯の鉄の剣など紙に等しい筈だったが――カイエの剣には傷一つ付いていなかった。


(その見た目に反して……相当な業物という事か?)


「いや、この剣は銀貨五十枚の安物だから」


 ローズたちから同意を得たカイエは、ようやくカスタロトに向き直る。


「貴様……読心術まで使うのか?」


「あのなあ……それだけ剣を凝視してたら、誰にだって解るだろう?」


 こんな風に相手を馬鹿にし切った戦い方は、カイエの趣味ではないが――今回の件については、彼も相当頭に来ているのだ。


 自分の不甲斐なさを全て受け止めて、強くなろうと真摯に己と向き合うメリッサの決意を――聞く耳も持たずに全否定するカスタロトが、カイエは許せなかった。


「メルヴィンだとか氏族長クランマスターだとか魔剣とか……そんな下らない看板を持ち出す時点で、あんたの底が知れるってもんだろ?」


 わざとカスタロトの台詞を真似て、挑発する。


「小僧……どこまで私を舐めるつもりだ! 確かに貴様は強い……その技量は認めてやろう。だがな……メルヴィンの誇りは、それほど安くは無いわ!」


 カスタロトが全力で魔力を込めると――長尺の魔剣は蒼い焔を纏い、速度と威力を増してカイエに襲い掛かる。


 メルヴィンの氏族長クランマスターが代々受け継いできた秘剣『蒼焔迅撃』――しかし、その一撃は受け止められるどころか、逆に刀身を真っ二つに両断されてしまう。


「魔剣サザーラントが……メルヴィンの至宝が……」


 折れた剣を握り締めて、カスタロトは呆然と立ち尽くす。


「何だよ、そんなに大事だったのか? でもさ、その程度の剣なら簡単に再生できるから……ほら、貸してみろよ」


 カスタロトから強引に剣を奪うと、カイエは床に突き刺さっていた残りの刀身を引き抜いて、断面を繋ぎ合わせる。

 そして軽く魔力を込めると――魔剣は元通りの姿に戻っていた。


「ほら、返すよ」


 受け取った剣を、カスタロトは慎重に確かめるが、まるで嘘のように傷一つない。紛い物と摺り替えられた訳でもなく、それは紛れもない『メルヴィンの至宝』魔剣サザーラントだった。


 いったい何が起きたのかと、カスタロトが混乱していると――


「さてと……そろそろ、こっちの番だよな?」


 カイエは残酷な笑みを浮かべる。


「……どういう意味だ?」


 悪い予感を覚えるカスタロトに、


「何だよ……自分だけ攻撃して、それで終わりとか思ってたのか?」


 カイエは確かに攻撃を受けていただけで、自分からは一度も仕掛けていなかった。魔剣を折ったのだって、攻撃を受けたときの()()に過ぎない。


「あんたは魔法が嫌いみたいだし、俺も剣だけで攻撃してやるから……今度は魔剣が折れないように、きちんと受けろよな?」


 そこから、カスタロト・メルヴィンは――絶対的で圧倒的な実力差というモノを、骨の髄まで味わうことになった。




 そして、三十分後――


「カイエ殿……いや、カイエ様! この不肖カスタロト・メルヴィンは、貴方の御力に敬服致しました!」


 片膝を突いて深々と頭を下げる老魔族に――カイエの目が点になる。


「おい……何の冗談だよ?」


 引きつった笑みを浮かべるが……カスタロトは本気だった。


「どうか、どうか……この愚かな老人を、貴方の弟子にして下さい!」


 ローズ、エスト、エマの三人も――いったい何が起きたのか、訳が解らないと顔を見合わせていた。


 それに対して、アリスは吹き出しそうなのを必死に我慢しており、そしてメリッサは……どういう訳か、キラキラと目を輝かせていた。


「お爺様も……ようやく解ってくれたんですね!」


「ああ、メリッサよ……私が愚かだった。まさかカイエ様が、これほどの御仁だとは……」


 嬉々とした顔で語り合う二人の会話を聞いて――カイエは全てを悟った。


(ああ、この爺さんは……たちの悪いメリッサって事だな)


 良く考えてみれば、自分の実力を勘違いして相手を侮っていたのは、メリッサもカスタロトも一緒で――現実を思い知ったときに、素直に頭を下げたのも同じだった。


 二人が違うのは、カスタロトの方が明らかに態度が悪かった点だが……それはカイエが若輩者だからと余計に侮っていた事と、孫娘が騙されていると思い込んでいた事に起因しているから、ある意味では仕方がないとも言える。


 しかし、それでもカイエが『たちの悪い』と思うのは――カスタロトが敗北を認めた直後に掌を返して、自分から弟子にしてくれと言ってきた点だった。


「なあ、ジイさん……さっきまで俺のことを、小僧とかペテン師とか言ってなかったか?」


 ジト目になるカイエに――


「そこは……愚かな老人の過ちだと、笑って許してくださらぬか?」


 カスタロトは抜け抜けと笑顔で応える――こういう図々しいところが、メリッサよりも明らかにたちが悪いのだ。


(メルヴィンの氏族長クランマスターの一族って……()()()()奴ばかりなのかよ?)


 メリッサと出会ってしまった事を――カイエは少しだけ後悔した。



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