16 エストの苦悩
「それで……アルペリオ大迷宮に、いったい何があるのよ?」
とりあえずはカイエの言葉を信じることにしたアリスだったが――カイエという人間を信用した訳ではない。
「簡単に言えば……光の神の象徴のようなモノだな。そいつが迷宮の奥に眠っている筈なんだ」
カイエは言葉を選びながら応える。
「……光の神の象徴? それって聖宝のこと? ……ねえ、エスト。何か聞いた事ある?」
アリスが質問したとき――エストは先程の自爆行為から、まだ立ち直れていなかった。
(……やってしまった!)
頬を染めて下を向きながら、頭を抱えているエストに――アリスは唖然とする。
「ねえ、エスト……どうしたの、顔が赤いよ?」
空気を読まないエマが、エストの顔を下から覗き込む。
「……わあ! エマ、な、何をするんだ!」
慌てて跳び退いたエストは、周りの視線に気づく。
「……ホント、どうしたのエスト? さっきから何か変だよ?」
素直に心配してくれるエマに対して、呆れ顔のアリス。そしてカイエは――思わず苦笑していた。
(……もうっ! 勘弁してくれ!)
顔を真っ赤にして肩を震わせるエストに、『仕方ないわね』とアリスが助け船を出す。
「ねえ、エスト。もう一度訊くけど、アルペリオ大迷宮に光の神の聖宝があるって話……あんたは知ってる?」
アリスが話題を変えてくれたことに感謝して、エストは跳びついた。
「ア、アルペリオ大迷宮に聖宝だと? ……いや、そんな話は聞いた事がないな。そもそも私が知る限り、あの地下迷宮は神に関係するような場所ではない筈だ」
さっきのことは全部忘れてくれと思いながら――エストは話を逸らそうと、賢者としての知識を総動員する。
「『大迷宮』などと誰が名付けたか定かではないが、完全に名前倒れで規模は標準的だし、難易度だって中級と極ありふれた地下迷宮だよ。土地柄的に神話や教典に纏わる訳でもないし……カイエには悪いが、聖宝がある場所とは思えないな」
エストは世界の地下迷宮を知り尽くしていた――単純に研究対象ということもあるが、そこで発見される希少品にも、非常に興味を持っている。
「その感じじゃ……当然誰かが攻略済みで、未踏破エリアがあるって訳でもないのよね?」
「ああ、絶対にないとは言い切れないが……あのクラスの地下迷宮は挑む人数も多いからな。そんな場所があっても、とうに誰かが攻略していると思う。仮に、何らかの特別な理由で攻略出来ないとしても……その情報は私のところに届いている筈だし、攻略難易度だって、もっと上がっている筈だ」
地下迷宮の攻略難易度は、文字通り攻略の難しさによって決まるのだ。未踏破エリアがあれば攻略できていないと見なされて、当然難易度は上がる。
「地下迷宮研究家のエスト先生がこう言ってるんだけど……カイエ? あんたはそれでも、アルペリオ大迷宮に聖宝があるって言い張るの?」
疑わしそうな顔をするアリスに――カイエはしれっと応える。
「俺は『聖宝』だって言った覚えはないけど……まあ、少なくともローズを救い出すのに役に立つモノが、そこに眠っている可能性は高いな。おまえたちの疑問に対する答えは単純で――中級だなんて言ってるってことは、地下迷宮の本当の入口を発見できていないって事だな」
カイエはアリスを見つめて――強かに笑う。
「『ノーザンシュタット大迷宮』――これが俺が眠りにつく前の時代の呼び名だ……中級の難易度だなんて、そんな生半可な場所じゃない。当時存在した千を超える地下迷宮の中でも、屈指の難易度を誇る場所だよ」
カイエの言葉に――先に反応したのはエストだった。
「そこにローズを救う事ができるモノがあるなら……カイエ、私も一緒に行かせてくれないか?」
エストは真剣な表情で、カイエを見つめる。
「まあ……エストなら、そう言うと思ったけどさ」
予想通りの反応にカイエは苦笑すると、まじまじとエストを見た。
「『ノーザンシュタット大迷宮』は……おまえクラスでも危険な場所だからな? 他の地下迷宮と同じように考えてたら、すぐに足元を掬われるから覚悟しておけよ」
「ああ、カイエの話から想像はついているが……そんなことは関係ない。私が何としても、自分の手でローズを救い出したいんだ」
碧色の瞳に真摯に見つめられて――カイエは仕方ないかと頷いた。
そんな二人に――さも当然という感じでアリスが割って入る。
「勿論、私も付いて行くわ。あんたみたいな適当男に……ローズのこともエストのことも、任せられないわよ!」
「だったら……私も行くよ! ローズが心配なのは、私も一緒だからね!」
一人だけテンションが高いエマがそう言うと――エストとアリスは思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
「……何なの、それ? もしかして、二人とも私のことを馬鹿にしてる?」
頬を膨らませるエマに――エストはクスクスと笑い声を上げる。
「……いや、馬鹿になんかしてない。ただ、こういうときにエマが居てくれて……私は嬉しいんだよ」
「ええ……そうよ、エマ。私もあなたが居てくれて、本当に良かったって思ってるわ!」
二人の言葉に戸惑いながら……エマは絶対にローズを助けるんだと心に誓う。
そんな三人の傍らで――カイエは次に何をすべきかと、思考を巡らせていた。
 




