15 約束
「カイエ……私は……」
少し泣きそうな感じのエストに、カイエは揶揄うように笑い掛けると、彼女の方に近づいて隣に腰を下ろす。
金髪碧眼の知的美人で、普段は大人びているエストが――今は儚げな少女のような顔でカイエを見上げていた。
「まあ、誰のせいかって言えば……アリスが言ったように、俺のせいだな。だから、エストが気にする必要なんてないだろう?」
気楽な調子で言うカイエに、エストは首を振る。
「だけど……私が冒険者ギルドの話をしなければ……」
「だから、それは違うんだって!」
カイエにしては珍しい強い口調で言うと、真っ直ぐにエストを見つめる。
「そもそもさ……エストが俺に勧めたのは、最難関級地下迷宮を制覇して、高レベル冒険者の称号を貰うことだよな? 確かに冒険者ギルドに入らないと冒険者になれないけど……他の街で入るって選択肢もあった訳だし。結局のところ、王都のギルドに行くって決めたのは、他の誰でもない俺自身だ」
カイエの漆黒の瞳が――エストの顔を覗き込む。
「それに、今日ギルドに行かなかったとしてもさ――何処か別の場所とタイミングで、エドワードは必ず仕掛けて来た筈だ。奴は王子なんだから、その気になれば場所なんて選ぶ必要はないだろう? だから……おまえが気にすることなんて何もないんだよ」
でも、そう言ってくれるのは嬉しいけど……エストは自分が引き金を引いてしまった事は事実だから、その罪は許されないと思っていた。
それでも……カイエの言葉を聞いていると、何故か不思議なくらいに安心する。
「そうよ、エスト。全部こいつのせいだから、あんたが気に病むことなんてないわ!」
エストを気遣うように悪態を叩きながら――アリスは内心では別の事を考えていた。
これで二度目だ――カイエが部屋に入って来た事も、すぐ傍に居る事すら。アリスは彼が喋り始めるまで気づかなかったのだ。
アリスは索敵と気配感知では誰にも負けないという自信がある――つまり、カイエは何者にも気づかれずに行動できるという事だ。
(ホント……この男だけは油断できないわね)
カイエには色々と思うところがあったが――今はそれよりも、アリスにとってもローズの方が優先だった。
「ローズは今も元気みたいだけど……あんたのせいで、あの子がエドワード王子を殴って捕まったことは事実よね? 勇者だから、さすがに殺されることはないと思うけど……当分は牢獄から出て来れないわよ」
「ああ、解ってるよ……それが俺のせいだって事も含めてね」
罪を問い質すようなアリスの言葉に、カイエは平然と応える。
「あんたねえ……この責任をどうやって取るつもりなのよ?」
責任の取りようが無いことなど、アリスも解っていた。聖王国の王子を殴った罪を消し去る事など誰にも出来ない。
それでも、ローズが心配なアリスは、そう言って感情をぶつけるしかなかった。
しかし――カイエは信じられない事を言った。
「まあ、そんなに心配するなよ。俺が絶対にローズを助け出してやるから」
まるで何でもない簡単な事のように、カイエは気楽な感じで応える。
「カイエ、あんたは何言っているのよ! そんな事が本当に出来たら、誰も苦労しないわ!」
アリスは思わず立ち上がって、カイエの襟首を掴む。
「ふざけないで……人が真剣に話をしているのに!」
「だからさ……俺はふざけてないし、適当な事を言ってるつもりもないよ」
カイエは悪びれる様子もなく、真っ直ぐにアリスを見る。
「おまえたちには出来なくても、俺には出来るんだよ……俺が何をしたか、もう忘れたのか?」
アリスは実際に現場を見ていないし、カイエは少年のような姿をしているから思わず勘違いしそうになるが――この男は世界すら滅ぼしかねない魔神を殺しているのだ。
「まさか……王都を滅ぼして、ローズを救い出すって言うの?」
アリスは戦慄を感じて、思わず腰の剣に手が伸びそうになる。
「その手もあったな……なんて冗談だよ。そんな事をして、ローズが喜ぶ筈がないだろう?」
カイエは惚けた感じで言うが――アリスは信用しなかった。
「だったら……どんな手を使うって言うのよ?」
「ああ、そうだな……」
そう言うと、カイエはエストの方を見る。
「なあ、エスト……ここから北に二百キロくらいのところに、地下迷宮がないか? たぶん、近くに遺跡があると思うんだけど」
話を振られたエストは――カイエと目が合って、自分が彼を見つめていた事に気づく。
「え……」
まじまじと互いを見つめ合う形になり――エストは恥ずかしくなって、頬を染めながら思わず視線を逸らした。
「え、えーと……アルペリオ大迷宮の事を言っているの? 確かに、近くにはハインガルド遺跡があるが……」
挙動不審なエストを――アリスが『あんたまで何やってんのよ?』とジト目で見ていたが、エストにはそれに気づく余裕はない。
カイエはというと――エストのそんな様子には気づかない振りをして――
「ハインガルドの名前が残っているのか……だったら間違いないな」
アリスに向き直ると――自信たっぷりに言った。
「アリス、約束してやるよ――俺は一切血を流す事なく、ローズを助け出して見せるから」
「そんな馬鹿みたいな話……私が信じる訳がないでしょう!」
アリスはそう言いながらも――カイエが放つ何かの力を感じて、掴んでいた襟を思わず放してしまう。
「……本当に。王都を滅ぼすような方法以外で、あんたはローズのことを救い出せるというの?」
アリスは目を細めて、見定めるようにカイエを見る。
「ああ、当然だ……俺が約束を破ることなんて――」
このときカイエは一瞬だけ――苦い顔をした。
「もう二度と……絶対にないからな!」
何かの想いを振り切るように言い放ったカイエに――アリスも、それ以上何も言わなかった。




