135 和解の意味
すみません……135話は、全面的に書き直しました。
その日の午後。カイエたちは早速、聖王国の国王ジョセフ・スレインに会うことにした。
「いきなり王宮に押し掛けるのは、さすがにどうかと思うぞ。私が宮廷魔術師経由でアポイントを取るから、少し待ってくれ」
そう言ってエストが『伝言』を送ると――僅か十分ほどで、すぐに会うという返事が来た。
「何だよ、もう少し勿体ぶるかと思ったけど……さすがは勇者パーティーってことか?」
カイエは揶揄うように笑ってから――不意に真顔になる。
「なあ……ローズにアイシャ。おまえたちは留守番してても構わないからな? 王宮に行けば――エドワードに会うことになる」
半年ほど前のエドワードとの諍いで、ローズは彼を殴った罪で幽閉されている。
アイシャに至っては、エドワードが裏で糸を引いていた計略によって、父であるシルベーヌ子爵が財産を奪われ、領民たちは水不足に苦しめられた。
そんな彼らを救うために――アイシャはエドワードが黒幕と知りながら、自ら側室となる事を条件に、彼に計略を止めて欲しいと願い出たのだ。
自分たちを陥れた男に身を捧げる――少女には、それ以外に選択肢は無かった。
そんな相手に、会いたい筈はないだろう。
ローズとの一件で騒ぎを起こした後も、エドワードは失脚していない。
アイシャの事件はカイエが暗躍して解決してしまったから、ほとんど表沙汰にすらならなかった。
カイエはジャグリーンに頼んで、王宮の現状を事前に調べていた。
エドワードは第一王子として、政務にも関わっているらしいから、ローズたちが王宮に行けば、顔を合わせる可能性が高いだろう。
「カイエ……ありがとう」
先に口を開いたのはローズだった。
「でも、心配しないで……私はカイエのことを悪く言うエドワードが許せなかっただけよ。だから、今でも私は王子が物凄く嫌いだけど――あんな男のことなんて、全然気にしてないわ!」
エドワードなど眼中にないと、ニッコリ笑って宣言する。
「それよりも。私もアイシャのことの方が……」
「ローズさん、カイエさん……大丈夫です。私もエドワード王子のことは、もう気にしていませんから」
アイシャは伏し目がちに応える。
「王子がしたことは、今でも許せませんが……そのおかげで、皆さんと出会えたのも事実ですから」
この瞬間――少女の頬はピンク色に染まる。
「詰まらない過去に、いつまでも縛られるなんて……そんな女の子は、カイエさんは嫌いですよね? だから……私は頑張るって決めたんです!」
上目遣いで見つめてくるアイシャに――カイエは優しい笑みを浮かべる。
「いや、別に無理に頑張る必要は無いからさ。俺のことなんて関係なしに、アイシャは自分の気持ちに素直に行動しろよ?」
「……はい。私は自分でしたいと思うことを、言ってるんですよ。カイエさんが私のことを気にしてくれて……嬉しいから、頑張りたいんです!」
少女に真摯な瞳を向けられて――少し照れ臭くて、カイエは頬を掻くが、
((((……カイエ、どういうこと?))))
周りのジト目に気づいて、思わず苦笑する。
「おまえらなあ……」
別に俺は悪く無いだろうと文句を言いたかったが――結果は解っていたから、敢えて口にはしなかった。
※ ※ ※ ※
カイエたちが指定された時間に王宮へ向かうと、ほとんど待つこともなく、大広間に通された。
入口から真っ直ぐに伸びる赤い絨毯の左右には、近衛の騎士たちが立ち並んでおり、部屋の一番奥には――玉座に座るスレイン国王と、エドワード王子の姿があった。
「へえー……面白いことをするじゃないか」
カイエに気づいたエドワード王子が顔面蒼白になるが、それを完全に無視して、スレイン国王を見据えながら玉座の方へと歩き出す。
「馬鹿王子が何をしたか、解った上で同席させるとはな。ジョセフ・スレイン――おまえは、俺たちに喧嘩を売っているのか?」
余りにも不遜な態度に、騎士たちが色めき立つが――そんなことは承知の上だ。
エドワードが出て来たのは予想通りだが、まるで何事も無かったかのように平然と傍に立たせるスレイン国王に、カイエは怒っていた。
ローズもアイシャも気にしないと言っていたが。だからと言って、加害者の方が悪びれもせずに無視するなら……黙っている気などサラサラなかった。
騎士たちが一斉に剣を抜いて、カイエを取り囲む。
後方にいるローズたちも騎士に包囲されるが、すでに彼女たちはアイシャを守るように陣形を組んでいた。
(悪いな、みんな……)
(ううん、嬉しい……カイエは、私たちのために怒ってくれたんだから!)
(私は構わない……カイエが怒るのは当然だからな)
(まあ、良いけどね……きちんと責任は取りなさいよ!)
(私だって……ローズとアイシャを無視するなんて、許せないよ!)
目線だけで会話をして、彼らは聖王国を敵に回す覚悟を決めるが――
「皆の者、静まれ! そして、剣を収めよ!」
スレイン国王の一喝に、騎士たちは動きを止めて君主に注目する。
「ラクシエル殿が言ったのも……尤もな話だ。しかし……誤解しないで貰いたい」
そう言ってスレインは、玉座から立ち上がった。
「私がエドワードを同席させたのは……謝罪をさせるためだ。そして、私自身も……聖王国の王として、エドワードを止められなかったこと、今でも申し訳なく思っている」
スレインに促されて、エドワードが前に進み出る。
「貴殿たちに心から謝罪する……本当に済まなかった。嘗ての私の過ちを、どうか許して欲しい」
自分たちの国王と王子が頭を下げる姿に、騎士たちは言葉を失った。
王族という立場を度外視して、臣下の前で謝罪する二人の姿は、一見すると誠意を感じさせるが――この程度で納得するほど、カイエは甘くなかった。
「ふーん……それで、エドワード。おまえは誰に対して謝っているんだよ?」
漆黒の瞳が冷徹な光を帯びて――エドワードの心臓を射抜く。
「そ、それは……」
カイエがアイシャへの謝罪を求めていることは、エドワードにも解ったが。それを口にすることは、自分の悪事が露見すること意味する。
「エドワードが謝罪すべき相手は、ここにいる貴殿たちとシルベーヌ子爵。そして……子爵領の領民に対してだ」
そう言ったのは――スレイン国王だった。王の突然の言葉に、エドワードは信じられないという顔をする。
「陛下……どうして……」
「エドワード、私が知らぬとでも思っていたか? だが、今はそのような話をするべきときではない。さあ……自らの言葉で謝罪するのだ」
エドワードは崩れ落ちるように片膝を突くと――
「わ、私は……貴殿たちと、シルベーヌ子爵と……子爵の全ての領民に対して謝罪する……」
震える声で、そう告げた。




