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132 地雷


 会談を終えてゼグランとサウジスは帰って行ったが――エリザベスは席を立とうとしなかった。


「カイエ・ラクシエル……あなたには、まだ話があるわ」


 憮然とした顔で睨んで来るが、カイエの方は何処吹く風という感じで、しれっと爽やかな笑顔を浮かべる。


「何だよ、エリザベスさん? 言いたいことがあるなら、さっさと言ってくれよ」


 白々しい態度だと思いながら、エリザベスは目を細める。


「さっきの魔族――ドワルド・ゼグランが旧魔王軍の魔将だってことくらい、私も知っているわ。それに、あの男が放っていた危険な魔力だって……そんな相手が、いきなり侵攻するのを止めて、私たちと交易したいと言い出すとか……全部あなたの差し金よね?」


「まあ……事前に打ち合わせはしたけど。別に問題ないだろう?」


「そうことを言ってるんじゃないわよ!」


 エリザベスは肩を震わせて、掴み掛からんとばかりに立ち上がった。

 そして、カイエの方に身を乗り出すと、


「どうして魔将が、あなたの言葉に素直に従うのよ? 仮にも魔王軍の中枢にいて、何千、何万の人の命を平然と奪ってきた男が、いきなり私たちと話し合いをするとか……普通に考えれば、絶対にあり得ないわ! それを可能に出来るのは――それこそ、魔王くらいだわ!」


 第六次魔王討伐戦争において――聖王国が魔族の侵攻を直接受けることは無かったが。周辺諸国の多くは、魔族によって大きな傷跡を残していた。


 その多くが……魔法軍の重鎮たる第七師団を率いる魔将ドワルド・ゼグランによるもので、彼の悪名は魔王に次ぐ恐怖として、広く知れ渡っていた。


「何だよ……俺が実は次の魔王だと、そんな下らないことを考えているのか?」


「下らない……ですって? ふざけるんじゃないわよ……」


 エリザベスはカイエを見据えながら――聖剣ヴェルカシェルに手を掛ける。


「カイエ・ラクシエル……あなたが強いことは解ってるわ。だけど……それは、私が手を拱く理由にはならないわ!」


「エリザベス……止めるんだ!」


 ずっと黙っていたフレットが、只ならぬ空気を感じて動くが――


「……フレッド、黙ってて! この男が危険な存在なら……この命に代えても、私が止める必要があるのよ!」


 一触即発の空気――しかし、それは想定外の方法により掻き消える。


「……エマ? あなた、何を……」


「あのねえ、お母さん……そんなこと言っていると、ホントに嫌いになるからね!」


 エマは頬を膨らませて――カイエの背中に密着しながら、母親を見上げていた。


「おい、エマ……おまえは何を――」


「良いから、カイエは黙ってて!」


 カイエを一喝して黙らせると……さらに身体を密着させて、エリザベスを睨む。


「カイエが魔王だとか……そんなことより、もっと先に言うことがあるよね? タリオ村を無傷で救ってくれたのは、カイエなんだよ?」


 愛娘にジト目を向けられて――エリザベスは動揺する。


「ち、違うのよ、エマ……私は、その男が危険だと思ったから、問い詰めただけで……


「だから……お礼も言わないってこと? 私の大切な人に対して、お母さんは酷いことをするよね!」


 エマの絶対零度の冷たい眼差しは――光の神の啓示よりも遥かに効果があった。

 エリザベスはシュンとなって……膝から崩れて座り込む。


「わ、わたしは……ただ……」


 灰と化したエリザベスと、気遣わし気に彼女を宥めるフレッド――しかし、愛娘は容赦はなかった。


「そんな言い訳とか……聞きたくないよ! お母さんは、自分の正義を貫き通しなさいって言ったよね? 私の正義は――カイエと同じ。人だとか魔族だとか、そんなことは関係なくて、本当に大切なものを守りたいだけだよ!」


 たとえ誰に何を言われようとも……一切揺らぐことは無い。

 それほどの強い光を、エマの青い瞳は放っていた。


「エマ……あなたは……」


 崩れ落ちるエリザベスを、フレッドは支えながら、


「エマ……立派に成長したな。ああ、おまえの気持ちは良く解った……エリザベスだって、本当は解っているんだ……」


 感動的な家族の和解のシーン――しかし、このまま終わるほど世の中は甘くなかった。


「あのねえ……エマ。一人だけ抜け駆けとか……私は許さないからね?」


 ニッコリ笑って、ローズはカイエの胸に抱きつくと――いきなり唇を重ねる。


「「「「あああー!!! 何やってるのよ(んですか)!!!」」」」


 勇者パーティーの三人プラス……完全に忘れ去られていたアイシャの悲鳴が響く中――ローズは勝ち誇るように、カイエの胸の中で微笑む。


「だって……ずっと我慢してたんだから、もう限界なの。ねえ、カイエー……私だって頑張ったんだから……もっと……」


 突然炸裂した濃密な桃色空間は――さらなる混沌への道しるべだった。


「抜け駆けしたのは、ローズも同じだろう! なあ、カイエ……私がどれだけ寂しかったか……」


「ふーん――そのくらいじゃ、このヘタレに効果なんて無いんだから。私が大人の世界を……教えてあげるわよ」


 対抗心剥き出しで、エストとアリスも参戦する傍らで、


「あ、あの私は……」


 アイシャは色々と想像を膨らませて、顔を沸騰させる。


(……な、何なのよ、これは? ロ、ロザリーちゃんには、理解できないかしら???)

 ロザリーは呆れた顔で平静を装いながら――内心では、ドキドキしていた。


 そんな彼女たちを余所に……この混沌とした状況をエリザベスが容認できる筈も無く――


「……カ、カイエ・ラクシエル!!! 私の可愛いエマがいるのに……どうして、あなたは他の女にうつつを抜かしているの!!! どういうことか、今すぐ説明しなさい!!!」


 鬼の形相で再び立ち上がったエリザベスに――カイエは完全に引いていた。


「ハハハ……エリザベスさん? もう少し、冷静になろうか?」


 しかし、そんな言葉に効果がある筈も無く……


「……ふざけるんじゃないわよ!!! 黙りなさい!!!」


 カイエは初めて、母親というモノの恐ろしさを知った。



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