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128 魔族の蜂起


 森林地帯を移動する魔族たち――


 魔獣使い(テイマー)が使役する獣型や昆虫型の大型怪物(モンスター)を引き連れて、二千ほどに膨れ上がったは軍勢は、南にある人の村を目指していた。


 魔王が勇者に破れて、彼らが『魔人大戦』と、人が『魔王討伐戦争』と呼ぶ戦いが終結してから半年余り――


 魔都イクサンドラの最終決戦に参加する事すら構わなかった彼らは、人の国にほど近い辺境の地に潜伏しながら、刃を研ぎ澄まし、汚名を晴らすときを待ち侘びていたのだが……


「これほど早く、その機会が訪れるとはな……」


 旧魔王軍の第七師団を率いていた魔将ドワルド・ゼグランは、六本足の魔獣の背に揺られながら、低い声で呟く。


 連合軍の攻勢が激しかった南部戦線を支えるために、ゼグランは主である魔王の最後の戦いに、馳せ参じる事が出来なかった。

 その上、魔都を制圧して戻って来たジャグリーン・ウェンドライト提督の連合艦隊に背後を突かれ、彼の第七師団は壊滅したのだ。


 たとえ戦いに敗れようとも、あのまま部下とともに、命の灯が消えるまで人を切り伏せるつもりだったが――副官に説得されて、行き恥を晒す選択をしたのだ。


「しかし、ゼグラン閣下……情報局の言葉を、本当に信用してよろしいのでしょうか?」


 ゼグランを説得した副官であるグレミオ・サウジスは、彼の隣で魔獣を駆る。


「最終決戦の際、奴らは魔都にいながら戦いにすら参加せず、魔王様の死の直後に真っ先に脱出したような連中です。人との繋がりも噂されていましたし……とても信用できる輩とは思えません」


「しかしな……サウジス。文官とはそういうモノであり、彼らの情報があったからこそ、我らが生き延びる事が出来たのも事実だ。確かに何を考えているか解らない連中だが……同じ魔族なのだ、裏切る筈が無かろう?」


 崩壊寸前の第七師団に届いた『伝言メッセージ』。その言葉に従い、連合軍の陣形の乱れを突いて退路を切り開いたからこそ、彼らは生き残れたのだ。


 少なくとも、あの戦いの場には情報局の誰かがいた――つまり彼らも、安全な場所から指示を出すだけの傍観者ではないと解ったから、あの日以来ゼグランは、情報局の言葉を信用するようになった。


「ですが……このタイミングで我々が蜂起する事が、得策であるとはとても思えません。情報局の言葉通り、聖王国軍が反攻に出なかったとしても。僅かばかりの土地を占拠することに、何の意味があるのでしょうか?」


 生真面目な副官の言葉に、ゼグランは苦笑する。

 理屈だけで考えれば、サウジスの言葉はいつも正しい。しかし――


「何度も言わせるな……我々が戦う姿を世に知ら示すこと。それ自体に意味があるのだ。新たな魔王様が再び人族に宣戦布告する日のために、我々は世界中に散らばった同胞たちに、戦の灯は消えていない事を教えてやるのだ」


 たとえ、無謀な蜂起により自らの命を失う事になろうとも――ゼグランはそう思っていたが、最後の台詞は口にしなかった。


 この時点でゼグランは――『魔王の啓示』を受けた者が生き延びているという事実だけを、情報局から聞かされていた。

 それがイルマ・ヘルドマイアであることも、魔将筆頭であるナイジェル・スタットとカイエの間で行われた取引についても、彼は知らなかった。


 不意に――彼らの先を進む軍勢の動きが止まった。


「うむ? 何かあったのか? 仮に敵影を発見したというならば……望むべくもない。我らの戦いの道しるべとして、血祭りにあげてくれよう!」


 半分冗談のつもりで、ゼグランは言った。

 森林の奥に足を踏み入れる人族など、犯罪者として同胞から追われる盗賊くらいのもので、その盗賊たちも、彼ら魔族に恐れをなして、とうに姿を消しているのだ。


 だから森の中で彼らの障害となるのは、飼い慣らすことのできない低能な怪物モンスターくらいで、二千の軍勢を抱えるゼグランたちに脅威なと存在しなかった。


 それでも――五分待ったが、まだ行軍が再開する様子はない。


「ゼグラン閣下……私が様子を見て来ます」


「いや、サウジス。もう少し待とう……どうせ蜘蛛熊スパイダーベアか、一つ目巨人(サクロップス)にでも遭遇したのだろう。力だけの相手に手間取るなど、先が思いやられるが……後で、叱りつけてやらねばなるまいな」


 そんな感じでゼグランが苦笑した直後――前方から、地鳴りのような轟音が響いた。


「……サウジス!」


「はい、ゼグラン閣下。解っております!」


 一瞬で戦闘態勢に入ったサウジスは魔獣から飛び降り、隊列の間を擦り抜けるようにして前方へと駆けて行く。

 上級魔族である彼は全身から魔力を迸らせながら加速し、一瞬で視界から消えた。


 サウジスであれば、相手が何者であろうと後れを取る筈はないが――旧魔王軍屈指の武人であるゼグランは、魔獣の上で巨大な槍を構える。

 それは用心のためではなく、久々に感じた戦いの匂いに血が滾った故の行動だった。


「終わったか……」


 再び訪れた静寂に、ゼグランは勝利を確信するが――しかし、それは直ぐに続け様の轟音と悲鳴に変わった。


「……何事だ! 何が起きている? おい貴様ら、状況を報告しろ!」


 ゼグランが怒りの咆哮を上げた直後、何かが前方から飛んで来た。

 物凄い速度で大木に叩き付けられた何かは、崩れるように地面に落ちる。


「……ゼ、ゼグラン閣下……どうか、お逃げ下さい……」


 それがサウジスだと理解したときには――ゼグランが率いていた魔族と魔獣の群れが、怯えるように道を開けて、その真ん中を歩いて来る黒髪の少年の姿が見えた。


「俺は……話をしに来ただけって、何度も説明したからな?」


 少年は両手で、ゼグランの部下である上級魔族たちを引きずっていた。

 サウジス以外の主だった幹部たちは、ボロボロの姿で白目を剥いている。


「貴様は……何者だ!!! 我が軍勢に、いったい何をした!!!」


 魔獣の背に跨ったままゼグランは、全身から怒涛の殺意を迸らせると、巨大な槍を少年の眼前に突きつける。

 彼がほんの少し腕を動かせば、頭を吹き飛ばすなど容易く思えたが――少年は一切動じることなく、揶揄からかうような笑みを浮かべていた。


「なあ……そんなに怖がるなよ? 俺はカイエ・ラクシエル。何者って……そうだな。おまえたちの今後を左右する交渉相手かな?」


 『怖がるなよ?』などと、屈辱的な言葉を浴びせられたにも関わらず――漆黒の瞳に見据えられたゼグランは、動く事ができなかった。



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