125 聖騎士たちの本気
すみません、前話の最後5行ほど後から加筆しましたので。
1/11の14:00頃までに読んで頂いた方は、そこだけ読んで頂けると……
ホント、スミマセン!!!
『銀鱗蝶の騎士』ことエリザベスは――殺意を込めた視線をカイエに向けていた。
「カイエ・ラクシエル……あなたが私とフレッドに勝ったという事実は認めましょう。しかし、それはあくまでも仕合いの上での話。私たちはまだ……本気で戦った訳じゃないわ!」
そう言うなり彼女は、柄だけになった剣を放り捨てて――収納庫から新たな武器を取り出した。
銀色の光を放つ大剣の名は、ヴェルカシェル。エマのヴェルサンドラと対となる聖剣だった。
それと同時に――魔力を視認出来るカイエの目は、エリザベスの全身を包み込む淡い燐光が見えた。
「ここからが……本当の戦いよ。私の力の全てを見せてあげるから――エマが欲しいなら、全力の私に勝って見せなさい!」
巨大な怪物に打ち勝つ事は、普通に考えれば、人族が幾ら強くなろうとも不可能だ。
剣が怪物の心臓まで届く筈もないし、彼らの攻撃に対して人の肉体は余りにも脆弱なのだから。
しかし、その身に魔力を纏うことで――人は種族としての限界を遥かに超えた力と防御力を手に入れる事ができる。
つまりは、この試練に於いてエリザベスは魔力を一切纏うことなく、純粋な身体能力だけで戦っていたが。
今の彼女は本来の魔力を纏っており――本気の彼女とは、正にこの状態の事を言うのだ。
「いや、別に良いけどさ……でもそれって、俺も本気を出して構わないって事だよな?」
そんな風に軽口を言う間も待たずに、エリザベスは聖剣ヴェルカシェルを叩き込む。
カイエは細身の剣で受けるのではなく、後方に跳ぶことで一撃を躱した。
技術云々の問題ではなく、聖剣が放つ魔力を唯の剣が受け止めることなど不可能だと、理解していたからだ。その直後、墳墓に轟音が響き渡った。
カイエが跳び退いた後の床に――巨大なクレーターが造られていた。
エリザベスの本気の攻撃に、バーンが、アレクが、そして他の聖騎士たちの驚愕の目を向ける。
魔王の軍勢に本国を襲撃されることがなかった王国の聖騎士たちは、騎士団長の本気を目にしたことがなかったのだ。
「……エリザベス、馬鹿なことは止めるんだ! これでは、カイエ君を殺してしまう!」
フレッドだけはエリザベスの本気の力を知っていたから――身体を張ってでも、彼女を止めようとする。
「退いて、フレッド! この男なら……神聖竜様が同胞と認めたカイエ・ラクシエルなら……悔しいけど、私の本気の攻撃を受けても、たぶん死なないわよ」
「いや……そうかも知れないが。君の考えが間違ってたら、取り返しのつかないことになるだろう?」
そんな二人の会話を――カイエは聞き流していた。
勇者パーティーの面々は、普段から余る魔力を垂れ流していたし。何でもありの仲間内の模擬戦では、言葉通りに『必殺』の攻撃を互いに繰り出していたので……
エリザベスの本気の攻撃は、カイエにとっては『普通』だった。
そんな事よりも――
「なあ、フレッドさんにエリザベスさん? 俺としては、そんなのどっちでも良いんだけど……話は変わるけどさ。この墳墓って、何かを封印してたとか?」
カイエの問い掛けに――エリザベスがピクリと反応する。
「カイエ・ラクシエル……今のは、どういう意味よ?」
「いや、言葉通りの意味で……下の方から、近づいて来る奴がいるってだけの話だけど?」
気楽そうにカイエが呟いた直後――エリザベスが作ったクレーターを下から突き破って、そいつは姿を現わした。
この瞬間、エリザベスは自分の行った行為を後悔する。
銀色の体毛を持つ巨体は、光の神に仕える獰猛な獣だった。三つの首と七つの尾を持つ狼――霊獣フェリシアは、神以外の全てに牙を剥く。
「……カイエ・ラクシエル、避けなさい!」
圧倒的な魔力を放つ霊獣は、カイエの喉首を掻き切ろうと襲い掛かるように見えたが――
漆黒の瞳に睨み付けられた瞬間、頭を床に擦り付けて、七本の尻尾をフリフリと振った。
「「「「え……」」」」
エリザベスが、フレッドが……そしてバーンとアレクと他の聖騎士たちが、呆然と見守る中。
カイエは霊獣フェリシアを見下ろしながら、フンと鼻を鳴らす。
「霊獣のくせに……喧嘩を売るなら、相手になるけど?」
カイエの言葉に、霊獣は激しく首を振ったように見えた。
「ふーん……馬鹿じゃないなら、殺す必要は無いか?」
霊獣は反応して、さらに激しく尻尾を振る。
「あ、あの……カイエ・ラクシエル?」
エリザベスは灰のように真っ白になって、問い掛ける。
「いや、こんな事を訊くのは、私自身どうかと思うのだが……あなたと霊獣は、どういう関係なの?」
「いや、こいつとの関係とか。そういう話じゃないと思うけど」
獣の生存本能から、普通に俺に服従しただけだろうとカイエは思っていたのだが――それを説明する前に、乱入者が割って入った。
「カイエ様、緊急事態ですわ……魔族の残党が、村に侵攻を始めたのよ!」
墳墓に突然出現したロザリーに、聖騎士たちが唖然とする中、
エリザベスとフレッドが、間髪入れずに反応する。
「「それは、本当の事か(なの)?」」
しかし、ロザリーはプイと横を向いて、二人を完全に無視する。
「おい、ロザリー。無視はするなよ」
「あたしの事をずっと無視してきたのは、こいつらの方なのよ」
グランバルトに来て以来、ずっと蚊帳の外に置かれていた事を、ロザリーは根に持っているのだ。
「まあ、良いけどさ……魔族が動き出したのは、予想の範疇だな。なあ、ロザリー? ローズたちには、もう知らせたんだよな?」
「勿論ですの。カイエ様の指示を受けてましたから……ローズさんたちは、タリオ村に先に行くって言ってましたわ」
なら問題ないなと、カイエはエマの両親の方を見る。
「……という事だから、俺は行くからさ。試練の結果の方は、まあ勝手に判断してくれよ」
そう言うなり――カイエとロザリーの姿は、瞬間移動で掻き消える。
完全に取り残された形のエリザベスとフレッドだったが……
「フレッド……」
「ああ……解っているさ、エリザベス!」
フレッドは聖騎士たちに向き直ると、高らかに宣言する。
「全聖騎士に告げる! 我らはタリオ村を救うために、直ちに現地へ向かう!」
カイエに武器を破壊された聖騎士たちは丸腰だったが……そんなことは関係なかった。
「「「「「うぉぉぉぉ!!! 我らが魂を以て、正義を示せ!!!」」」」」
聖騎士たちの声が墳墓に響き渡る――彼ら聖騎士にとって戦いとは、そういうモノなのだ。




