120 エマの事情
時間を半日ほど遡り――久々のローウェル家勢揃いの昼食の席で、エマは両親と二人の兄と、和気あいあいと食事をしていた。
自分以外の仲間たちが、カイエとランチデートをしている事は少し気になったが……どうせ夜には合流するのだし、たまには家族過ごすのも悪くない。そんな軽い気持ちで承諾したのだが――
「エマも帰って来たことだし。これからは、家族全員一緒だな!」
「バーン兄さん、だから言っているしょ! 何も言ってなくて悪いと思ったから、私はうちに立ち寄っただけで。明日には、またみんなと出掛けるからね」
「何でだよ……魔王との戦いが終わったんだから、もう勇者パーティーにいる必要なんて無いだろう? おまえも聖騎士団に入れば良い」
「いや、アレク兄さんも! 戦いが終わったからこそ、みんなと一緒に楽しく旅行がしたいの!」
「だけど旅行って言ってもさ……もう何ヶ月も旅してるんだろ? おまえ、いつまで遊んでるつもりなんだよ?」
「別に良いじゃない! それに遊んでるって言うけどさ、修業はしっかりやってるからね。全然問題ないよ」
「ホントかよ……毎日遊び惚けてるんじゃないのか?」
ここまでは、お気楽に遊び回っている妹を、兄たちが窘めているという構図であり、エリザベスも、そんな彼らを黙って優しく愛でていたのだが――バーンの何気ない一言が、空気を一変させる。
「ところでさ……カイエ・ラクシエルって言ったっけ? 勇者パーティーに男はいないって聞いてたけど、あの男とエマは、どういう関係なんだよ?」
「え……」
その瞬間――エマの顔が真っ赤になる。
「えーと……私の大切な人だよ」
「お、おまえ……それって、彼氏じゃ……」
「バーン、黙りなさい!」
エリザベスの冷ややかな声が――空気を凍り付かせる。
「エマ……良く聞こえなかったわ。ラクシエル殿のことを、エマはどう思っているの?」
しかし――凍てついた空気など、エマ本人は気にも留めておらず、
「だから……うん。一番大切な人だって想っているよ」
惚気モードで、嬉れし恥ずかしオーラを全開させたものだから――
「ゆ、許しません……エマを誑かすなんて、あの男は絶対に許しません!!!」
瞳に焔を宿して高らかに宣言するエリザベスに、エマの父と二人の兄は、完全に気圧されていた。
※ ※ ※ ※
そして、夜も更けて――今、エマは城塞の地下にある独房に閉じ込められていた。
エリザベスの有無を言わせぬ勢いも、それだけであれば『そんなこと言われたって、私は知らないからね!』と、末っ子パワーで押し切るつもりだったが……
「エマ……今回だけは、絶対に許しませんからね! バーン、アレク、何としてでもエマを止めなさい!」
二人の兄までが本気で身体を張って、エマの前に立ち塞がったのだ。
実力行使に出れば、三対一でも勝てると思うが……怪我をさせないで済ませる自信は無かったし、そして何よりも……
(あのまま強引に突破してたら――お父さんが、後で大変だっただろうし……)
父であるフレッドは、只々エマを愛する優しい父であり、昼食のときも一人だけ手出しをしてこなかった。
だから、あのままエマが逃亡していたら……その責任を、エリザベスに追及されていたことだろう。
昔から、エマの我儘の一番の犠牲者は父親だと、それだけは彼女も自覚していた。
しかし、だからと言って――父のためにエリザベスに黙って従うほど、エマは大人しい性格ではない。
二人の兄は今でも、独房の前で見張りをしている。
彼らだけなら、今の自分なら無傷で制圧できるとエマは確信していたが――そうしてしまうのは惜しいとも、乙女モードの彼女は思っていた。
(だって、カイエなら……)
「ふーん……この状況で逃げ出してないのは、おまえも承諾済みってことか?」
「ひゃっ!」
突然、後ろから声を掛けられて。エマは思わず、変な声を上げてしまう。
「お、おい、どうした、エマ!」
「何があったんだ! あ、おまえ……」
二人の兄が慌てて駆け寄って来るが――いきなり、崩れ落ちる。
「あ、悪い。とりあえず意識を奪ったけど、不味かったか?」
カイエは独房の中に、何食わぬ顔で立っていた。
「ううん、そんなことないよ……」
カイエが助けに来てくれた――その事実がエマにとって、何よりも嬉しかった。
「カイエ、私のために来てくれたんだね……物凄く嬉しいよ!」
乙女モード全開で、カイエを上目遣いに見つめるが、
「いや……その必要なんて無かっただろう? おまえさ、逃げる気なんて全然無いよな?」
エマの思惑を見透かしたように、カイエは意地の悪い笑みを浮かべる。
「え……そんなこと……」
エマは否定しようとするが……カイエにはバレてしまうと解っていたから止めた。
「ごめんなさい。だって……カイエに、助けて欲しかったんだもん!」
ちょっと涙目で、一層上目遣いになって見上げる。
「だもんって、おい……まあ、良いけどさ」
カイエは頭を掻いて、苦く笑うと、
「一応確認しておくけど……おまえは、俺たちと一緒に来たいんだよな?」
カイエの漆黒の瞳を、エマは真っすぐに見つめ返す。
「うん、私はみんなと……カイエと一緒にいたいよ」
「だったら、決まりだな……ちょっと面倒だけどさ。おまえが親を説得するのに、俺も協力してやるよ」
強引に連れ出そうと思えば簡単だが――それをエマが望んでいないことくらい、カイエにも解っている。
どうしてもエリザベスを説得できなかったら、最後はエマに選ばせるが……そこまでは、徹底的に付き合ってやるよと、カイエは思っていた。




