105 地下迷宮にて
『ギャロウグラスの三重地下迷宮』までは、コリンダの街から徒歩で二時間程の距離だったが――エストか『多人数飛行』の魔法を使ったので、カイエたちは五分と掛からずに到着した。
「転移しなかったって事は――みんなも始めて来たって事だよな?」
一度訪れて登録しないと、転移魔法の移動先として指定できない。
「そうだ。私たちも勇者パーティーとして本格的に活動を始めてからは、地下迷宮に行く機会なんて、ほとんど無かったからな」
魔王の軍勢との戦いに忙しく、勇者バーディーが攻略に挑まなかった事が、未踏破の地下迷宮が数多く残されている原因の一つだと言われている。
「カイエもアルペリオ大迷宮のように、かつての時代に訪れた事があるという訳でもないのか?」
「ああ。あの頃の俺は、世界の秘密を解き明かそうと思っていたから、結構な数の地下迷宮に潜ったけど。当時存在した地下迷宮の数は、千を超えていたからな」
神の化身と魔神との戦いで――世界から消滅した地下迷宮の数は計り知れない。
「エストもカイエも随分呑気に、地下迷宮談議をしてるみたいだけど……コリンダの冒険者が、そろそろ動き出す頃じゃない?」
アリスが呆れた顔で口を挟む。
「あんな風にカイエが挑発したんだから、絶対に追い掛けて来るわよ」
「え? でも、今から追い掛けて来ても、私たちに追い付くのは無理じゃない?」
エマが素朴な疑問を口にする。
冒険者たちを馬鹿にするつもりはないが――彼らが自分たちよりも速く、迷宮の怪物を撃破できるとは思えなかった。
「エマ、何言ってるのよ……あんたも地下迷宮攻略に慣れてないのは解るけど、転移ポイントくらいは知ってるわよね?」
地下迷宮には、踏破済みの階層にショートカットで戻ることができる『転移ポイント』という便利な物が、設置されている。
二点間を移動するだけと、機能は非常に限定されているが、魔力を消費することなく誰でも利用できる。
「そっかあ……この地下迷宮に詳しい人なら、転移ポイントで幾らでもショートカットできるよね」
「特にここは……広くて複雑な構造なんでしょ? 普通に攻略してたら、先回りで待ち伏せされても不思議じゃないわよ。そうなったら……カイエ、どうするつもりよ?」
アリスはジロリと横目で睨むが――カイエは何食わぬ顔で応える。
「まあ、十分あり得る話だけど……そのときは、エストの新しい魔法の出番かな?」
「そうね。エストなら、きっと完璧にやってくれるわよ」
ローズがニッコリと笑って、ハードルを上げるが――
「そうだな……彼らを傷つけずに足止めできれば、問題ないだろう?」
エストは余裕な感じで応じる。
「まさか……カイエみたいに、全員麻痺させる訳じゃないわよね? そんなことをしたら、怒りに油を注ぐようなものよ?」
「いや、さすがに二番煎じをするつもりはない。もう少し……彼らを黙らせる効果がある魔法を使うつもりだよ」
そんな風にお喋りをしながらも――彼らは手足だけは動かし続けており、僅か十分で迷宮第二層までを完全攻略した。
迷宮内の他の冒険者たちが、真剣に怪物と戦っている傍らで――あらゆる敵を蹂躙しながら駆け抜けていく光景は、端から見ると、かなりシュールだった。
それでも――これまでの地下迷宮での経験から、ローズたちも学習しており、『勇者パーティーがいるぞ!』などと周囲の冒険者たちが集まってくる事はなかった。
「こういう色も……素敵ね! ねえ、カイエ……どう、私に似合ってるかしら?」
今日のローズは白銀の鎧ではなく――深紅のハーフプレートを纏っていた。
「私の鎧も……ホント、カッコ良いよね! カイエ、ありがとう!」
エマは水色の鎖帷子に身を包んでいる。
勇者バレしないように、二人が装備を変えたように見えるが……いつも全力の二人が、中途半端な鎧を身に付ける筈もなく――
そう、魔法を無駄遣いすることなら右に出る者がいないカイエが――ローズとエマのいつもの鎧を、幻術を使って別の姿に変えているのだ。
無論、カイエがやるのだから『唯の幻術』である筈もなく――
「エマ――」
「うん……いっくよー!」
二人の動きに合わせて――決して不自然に見えないように、鎧の動きも音も完璧に再現する。
その細かな演出こそが……カイエのカイエたる所以だった。
武器の方も同様であり――神剣アルブレナと聖剣ヴェルサンドラの動きを完璧にトレースして、全く形状の異なる漆黒の武器に見せている。それでも、不自然さなど微塵も感じさせなかった。
しかも、形状が変わってしまうと距離感がブレるため、使っている本人には色だけ変えて、形は元通りに見えるという配慮もバッチリだ。
白銀の鎧に光の剣と、純白の鎧に金色の大剣――あまりにも有名なツートップの装備さえ変えてしまえば、口伝でしか情報が伝わらない世界なのだから、勇者パーティーであることを隠すのは、案外簡単だった。
「ホント、カイエって……無駄な事に全力を注ぐのが好きよね?」
正体を隠すなら、変装すれば済むことだし、カイエなら二人を説得できるだろうと、アリスはジト目をするが――
「いや……アリスにそんな事を言われると。私も新しい魔法を使いづらいな」
しれっと笑っているカイエの隣で、エストがバツが悪そうな顔をする。
「今日、私が試そうとしている魔法も……かなり趣味に走ったものだからな」
「エスト……あんたも、カイエに毒されたわね」
アリスはジト目で見ていると――
「あのね、私……良いことを思いついたんだけど!」
突然エマが、キラキラ目を輝かせながら割って入る。
「コリンダの冒険者の事だけど。私たちが勇者パーティーだって教えてあげれば、さっきの人たちも、納得するんじゃない?」
考えてみれば、これが一番穏便な方法だと、エマは得意げに言うが――
「却下だな」
「ええ、却下よ」
「そうね……当たり前じゃない」
カイエとローズとアリスが、口を揃えて否定する。
「え……なんで? 私……何か変なこと言った?」
戸惑うエマに……アリスが肩を抱き寄せて、ローズは優しく微笑み――カイエは、悪戯っぽく笑う。
「そんなことをしたらさ……面白くないだろう?」
そんな彼らに――エストは呆れた顔で、溜め息を付いた。




