102 その後――
自由都市レガルタを出発してから二ヶ月――白銀の船は大陸沿岸を、西に向かって航海を続けていた。
その間に、カイエたちは十の街を訪れて、観光と美食の日々を満喫したのだが――余りにも平穏過ぎる旅路に、エマはすっかり退屈していた。
「ご飯が美味しいのは嬉しいし、みんなと旅をしてるのは楽しいんだけど……戦う機会が全然なくて、物足りないんだよね?」
立ち寄った街が平和だったのは勿論、航海中も――白銀の船の異様な姿と大きさに、襲撃してくる海賊など皆無だった。
たまに海の怪物に出くわしても……面子が面子だけに、ほんの数分で片付いてしまう。
「平和なのは良いことじゃない……私は満足してるわよ。敵を倒さなくてもお金を稼げるって、やっぱり素晴らしいわよね!」
すっかり商売人になったアリスは――テーブルの上の金貨の山に、ご満悦だった。
自分の目利きで選んだ商品が高値で売れることが、素直に嬉しい――商売が上手くいっているのは、半分以上、カイエが作った保冷倉庫のおかげだったが……アイデアを出したのは自分だからと、アリスは自慢げだった。
「それに、戦ってないって言っても……毎日、模擬戦はやってるでしょ? こっちの方が、下手な敵と戦うよりも、よっぽど腕を磨けると思うけど?」
船旅で運動不足にならないためと、腕が鈍らないために――五人は毎日欠かさずに鍛錬を続けていた。
特にカイエ相手の模擬戦は、何でもありの真剣勝負で……これまで戦ってきた強敵との実戦以上に、自分を鍛える効果があった。
「うん、それは解ってるんだけど。模擬戦だと、本物の緊迫感がないっていうのかな……ちょっと違うんだよね?」
「エマが言いたいことも、解らなくはないけどな」
カイエが応える。仲間内の模擬戦は、実戦と違って、絶対に殺されることはないのだから。
「私は……いつでもカイエの傍に居られるから、ずっとこのままで良いと思ってるわよ」
いつでも乙女モード全快のローズは――そんな事などお構いなしだった。
正妻ポジションとして、みんなのことを応援するようになっても……暇さえあればカイエと密着している。
「私も、基本的にはローズと同じ意見だけど……」
エストは対抗心を燃やして、自分もカイエにくっついているが――恥ずかしさを隠しきれないのは、相変わらずだった。
「それでも……エマと同じように、そろそろ『実戦』をしたいと思っているよ」
意外なことに、エストが物騒な話を始めたので――四人の視線が彼女に集中する。
「い、いや、そうではなくてだな……私は新しく覚えた魔法を、模擬戦以外で試してみたいと思っただけなんだ」
カイエの記録媒体に書かれていた高等魔術を――今でもエストは毎日研究している。
その成果として新たに開発した魔法を試したくて、ウズウズしていたのだ。
カイエとの模擬戦でも、色々と新しい魔法を試させて貰っているが――多数の敵を相手にしてこそ、効果がある魔法もあるのだ。
「へえー……でも、意外だわ。エストって……結構血の気が多いのね?」
アリスに意地悪く笑われて、エストは慌てて反論した。
「だから、血が騒ぐとか、そういうことではないんだって! それに『実戦』と言っても――私が言っているのは、地下迷宮のことだからな!」
地下迷宮の怪物は――外の世界にいる怪物と同じように見えるが、実際には地下迷宮自体が創り出した偽物だった。
その証拠に、倒したら結晶体になるし、一定時間でリポップする。
「私は……絶対にそんなんじゃないから……」
血の気が多いと言われたことに……エストはショックを受けていた。自分はクールキャラの筈なのに――
しかし、そんなイメージは――この男と出会ったことで、とっくに壊れていた。
「いや……さすがにエストが血に飢えてるとか、言い過ぎだろ?」
揶揄うように笑うカイエに――エストは真っ赤になった。
「アリスだって、そこまでは言ってないだろう!」
「そうか? 俺は前から、似たようなことを思ってたけどな?」
「カ、カイエ……」
涙目になるエストに――カイエは優しく微笑むと、
「冗談だって……それより、エスト? 地下迷宮に行くって話には、俺も賛成するけどさ。適当な感じで使えそうな場所に、心当たりがあるのかよ?」
その応えは――カイエには初めから解っていた。
地下迷宮研究家と呼ばれるエストが……宛てもなく、こんな話をする筈がない。
「ああ、勿論だ……現地点からだと、二日ほどの距離だな。『ギャロウグラスの三重地下迷宮』――最難関級ではないが、難関級地下迷宮で……まだ未踏破な筈だ」
地下迷宮のことを訊かれた瞬間――エストは復活して、その目がキラキラと輝き出した。
(さすがは地下迷宮研究家だな。それにしても……ホント、エストは地下迷宮好きだよな)
カイエは揶揄う気満々だったが――さすがに、今日のところは止めておく。
「そうだね……地下迷宮だったら、思いっきり戦えるよ!」
エストの提案に、エマは諸手を挙げて賛成するが――
(((やっぱりエマだけは……ホント、血の気が多いよな(わよね)!)))
カイエとローズ、そしてアリスまでもがジト目で見ている事に――エマは気づいていなかった。
とりあえず……ダンジョン編が何話か続きます。




