熱血! チアリーディング・バトル!!
「脇魅せてこーッ!」って叫ぶ変なチア部キャプテンが降りてきたので、手慰みに手癖で書きました。自分でも直球で熱血で胸のすく話が書けたと思います
1
「脇魅せてこーッ!」
「おォーっ!」
「脚上げてこーッ!」
「おォーッ!」
キャプテンの伊織ひなみの号令に、部員たちが応える。
南東学園チアリーディング部。彼女たちは今、短いスカートを翻し、裾からくびれのついた腰を晒し、ポニーテールを揺らして脇を見せつけている。
弾ける汗と踊る蛍光イエローのポンポン。
南東方面チアリーディング大会、決勝。ここで勝てば全国大会への切符が手に入る。
「高山センパぁーイ! 好きだぁー!」
高く跳びあがるひなみの体に、観客の視線が集まる。
部員たちの手を借りて三メートルほど宙に舞い上がったひなみは、その頂点で愛を叫んだ。相手は陸上部副部長の高山かけるで、二人は幼馴染同士である。
いつも悩みなんてないように、自分のつまらない考え事も一緒に振り払うように走るあの背中が好きだった。名前を呼ぶと、太陽のような笑顔で振り向いてくれるのが好きだった。
一瞬の無重力。感覚が研ぎ澄まされ、普段とは比べ物にならない情報が処理される。
かけるちゃん――。
視界の端、一般観客席に、真っ赤な顔を手で覆ったかけるが見えた。
位置エネルギーが運動エネルギーに移り変わり、ひなみの体が落下する。空中で一回転し、小さな背中を部員たちが受け止める。
キャッチのバネを活かし、再びの飛翔。今度は高さを求めたものではく、演技の流れのなかでひなみが復帰するためのテクニックだ。
「ファイッ! ファイッ! ファイッ! ファイッ!」
「高山センパイ! ファイトォーッ!」
「オーッ!」
スプリントの全国大会を控えたかけるへのエール。それが、このパフォーマンスに持ち込んだ“思い出ポイント”だ。
熱狂を引きずったまま、南東学園の演目は終了する。
『えー、次の出場校は……』
アナウンスを背負い、南東学園チアリーディング部はひなみを先頭に控室に帰っていった。
◆◆◆◆◆◆
控室兼更衣室は、むせ返るほど制汗剤のにおいで満ちていた。部員たちは取り付けられたモニターに映るライバル校たちを研究しながら、今回の反省と次回の目標について話し合い、結果発表と閉会式のときを待つ。
ひなみはといえば、ある人物に呼ばれて少し離れた渡り廊下に来ていた。
体の火照りも冷めたいま、露出の多いチアのコスチュームはすこし冷える。
「ひなみ」
「高山センパイ」
茶髪のショートカットの少女は、ひなみを鋭い視線で見据えた。学校指定ジャージのチャックを締め切った着こなしから、彼女のストイックさが伝わってくる。
「高山センパイ……その、
「ごめんねひなみ。アンタの話を聞きに来たわけじゃないの。応えにきたんだ」
「…………」
怒気をはらんだかけるの言葉に、ひなみは俯くだけだ。
じゃっ、とコンクリートの床を擦って、かけるは足を肩幅に広げる。
ぱん、と乾いた音がして、乾いた風が吹いて、ひなみはしばらく立ち尽くした。
「……寒いなぁ」
センパイが暖めてくれるかも、なんて期待しなかったわけでもない。でも、“思い出ポイント”として消費した手前、自分でもよく都合のいい期待を抱いたものだと……自嘲がちな笑みを浮かべ、ひなみはかけるが最後にくれた熱を抱きしめるように、ひりひりと痛む頬を撫でる。
2
全国大会一回戦を夕方に控えた昼、ひなみは趣味である料理にいそしんでいた。
「おねえちゃん、何作ってんの?」
キッチンのカウンター越しにのぞき込んできたひかりが声をかける。
二つ年の離れた妹のひかりは、じゃらじゃらとキーホルダーを吊るせるだけ吊るすタイプの不良だ。髪は染めるしタバコは吸うがこの前やけどしてから懲りたらしい。酒は家族ぐるみで飲めない体質だ。
「んー? んー……カルボナーラ」
「ウッソすごくなーい?」
「すごいと思ってるのそれ」
「思ってる思ってる」
「じゃあひかりの分まで作ってあげるね」
「おねえちゃん大好き―! マジ愛してる!」
彼女の素行には思うところもあるが、やはりかわいい妹だ。
「…………」
だからこそ、天秤の皿に乗せるだけの価値がある。
◆◆◆◆◆
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします……」
チアリーディング・バトルを始めるにあたり、キャプテン同士は挨拶を交わし握手をする。
今日の対戦高校である東西大学付属高校のキャプテンは、唇まで真っ青にして震えていた。
――先攻の東西大付属の出番が終わる。キャプテンが切った“思い出ポイント”は、手術のため渡米した兄へのエールだ。かけがえのない兄の難病が治るようにと願った、切実なものだった。
その重さに、観覧席はもとより審査員席のメンバーも目頭を押さえる。
退場の折、東西大付属のキャプテンは嘔吐し、その吐しゃ物の中に倒れた。
そのさまを見て、ひなみの心はすんと澄んでいく。重圧に負けた選手を見下ろすこのときだけが、自分が強い人間なのだと実感できる。これから切る手札に……切り捨てるものにたいする覚悟の堅さに、我ながら背筋が凍る。
『南東学園チアリーディング部のパフォーマンスです』
汚物と汗がキレイに拭き取られた舞台のセンターに陣取り、ひなみは胸を張った。
「南東学園チアリーディング部、はじめます!」
今回選択した楽曲は、いま若者たちの間で流行してるダンスチューンだ。ロック調のアイドルの曲らしく、身体能力にものを言わせた技は多用せず、本家の踊りのアレンジを節々に織り交ぜたポップでキャッチ―な構成だ。それが功を奏したのか、客席の歓声も大きい。
2サビが終わり、緩急をつけるためひなみを要とした扇状に広がる。
原曲では短いDメロのインストをリフレインするように加工した、起承転結の『転』にあたる部分。胃が締め付けられる。
「ひかりーッ!」
「ファイッ!」
「ひかりーッ!」
「ファイッ!」
「おねえちゃんも! ひかりのことっ……大好きだよーッ‼」
「ファイッ、オー!」
計算通り、絶妙なタイミングでラスサビに入る。
演出で積み重ね、“思い出ポイント”を使ったこのタイミングこそ正念場だ。
これまでとは打って変わってのテクニック重視の組み立て。ここまでで注目を集めたからこそ、南東チア部の一挙手一投足全てで観客を魅了することができる。
「脇魅せてこォーッ!」
「オーッ!」
練習してきたとはいえ、きついものはきつい。ひなみは自分と部員を鼓舞するため声を張り上げる。部員たちもまたそれに応え、瑞々しい腋窩を惜しげもなく見せつける。
勝敗は火を見るよりも明らかだった。
◆◆◆◆◆
「なんで! なんであんたらなんかに!」
敗北した東西大付属のキャプテンが、廊下で詰め寄ってきた。
「キャプテン!」
「いいの。先戻ってて」
部員たちを帰すと、ひなみは冷ややかな視線を東西大付属キャプテンに戻す。
「私は……私はお兄ちゃんを捨てたんだよ! それなのに……なんでアンタらなんかに負けなきゃならないよ!」
「捨てたのはあなたでしょう。えっと……河合ヶ原さん」
そういえばそういう名前だったと、胸の名札を見て思い出す。
「それに、応援した以上は勝っても負けても一緒じゃない。知らなかったなんて言わせないから」
応援した以上、応援され続けなければならない。頑張ってと願われれば頑張らなければならないように、憧れは憧れのまま終わる。つまり、
「ジンクスなのか、誰かの仕業なのかもしれないけど、あなたのせいであなたのお兄さんの……手術だっけ? 成功しなくなったよ」
つまり、思い出を消費するということだ。手札を切るように、切り捨てる。応援した未来を、永遠に応援できるように、もっと強くエールを送れるように、待ち受けるのは悲劇だ。決別と不和だ。
「伊織!」
髪を掴まれ、壁に叩きつけられた。それでもひなみは冷たいほほ笑みを浮かべたままだ。
「じゃあ、ライバルとしていうけどさ。暗いんだよ、お兄ちゃんの手術の応援って。みんなで楽しくチアしようってのに、なに一人で浸っちゃってんの? “思い出”が強ければ勝てると思った?」
言葉を重ねるほどに、河合ヶ原の力が抜けていく。
「上手いとか下手とか、それ以前だったよ、河合ヶ原さん。じゃあね」
手を振り払い、膝から崩れおちた河合ヶ原から踵を返し、ひなみは仲間の待つ控室に向かう。
ひかりが友人のバイクに二人乗りして事故にあったという報せを受けたのは、そのすぐあとだった。
確かに脇魅せてくる変なキャプテンの熱血チアバトルを書こうとしたんですけどごめんなさいね