2-1.頭良くない主人公の需要とは
「……という訳で、現在、街の周辺を何故か大量に繁殖した大獅子達がウロついています。街全体に呼びかけているので、もしかしたらお二人も知っているとは思いますが……くれぐれも、街の外に出ない様に」
夜中、突然訪ねてきたアイル・アルトランド は若干眠そうな顔でそう言った。
風呂には入った様だが、彼のこんな姿は珍しい。
彼が人前であくびをする所など、私はこれまで見たことがなかった。
「なんだ?アイル、寝ていないのか?」
「いえ、その……三日三晩大獅子を狩り続けていたので……」
「えぇ……」
大獅子、というのはこの街の付近の森に生息する非常に大きな獅子のことだという。
単純なパワーと速度、頑強さはもちろん、常にマナを吸い続けることで周囲のマナ濃度を下げてしまい、魔法使いを弱体化させてしまう恐ろしい魔獣だ。
特に凄じいのは体内に溜め込んだマナを使用した咆哮であり、拡散して一帯を揺らしたり、収縮して地面を容易に抉る様な砲撃として活用するらしい。
未熟な魔法使いでは弱体化した魔法ごと蹴散らされ、半端な戦士は真っ向から殺される。
ある程度の実力を持っていても咆哮がある限りは絶対に油断できないし、捕獲などまず現実的ではない。
故に大獅子は"見つけたら誰もが逃げるべき魔獣"、Sランクの魔獣として指定されている。
優はそう説明してくれた。
「そんな大獅子相手に三日三晩戦い続けるなど、アイルは本当に強いのだな。ちなみにどれくらい倒したんだ?」
「20から先は数えるのをやめました」
「それだけ倒したのもビックリだが、この街の外をそんなにもウロついてるという事実の方にもビックリだ」
そんなビックリするほどの疲れ顔のアイルの口調からして、おそらく最終的に40〜50体は倒しているだろう。
逆に言えば、出会えば最悪の奇跡と評される様なSランク魔獣がそれ以上に存在しているということだ。
実際、剣神と呼ばれる彼が居なければこの街はとうに滅んでいたかもしれない。
それくらいに重大な事であると私はここに来て漸く理解できた。
「いえ、本当に気を付けてください。既にこの街を出入りしようとしていた冒険者達にも甚大な被害が出ていまして。遠方から強力な冒険者達も駆けつけてくれてはいるのですが……」
「……解決の見込みはない、と」
「はい、倒しても倒しても数が減らない、というのが現状です。……いえ、Aランク冒険者6人でやっと安定した勝ちを見込める様な相手なので、"減らせない"というのが正しいでしょうか。長期戦は免れませんし」
「なるほど、それでアイルは三日三晩戦い抜いたにもかかわらず……」
「戦況に大きな変化は無し、そういうわけです」
どうにも私はこうして黒のセーターを着て足を組んで思案をしていると凄く出来る女感が出るらしく、目の前の剣神君も何か良い案を出してくれないかと期待のこもった目を向けてきている。
恐らく今日ここに来たのも、そんな目的があったのだろう。
自分で言うのもなんだが、私は容姿は頻繁にセクハラを受けるくらいには良いし、切れ目と少し乱暴な話し方から、冷静で理知的なイメージを持たれるのも分からなくもない。
OL時代にも女性の後輩達からは"できる女"認定されていたし、そのせいで上からも余計な仕事が多く降りて来たものだ。
あまりにも酷過ぎる。
実際の私は、それはまあポンコツだ。
全然できる女じゃないし、むしろよくミスる。
知力7は普通ではあるのだけどあくまで普通、ステータス的にはそういうことは知力が10ある優に聞いた方が絶対に良いだろう。
少なくとも私は今この話を聞いて『こんなん無理ぽ』くらいしか考えていない。
いや、だって無理じゃんこんなの。
カタツムリですよカタツムリ、カタツムリポ。
「………」
「うっ」
だが、ここは私のイメージを壊さない程度に優に話を振ってみようか。
うん、それがいい。
イメージは大切、それだけで武器になると私は知っている。
それに優ならきっと自分よりいい事を言ってくれるだろう。
私はそう信じている。
「……うん、優はどう思う?私は誰かが召喚してるとか想像したが、Sランク?の魔獣を無尽蔵に召喚するなんてあり得ないだろう?」
誰でも思いつくような考えをそれらしく話す技術。
これも何の利益にもならない通称:ゴミ会議において必要な技術だ。
そうした会議で発言する機会の多い者なら誰だって所有しているスキルだろう。
マジで要らない、本当に要らない。
チョコレート一枚と交換して欲しい、一欠片でもいい。
そしてそんなフリに対して優はと言えば……
「わかんない」
自分のした行為に罪悪感で押し潰されそうになるほどに正直だった。
「そ、そうだよな!うん!分からない!分からないよな!だって優は記憶喪失で、まだ勉強もし始めたばかりだもんな!うん!だからその……(ほんとごめんなさい!)」
心の中で五体投地して彼女に謝る。
そんな私を見て首を傾ける彼女は、それでもやはり彼女だった。
「でも1つ知りたい」
「知りたいこと……かい?」
「うん、マナを吸って生きてる生き物がマナを吸えなくなったら……どうなるの?」
「ん……?」
ここで突然の魔獣の生態を知りたいと言うのは彼女の好奇心からなのだろうか。
ぶっちゃけ出会って数日の私は、彼女のこういう時の反応がよく分からない。
「……一応ですが、マナを吸えなくなった魔獣は衰弱していきます。特に大獅子クラスとなれば生きているだけでも大量のマナを消費していますから、もしマナが不足すれば他の生物を喰らって補給するしかなくなりますね」
「はっ!つまり補給できるマナを無くせば……!」
「いえ、それは難しいかと。複数の上級魔法使いの力を借りれば一瞬マナの濃度を下げることくらいは可能ですが、それも直ぐに元に戻ります。例え出来たとしても魔法が使えないと我々の被害も増えますから……」
「あーうん、ごめん、もう黙ってる」
よくよく考えれば誰でも思いつく意見を自信満々に話した自分が恥ずかしい、もう黙っていよう。
自分を過大評価してはいけない。
お前の知力は8なんだぞ、調子にのるな?
「じゃあ放っておけばいいと思う」
お?知力10もとんでもないこと言い出したんだが?
「いえ、その、放っておいたら増え続けてしまうんですが……」
「それでいいの」
???
まさか彼女は魔王的な人間なのか?
いや、魔王がいるとか知らないけれど。
クソ可愛い魔王だな討伐して押し倒したい。
「……詳しくお聞きしても?」
黙っていると決めた私はお口にチャックしている、話のテンポと雰囲気を壊してはいけないからだ。
「食物連鎖のバランス崩壊って知ってる?」
「……?確か植物、草食動物、肉食動物の数のバランスは一度崩れても時間と共に元に戻る、というものでしたか」
「うん、餌の量と天敵の量で一時的に崩れた均衡も時間と共にバランスが戻る」
「……つまり、待っていればそのうち勝手にマナ濃度の減少が起きて、共喰いと衰弱死によって数は減る、と?」
「そゆこと」
なるほど、なんか賢い話をしているのは分かる。
いや、流石にそれらしき話を聞いたことはあるけれど、知識がない。
故にとりあえず頷いておく。
ほら、なんか私も話に入ってる感出てきた。
「しかし共喰いで済めばいいですが、街ごと襲われる可能性もあります。先程も言ったように、マナが減れば我々も魔法が使えなくなりますので守る手段も……」
「それならスピード勝負」
「……手段はある、と」
「うん、私はマナ濃度の減少を加速できる。アイルはその間に元凶を探して欲しい」
「……俄かには信じられません」
「私も使いたくない、禁止されてるから」
「禁止ですか、一体誰に?」
「フィーナに」
「……なるほど」
そう言ったきり2人共黙り込んでしまう。
私も顎に手をつけて俯いてみる。
優の魔法がなんかヤバいとかいう話なのは分かるけれど、それを使うのだろうか?
そこだけが心配だ。
というか今のところはそれしか考えていない。
「……その意見を採用したい。全ての責任はこのアイル・アルトランド が負う。君の身の自由と安全も、僕の全てを使って守ると約束します。ですから優さん、お力を貸していただけないでしょうか」
「ん、わかった」
2人の言葉に、私の入る余地などどこにもなかった。
楽して頭良くなりたい。