1-5.真面目に魔法のお勉強
「なぁ優?今日のお昼は何を食べたい?」
「……お魚。杏は何がいい?」
「私は優と一緒ならなんでもいい。ほら、フードちゃんと被らないと日焼けするぞ」
「ん、ありがと」
異世界転生をして5日目、私達はそれなりに生活する事ができていた。
彼女のユキミ・ユウという名前に"雪見 優"と漢字を当て、互いの名前を"優"、"杏"、と呼び合う。
優の体質を考え、生活のしやすい様に試行錯誤を重ね、この世界での日焼け止めの様なものも確保した。
アルビノ体質に関する情報も集め、もしもの時の医師も紹介してもらい、街や王国の支援に関する資料もいただいた。
あの時会った騎士、アイル・アルトランドには非常に良く助けて貰っている。
あの後、彼が本当にこの国最強の剣士である事を知った時には卒倒しそうになったが、それでも何故か彼は私を慕ってくれている。
たまに「本当に王国最強なのか」と思う様な小さな弱音や相談事を持ち込んでくるが、考えてみれば彼はまだ成人前で年齢相応なのかと思った。
褒めたり、慰めたり、助言したり、注意したり、私の大したことない中身の薄い言葉にもしっかりと応えてくれる彼は、その時だけは普段の大人びた雰囲気を隠し、本当の弟の様に感じる。
きっとこれが彼が私に求めている関係なのだと思うと、まあそんなに悪い気はしない。
問題はここ数日で有名になり過ぎた私への視線くらいだろうか。
優の外見もあって街へ出ると非常によく突き刺さる。
「杏、お仕事見つかった?」
「んー?んー、もう少し見たいってのが本音だな。アイルのおかげで信頼できる就職先を絞り込めたが、条件の照らし合わせも必要だ。もう仕事選びに失敗するのは懲り懲りだからな……優の方はどうだ?」
「ん……魔法規範の本は全部読んだ。今は基礎魔法の本を読みながら色々試してる」
「あれ、優って私と同じで文字読めないんじゃなかったか?」
「ん、覚えた、日本語と似てる。漢字みたいなのは難しいけど、辞書があるから」
「ああ、うん、今更だが優ってやっぱり私と同じ日本人だったんだな。最初に名前聞いた時は半信半疑だったが、この国の人間の名前は洋風だからな。私達2人だけ異質というか……」
「でも、日本に居た記憶が無い。知識はあるけど、自分に関わる事は何も思い出せない」
「そうか……まあ帰れる見込みも無さそうだし、思い出すにもゆっくりでいいと思う。あまり気負わないようにな」
「ん……わかった」
まあ私、日本では死んでるからな。
あまり考えたく無いけれど、優も日本では何らかの要因で亡くなっている可能性が高い。
それを考えると必ずしも記憶を取り戻す事が正解なのかは疑わしい。
ショックで記憶を消してしまったと考えれば思い出した瞬間に精神が壊れてしまうかもしれないし、これは慎重に扱うべき問題だろう。
少なくとも私はこの件に関して積極的になるつもりはない、そう結論付ける。
「ちなみに何か魔法使える様になったのか?良かったら私も見てみたいんだが」
「…………」
「優?」
「……杏、私才能無いかもしれない」
そう言って珍しく暗い顔をする優。
これはこれで母性をくすぐられるのだが、どうやら事はかなり深刻な様だ。
「宮廷魔導師並みの魔力持ってるのに、才能が無いってのはないんじゃないか?いや、魔法の使い方も原理も知らない私が言っても説得力は無いが」
これに関しては本気で知らない、全く知らない。
だって文字が読めないんだもの。
なのであわよくば後で優に直接教えてもらおうとか舐めた考えしていたのだが、仕事も決まってない現状だと客観的に見たら私は完全にチャランポランである。寝る寸前まで本を読んで勉強している優の、なんと勤勉なことか……
「ん……じゃあ魔法について教える」
「お願いします」
こうして優先生の簡単魔法講座が始まった。
まず魔法の基本原理であるが、これは3つの段階に分かれているという。
はじめに空気中に存在するマナを取り入れ、次に取り入れたマナを魔法として形にし、最後にそれを放出する。
どの様な魔法でもこの手順に乗っ取って発動するのだが、魔力のステータスは基本的に本人のオドに関連するという。
ならばこのオドは何に使われるかと言えば、空気中のマナを取り込む力、取り入れたマナを形にする力、放出する際の力である。
つまりオドの強い人間は、魔法の威力、種類、難度、効率に優れるのである。
電力と電圧の関係に近いのだろうか。
マナは材料、オドは加工力という感じ?
一応オドをマナ代わりに魔法を使用したり、詠唱する事で消費するオドを軽減したり、難度を和らげる要素もあるらしい。
そして魔法の開発・研究は基本的にこの詠唱を作成・改良することを主軸とされ、魔力ステータスの低い者でも詠唱によって上位の魔法を使える様にしたり、1人の人間には使えない様な強大で複雑な魔法を使える様にする事が目的とされているという。
「なるほど。要は魔力ステータスは魔法に関する全てに関係していて、同じ魔法でも魔力評価が1違うだけで全く別物になる、って解釈でいいのか?」
「ん、だから魔力が高ければ素人でも魔法は簡単に使える……はず」
知力のステータスから考えて優は私より賢いとは思っていたが、5日で文字を覚えて、加えて既にこれだけの知識を身につけている事を考えると、素直に感心する。
なればこそ、何かしらの問題が発生して、彼女がそれを怠惰に放置しているはずがない。
解決のために模索して、それでも解決できない問題があるのだろう。
「それで、優が困ってることって言うのは?」
「ん……魔法が形にならない。詠唱しても全然変わってくれない」
「ふんふん、たしかに魔力が最高評価の15もあれば基礎魔法くらい簡単に使えそうなのに不思議だな。そもそも感覚が掴めてないとかではないのか?」
「ううん、使えるものも少しはある。火の魔法とか、身体強化の魔法とか。けど本に書いてある感覚となんか違う」
「……感覚はよく分からないが、身体強化の魔法は元の体力が少ない優的には無用の長物だな」
なにせ本人の筋力と体力が1しか無いのだ。
1を3倍しても3にしかならないのだから、本当に何の意味もない。そんなところも可愛いのだが。
「……魔法の才能、適正とかもあるんだろうか?得意属性みたいな」
「それはある、もしかしてそれかも。でも全く使えないのは不思議」
「まあ確かに、その2種類しか使えないってのは流石に偏りが酷過ぎるな……いや、そもそも優はステータスから偏りが酷いタイプだしあり得そうなんだが」
ただ逆に言えば、唯一使えるその2種類だけは威力が半端じゃ無い可能性もあるのでは無いだろうか?
もしそうだと仮定して、元から宮廷魔導師レベルの魔力を持つ優が壊れ適正の上位炎魔法なんかを使った日には……果たしてどうなってしまうのだろう。
「……街を火の海にしないようにだけ気をつけてな?」
「……???」
これ以上は考えてはいけない様な気がした。