4-3.魔境への旅路
「……で、結局行くのだな」
「うう、なんで私まで……」
「仕方ないだろう!こんな名指しで助けを求められて今更退けるか!女は度胸!お化け屋敷に入ってもキャーキャー言う傍で心の中ではほくそ笑んでるくらいの胆力が居るんだよ!」
ガタゴト揺れる馬車の上で、馬を引くアーロンという少年を弄り倒す杏の姿。
そしてそんな彼女を呆れた様に見つめるシリウスと、ポーションを作っているフィーナが居る。
結局、彼等はあの後アトラスの店を出て、崩壊都市エルセラを目指して走り出していた。
色々と理由はあるが、取り敢えずの理由としては女のプライドの為に。
「この人の言ってること、俺まるで意味が分かりませんよ……というかどうして俺まで……」
「あん……?フィーナ、こいつ誰だっけ」
「自分から連れ出しておいて酷すぎませんか!?アーロンですよ!アーロン!!アトラス様の一番弟子の!」
「ああ!あの他の弟子が自立して1人だけ取り残された故に便宜上の一番弟子を自称していながらも、最近では次の弟子が来る事をトラウマの様に恐れている可哀想なアーロン君か!」
「バッチリ覚えてるじゃないですか!そんな所は覚えなくていいんですよ!忘れて下さいよ!」
「喧しいぞカーボン、優が起きるだろう」
「せめて名前くらいは覚えろ!!」
勿論、優もここには居るが、彼女はやはり今日も杏の膝の上で眠っていた。
そんな優の為にフィーナは揺れる床の上でポーションを作らされているし、馬を走らせる為にこのカーボン君が連れ出された訳で。
「……まあ実際、大量のアンデッドを相手にするとなれば、私達ではどうしようもできないからな。シリアスも軍勢相手は得意では無いのだろう?」
「ああ。5〜6程度ならばまだしも、10や100規模が相手となると流石に無理だ。私は魔法も小規模なものしか使えないからな」
「私も死霊は弱体魔法が効きにくいので、あまり得意な相手では無いですね……いや、本職は回復系なんですけどね!?」
「お前やっぱり頭の中まで弱体女王になってないか?」
「や、やめて下さいよ!変なこと言わないで下さい!」
とまあ、こんな感じでこのパーティは実は大量の死霊系を相手にするのはとても辛い。
杏子も特に幽霊が怖いとかは無いのだが、物理が効かないとなれば話が変わってくる。
関節技がアンデッドに効くかどうかも分からず、首の骨を折って死んでくれるならまだしも、そう簡単にはいかないだろう。
つまり、どう考えても優の力を借りるしか無い。
だがその優もまた、扱う魔法の燃費が頭おかしいということが分かってしまった。
今から回復しても戦闘になった時にどれほど役に立てるか……冷静に考えると勝率は薄い。
「まあ、今回の目的は騎士団の支援だからな。深く考えなくてもいいし、それで報酬が貰えれば万々歳だ」
「あー、この前と同じ感じですか」
「あの時は私は外に出て知り合いの傭兵達と大獅子を狩っていたが……確かその時に使っていたポーションを作っていたのがアンズ達だったか」
「そうですね。アンズさんが凄く器用だったので、いつもよりスムーズにポーションが作れたんです」
「そういうば……あの時に使われていた白炎はもしかしなくとも……」
「優の炎だな、断じて剣神の家に伝わるホニャララなんてものじゃない」
「ああ、なるほど。あれが天の火だとすれば、まだ剣神の家の宝物という話より信じられるというものだ」
やはりあの炎について疑問に思っていた者は多かったらしい。
仮に剣神の家にそんなものがあったとしても、これまでにだって多くの厄災が、それこそエルセラに起きた様な災禍がこの地を襲っている。
その時にさえ出てこなかった代物が突然ああして出て来たのだ。
疑問に思うのも当然だし、あの炎に恐怖しか抱けない魔法使い達から不信感が生まれるのもまた当然の話だ。
「……あの、この話って俺が聞いててもいいんですかね?」
「いいわけないだろ、後で頭殴って記憶消すから安心しろ」
「やめて下さいよ!何にも安心できませんよ!ってかどうして俺にだけそんな当たり強いんですか!?酷くないですか!?」
「私は男が嫌いだからな」
「純然たる男女差別!?これから助けに行くのも男なのに!?」
「アイルに対しても私は最初に水をぶっ掛けたぞ」
「剣神様に向かって何してんだこの人!?神をも恐れない魔王かよ!」
「……まあ、アンズさんは魔王みたいなものですし」
「……まあ、それをアンズに言う権利も、もうフィーナは失っているのだがな」
「そういうことだぞ、同類」
「うっ、うっ……どうして私はこんな人と同類になってしまったんですか……」
「フィーナ、マジでそろそろいい加減にしないと跳ね毛を引っこ抜いて代わりに花植えるからな」
「ひぃっ!ごめんなさい!!」
仏の顔も三度まで、などという言葉がこの世界にあるかどうかは分からないが、杏子は基本的にそこまで広い心は持っていない。
以前の様に会社という場所に縛られている時ならばまだしも、ここに彼女を縛り付けるものはもう無い。
デッドボールなんか当てられた日にはバットを持ち出して殴りに掛かるし、優に当てられでもすれば相手チーム全員を八つ裂きにし始めるだろう。
というか、如何にも冗談の様な描写のせいで笑い事の様に感じられるが、威圧の上位スキルである覇気を会得している杏子の圧力は半端無い。
覇気が放たれている間は馬でさえも気配を消して滅茶苦茶後ろを気にしながら走るし、それこそ大獅子と戦っていたシリウスでさえも冷や汗を垂らす。
ここまで来ればむしろフィーナの精神力が褒められるべきだ。
ちなみにフィーナの精神力は12。
杏子の4倍である。4倍だぞ、4倍。
基本的にオドオドとしている弱気な錬金術師ではあるが、意外に心根は図太いのだ。
これこそ弱化の女王の名を欲しいままにする器の持ち主である。
「あ、ポーションできましたよ!これを飲めば優くんも眠気が治るくらいにはなる筈です!」
「でかしたポンコツ!」
「誰がポンコツですか!!」
「どうしてフィーナはあの覇気の中でもポーションが作れるのだ……いや、それを言うならば杏子の膝の上で眠っている優やミルクもそうなのだろうが」
当然の疑問である。
というか、そもそもミルクについては未だに優と杏子以外の誰もがその正体が大獅子であるなどと知らない。
どころか、大獅子の幼体についての知識から、なぜミルクがこれほどまでに性格から行動まで優に似ているのかまで、優と杏子にも説明できない。
謎が多いのはミルクもまた同様なのだ。
大体その辺も優のせいなのだろうが。
「……ん、着いた……?」
「優、起きたのか。着くのはもう少し先になると思うが、その前にポーションが出来たらしい。飲むか?」
「うん……ふぁ……」
「ふふ、まだ眠いのか」
『ミィ……』
「ん、ミルクも起きた」
「生まれたばかりだからなのか、相変わらずこいつも寝坊助だな」
「はい、優くん。これがそのポーション、こぼさない様にゆっくりね?」
「ありがと、フィーナ」
そうしてフィーナから手渡された紫色のポーションを、優はこくこくと飲み始める。
顔色等はそう変わらないが、味付けの影響もあってか眠気もサッパリしたようだ。
それから底の方に数滴残ったそれを優はミルクにも舐めさせ、ミルクもまた同じように目が覚めたようだ。
……幼体のミルクに与えてもいいのかどうかは分からないが、元が魔物なので問題無いだろう。
マナ袋が未発達な状態とは言え、それでもS級モンスターの大獅子。
これで腹を壊したりしてしまえば、それこそ親が泣く。
「ありがと、少しスッキリした気がする」
「そう?それならよかった。魔力系のポーションは自然回復力を促進させてるだけで、いきなり回復したりはしないから、また効果が切れてきたら飲んでね?」
「ん、分かった」
「ちなみにだが、これでどれくらい回復するんだ?」
「ええっと、一応これは最上級のポーションなので、目安としては上級の魔法使いが10分で完全回復するくらいですかね。持続時間は長めに作ったので1時間です」
「それなら10分でMPが300回復するって感じですね、俺が言うんですから間違いないですよ」
「確か優のMPは……99万9999だったか」
「残りが3000弱で、眠気が治るのが1万くらいだとアストラのジジイは言っていたか。つまり最低でもあと230分、約4時間といったところか」
「ちなみに完全回復までは約33000分、つまり550時間が必要になる。絶対に効力を切らさない様に飲み続けても23日かかる計算か」
「「「「……………」」」」
((((燃費が悪いにも程があるのでは……?))))
確かに、確かにあれほどの力を見せつけられれば、その燃費の悪さも納得できるかもしれない。
あるだけで大獅子を完封できるのだから、23日休めば4時間も使えるので悪くはないと言えるかもしれない。
ただ、それでもその燃費の悪さはどうにかならないものか。
23日と言っても、それは寝ずに回復にポーションを飲み続けた場合の話だ。
普通に考えればその1.5倍はかかるだろう。
それに例えばこれから行く場所の様に、突然その力が必要になる事だってあるかもしれない。
例えばエルセラの街に起きた悲劇の様に、突然凄まじい災厄が自分達を襲うかもしれない。
燃費の悪さを受け入れるにしても、何らかの対策は考えておくべきだ。
それに仮にMPが1万まで戻ったとしても、優にとっては1/100の回復に過ぎない。
楽になっても苦しくないと言うことは無いだろう。
普通ならばMPが0に近い状態に陥る事など殆どなく、あったとしてもポーションや自然回復で短時間で十分に回復するのが魔法使いだ。
戦闘直後の疲労感を常に感じているかどうかは分からないが、出来れば万全で健康な状態で居て欲しいというのが願いとしてある。
「……私、もう少しポーションの改良してみます。魔力ポーションは基本的に現状の性能で満足されているので、これ以上の研究はあまりされていませんから。弄れる要素はまだまだあると思います」
「ふむ……そういえば以前に自身の魔力を他者に分け与える魔法があると聞いたな。それを使えば単純に効率が2倍になるかもしれん」
「ポーションの改良と分配の魔法で効率が2×2×=4倍になれば、完全回復までに必要な時間が5日に減るということだな?それはいい話だ」
「そう簡単に行くかは分かりませんが、それくらいは目指したいですね。杏子さんは魔法は使えませんし、分配の魔法は私かシリウスさんが覚えて方がいいかもしれません」
「……?私が勉強して覚えてはいけないのか?」
「優くんの炎のことを忘れたんですか?優くんの側に居る事が多いアンズさんは、出来れば魔法を覚えない方がいいです。魔力の使い方も、せいぜいドーピングで使う程度にしておいた方が安全ですよ」
「それは私もそう思う。あの炎を今後も使っていくとなれば、現状の状態が好ましい。あの炎は魔力が使えない者に対しては益になるからな。分配の魔法は私が覚えよう」
「なるほど、2人とも頭良いな」
つまり、杏子に特にやる事は無いということだ。
甘やかせば魔力の回復が早くなったりしないだろうか?
そんなアホな事を考えながら杏子は優の頭を撫でていた。




