4-2.崩壊都市エルセラ
「崩壊、都市……?廃墟ということか?」
その名を聞いただけで皆の表情に影を指す"エルセラ"という地名。
崩壊都市という別名はポンコツな私でも分かるほどの深刻さを秘めていた。
「……10年ほど前のことじゃ、交易の中心地とされとったエルセラはそれは活気に溢れとった。"バカな商人でも儲かる街"なんて言われるほど金の回りが早い街での、エルセラの男は貯金をしないなんて話は有名じゃった」
「……私のお父さんも言ってました。ユグドラシルでは微妙って言われた商品もエルセラでは飛ぶように売れたって。商人達の間では在庫処理の名所とか言われてたらしいです」
「なんだか楽しそうな街だな」
「私も子供の頃に一度だけ行ったことがあるが、それは良い街だった。あの雑で豪快な雰囲気は人を惹きつける。一部の貴族達が身分を隠して庶民と飲み歩いていたなんて話もあったな、帰る時には荷物が3倍になるとかいう話も」
「そんな話もありましたね……」
懐かしそうにそう話す彼等の顔は先程までのそれとは違い、それは穏やかな表情だった。
話を聞いているだけでも魅了にあふれた街だったということは伝わってくる。
そんな都市が崩壊した、そしてそれはただ廃れただけなのではないことは容易に想像できる。
「……そんな街に、何が起きたんだ?」
その一言で再び静まり返った空間に最初に言葉を差し込んだのは優だった。
「突然発生した大量のオーガ、オーク、ゴブリンの集団に蹂躙された」
「なに……?」
「民の4/5が殺された。男はもちろん、女は例外なく陵辱されて、子供は骨すら残らなかった。抵抗した騎士団も腕利きの冒険者達も壊滅、戦闘員の生き残りは0に近かったって」
淡々と話す優、けれどその内容は酷く恐ろしいもので……
「ま、待て。エルセラはそれなりに大きな都市だったのだろう?それならば相応の防衛手段や戦力を持っていたのではないのか?」
「ああ持ってたさ。エルセラにはワシが何度も見てやった優秀な奴等がたくさん住んどった。殺しても死なない様な奴もおれば、とんでもない魔法を使う天才もおった。オーガだろうがオークだろうが奴等が負けるはずがなかった。それでも全滅した」
拳を握るジジイ。
その目には強い後悔と怒りの念が浮かんでいた。この1日でふざけたり驚愕したり困惑したり、色々な姿を見たが、これほどに痛々しい表情をしたのは初めてだった。
「……そこまでになった理由はなんなんだ」
「……オーガ、オーク、ゴブリン。エルセラに現れたそれぞれが、量と質に優れた恐ろしいほどに高レベルな集団だったからだ」
「そんなことあり得るのか?」
「事実あり得たんです。ゴブリン達はメイジ系やライダー系など様々な形態をとっていましたし、オークやオーガは武器や防具、初級レベルとは言え魔法も習得していたと聞きます。加えてゴブリンエリートやオークロード、オーガキングと呼ばれる最上位種も複数確認されたそうで、それらによって数十万もの大集団の統率が完全に取られていたというのも原因の一つだと言われています」
「……そんなもの、どうやって解決したんだ?話を聞いた限りでは全滅どころか近隣の街すら危うく感じるが」
「お前さんの言う通りよ。事態を重く見たユグドラシルを始めとした街々は、当時の剣神と今代の剣神、加えてSクラス冒険者を可能な限り詰め込んだ討伐隊を結成した。目的は殲滅、民の救出はその時点で既に絶望的だと言われていたからな」
"今代の剣神"
その言葉にハッとする。
思い浮かぶのは見慣れた青い髪をした青年の姿……
「……アイルも参加していたのか、10年前となるとあいつはまだ12とかだろう」
「アレは本物の天才よ、神に選ばれたと言ってもいい。あの当時でさえ実力だけで見れば容易にSクラス冒険者に並んどった。……とは言っても、あの事件で見たものが未だにあやつの心に傷を残しとるのも事実じゃがな」
齢12歳にしてそんな地獄を見せつけられた彼は何を思ったのだろう。
それは私には分からないけれど、たまに見せる幼い言動や表情はそれが原因なのかとか思ってしまう。
「……それで、どうしてその崩壊都市となったエルセラにアンデットが出現するとマズイんだ。当時の死体が大量に残っているなんてこともないだろう」
「ああ、民の死体は大半が奴等の餌となっていたし、奴等の死体は全て念入りに焼き払ったからな。その問題はない」
「……死体が問題ではない、ということは……霊魂的なものか?」
「そうだ、あの場所は生物が死に過ぎた。街の中という狭い空間で短期間で大量の人と魔物が命を落としたことで一種の魔境と化しとる。加えて数年経った今でも、生き残ってしまった女共が狂気に囚われとるからな」
「うわ……」
「ゴースト系の魔物の住処になっとるだけならまだしも、街の中にいるだけで正気を失う様な特級の封鎖地帯よ。教会だって匙を投げとる。そんな場所に亡者であるアンデットが大量に出現したとなれば……」
「あ、これやばい奴だ」
「はい、やばい奴なんですよ」
「いやほんとマジやばいからな、ワシ絶対行きたくない」
完全にアンデットのホームである。
もっと言えばリッチさんのホームである。
ホーム球場ですよホーム球場。
某虎の球団はホーム球場での勝率が絶望的なことになっていたこともあったけど、基本は高くなるわけですよ。
しかもこの球場、芝が特殊だから慣れていない生者プレイヤーは滑ったり転んだりで満足なプレイが出来ないという。
あー無理無理、これはだめ、だめな奴だ。
どうしたんだ騎士団、何のための前進守備(封鎖地帯)だ、これはいけませ〜ん。
「……よし帰ろう」
「そうですね、逃げましょう」
「ワシもユグドラシル行こうかの、あそこなら大樹もあるしアンデットも寄り付かんじゃろ」
「しょ、消極的過ぎる……いや、気持ちは分かるが……」
シリウス、こういう面倒なことには関わらないのが一番なのだよ。
なぜなら私はこの世界を救う気とか毛頭無いし、私の目的は優といっぱいイチャイチャすることにあるわけで。
「そういえば俺、引き返す途中で丁度その剣神様と会いまして、手紙を預かってるんですよ。なんでも届けたい人が今頃はアトラス様の所にいらっしゃるとかで」
あ、なんかすっごい嫌な予感がしてきた。
同じことを思ったのかフィーナもせっせと帰り支度をし始める。
最近感じ始めたのだけど、こいつあれだ、私と結構気が合う。
「ええっと、内容はですね……」
い、嫌だ!読むな!
その手紙を読むな!
ってかテメェ何勝手に人の手紙空けてんだ!
それは私がユグドラシルに帰ってからゆっくりと読んでやるから今読むんじゃない!
おいバカやめろ!!
そんな私の心の叫びも虚しくアーロンとかいう男は手紙を読み始めた。
「……『幽霊が怖いです、助けて下さいお姉様……(涙目』って書かれてますけど、剣神様にお姉さんとか居ましたっけ?」
……ぁぁぁぁあああああもぉぉぉおおおお!!!!




