1-2.無自覚タラシな魔性の少女かわいい
新緑の都 ユグドラシル
それがこの街の名前だという。
なんでも街の中央に聳え立つ大樹の名前に由来しているらしく、大樹から流れ出る水流は癒しと清めの力に溢れているという。
水と新緑に囲まれた自然調和の街、
全ての水の根源とされる伝説のある街、
この地の人類が最初に作ったとされる街、
それが新緑の都ユグドラシル。
RPGゲームならば物語の後半に出てきそうな街だ。
終焉にうろついているモンスターのレベル高そう。
そういえばあの犬、もしかしてモンスターなのではないだろうか。火とか吹くのかな?
けれど、取り敢えずの問題はそれだけではない。
この街、いやこの国、この世界には……
「もふもふ」
「あはは、くすぐったいですよ〜!そんなに私の手が気に入ったんですか〜♪」
どうやら、『獣人』という種族がいるらしい。
「ね、ね、お耳、触っていい?」
「え〜?も、もぅ……仕方ないですね〜♪」
……その獣人という種族でも、彼女の魅力には勝てないのか。
流石は私が見込んだ恐ろしい子っ!
凄く可愛い!
閑話休題。
私達はあの後、偶然出会った昔ながらの馬車に乗った気の良い商人に連れられ、この街へとやってきた。
その最中にOL時代に学んだ男性上司への取り入り戦術を駆使して情報を片っ端から集めた結果、私はこの世界のことについて、ある一つの結論を出した。
それはこの世界は所謂『異世界』である、ということだ。
同時に、私は『異世界転生』をしたらしい。
ちなみにこの辺りの知識は以前に一時期仕事を共にした派遣の女性に貸して(無理矢理押し付けて)もらったライトノベル"異世界ハーレム♂俺の剣に王も魔王も敵わない"から得たものだ。
ひょんなことから異世界に転生したボディービルダーの男性がその身一つで憎しみ渦巻くその世界を浄化していく物語……魔獣や魔法、各国の政治的背景などが細かく設定された良い作品だった。
男達の涙や汗やその他諸々の液体の飛び散る、厚く熱く暑いその物語は、その手の趣味のない私でも比較的楽しむことができた。
故に自分でもなかなか使う機会に恵まれない給料を使って全巻を揃え、さらには類似作品を探し、通勤途中に読んでいたりもしていた。
そしてそう、そんな私だからこそ、異世界転生での最低限のマナーやルールくらいの知識があったのだ。
いやぁ、運が良かった。
異世界転生のマナーってなんだよって思わないこともないが、本当に良かった。
具体的に説明しろと言われても困るが、持ってるだけで違うのさ!
持ってて良かったラノベ知識!
やったね杏ちゃん!
博識だ!
……さて、そんな博識の私から言わせて貰えば、こういった時にまず始めに確かめるべきは自身のステータスというものだ。
もしかしたら転生した時に不思議な能力とかを貰っている可能性もあるかもしれない。
この辺りは世界観によって様々だが、どうやらこの世界では証明書というもので分かるということを聞いた。
そして、今私はそれを作りにここへとやってきたのだ……
決して猫耳をモフモフしにきたのではない!
羨ま妬ましいことこの上ないな!
その子から離れろこの泥棒猫!
戯れてないでさっさと仕事しろや!
そんな私の願いも虚しくモフモフは彼女を捕らえて逃がさない、クソがっ!!
「……そろそろ証明書を作らないか?今日中にやりたい事もあるから時間が惜しいんだ」
「え?あっ、そうでしたね!完全に忘れてました!」
「いや、気持ちは分かるからな。そこは責めない仕方がない」
そうして漸く証明書作りは再開される。
とは言うものの、証明書作りはいたって簡単。
『指の先端を少しだけ切り、水晶球に押し付け、心を開くだけ』
……心を開くってなんだ?
そんな微かな疑問もなんのその、何も考えずにボーッと立っていたら簡単に証明書が出来上がった。
これは会議という名の怠惰な時間を乗り切るために身につけた世渡り技術の一つだ。
何の自慢にもならないクソ技能だ。
いや、考えれば考えるほど本当に要らない。
飴玉1個と交換して欲しい。
1個でいいから。
そもそも証明書とは何かと言えば、もちろんこの世界で自分の身分を証明するものであり、加えて職に就くのに必須なモノだという。
大抵の人間は生まれた直後に証明書を作るらしいが、今回は「山の中の館で強制労働させられていたので逃げてきた」というそれっぽい話をでっち上げて無理を押し通した。
その辺の規則の緩さの原因については、まあこの後に説明しよう。
証明書には氏名、年齢、職歴、犯罪歴などがその身と魂の記憶から示され、同時に筋力、体力、知力、精神力、器用さ、魔力の6つの項目が15段階評価でつけられるらしい。
証明書のカラーも犯罪歴と精神状態で青から赤に変わり、正統な罰を受けていない犯罪については赤文字で示される。
つまり赤い奴はヤバイ奴、単純明快で好ましい。
この証明書システムで何より重要なのはステータスの項目だ。
証明書に偽装は効かないため本人の能力が隠す事なく示される。
つまり証明書一つで自分に適した職業が分かり、採用側も適した人物を探しやすくなるということだ。
逆に言えばステータスの低い人間は職に就きにくくなるのだが、証明書は持っている限りいつでも更新し続ける事ができる。
つまり自分の能力の正当な評価と成長を目で見て確認することができるのだ。
人間が成長する環境として、自分の成長や現状が目で見える状態というのは非常に大きな利点であると私は思う。
もちろんそれは弱者に対して「努力が足りていない」と根拠を突き出す残酷なものでもあるけれど、社会を回す上では元の世界にも無かった画期的な発明だ。
元の世界でも「テメェは社長に向いてねぇ、今すぐ辞めろ」くらい言ってくれる証明書が欲しかったと強く思う。
いやほんとマジで。
「……はい、お疲れ様です。タハラ・アンズ様ですね、証明書が出来上がりました。どうぞご確認下さい」
そうこう考えているうちに私の証明書が出来たらしい。
もちろんカラーはブルー!
犯罪歴も無し!
そして肝心の能力は……!んん読めないぃっ!!
「おおぅ……」
文字が分からない。
なんで言語は日本語の癖に文字は全然違うのか。
いや、違和感はあったしある程度分かってはいたけれど、そんな設定は全然いらなかった……!
どうして言語だけ同じにして諦めたんだよ!
最後まで諦めるなよ!
文字の方まで頑張れよ!
米食ってんのかオイ!
数字すらもおかしな記号になっている。
けれど「森の館で強制労働」説は万能だ。
「読み書きの勉強などした事がない」という言い訳が使えるのだからなんの問題もない。
この説は今後も積極的に使っていきたいと思う。
「ええと、それでは今回は私が読み上げますので……タハラ・アンズさん、24歳女性、元OL……OLってなんです?」
「奴隷みたいなものだ」
「あっ、すみません……」
日の勤務時間と収入の少なさを考えたら本当に奴隷と変わらないくらいだったから、間違いでは無いだろうし嘘では無い。
6年も働いた自分を讃えたい。
その末に死んだのなら意味は無い気もするが……まあまあまあまあまあまあ。
「んっんっ、犯罪歴はなし!証明書の色から精神状態も比較的良好!ステータスは……凄いです!非常に優秀ですよ!」
「えっ、そんなになのか?」
「はい!
筋力:8
体力:8
知力:7
精神力:3
器用さ:13
魔力:10
精神力の弱さを除けば全体的に平均以上、器用さに至っては最高クラスです!職人仕事はもちろん、優秀な魔力量と併用して魔法研究の道だって志せます!このステータスならどこだって引く手数多ですよ!」
おおおおぉぉ!!
そんな声が役所に来ていた人々から上がる。
これだけ良い意味で注目を浴びたのはいつ以来だろうか。
確かに昔から料理や裁縫などはそれなりに上手かった自覚はあったが、なるほど自分はかなり器用な人間だったらしい。
もしOLでは無く職人仕事を選んでいれば私の人生は変わっていたのだろうか?
栓無きことではあるけれど、やはりこのシステムは素晴らしい。
元の世界でこそ必要なシステムだと思った。
……精神力に関しては社会の理不尽に揉まれ強くなったと思っていたが、むしろボコボコにされて弱っていたということだろう。
しかしそれでも精神力:3て……ノミの心臓にも程がないか?大丈夫か自分、本気で心配になる。
「それでは次に、ええと、貴方はユウさんと言うんですね。こちらがユウさんの証明書です」
ユウ、と呼ばれたのはあの真っ白な少女。
自分のことすら分からない少女の名前は、証明書の方が当てたらしい。
自分のことを呼ばれているのだと気付かず、肩を叩かれてようやく理解した彼女は、知ったばかりの自分の名前を呟きながら証明書を受け取る。
けれどやはり文字の方は読めなかったらしく、そのまま受付ちゃんに返却する羽目になった。
そしてそのまま受付ちゃんは、証明書の内容を見て顔色を真っ青にすることになった。
「な、なんですかこれ……」
証明書を手渡された猫耳受付娘の表情は驚愕と困惑に満たされていた。そんな彼女の表情を見て周囲の野次馬たちもざわつき始める。
それはきっと人のステータスなど見飽きてるであろう役所の受付さんが、他人の証明書を見て顔を青ざめる事など滅多に無いからだ。
確かに謎の多いこの少女の身分証、何か不思議があっても不思議では無いが……
「ええと、ユキミ・ユウさん、17歳女性、犯罪歴なし。職業欄が壊れてますね……ステータスは……
筋力:1
体力:1
知力:10
精神力:--
器用さ:8
魔力:15
……色々と偏ったステータスをしているんですが、魔力に関してだけで言えば宮廷魔導師レベルの逸材です。15なんて数値、しかも魔力でこの数字は、私がここの受付嬢に就任してから始めて見ました」
再び周囲から歓声が上がる。
筋力と体力に関しては仕方のないところではある(それにしても最低レベルとは思わなかったが)。
けれど魔力が最高クラスというのは、恐らくこういう世界では非常に重要な事に違いない。
それこそ私以上に色々な所から引く手数多だろう。
……ただ、きっとその魔力の高さよりも目を惹くものがあることを気付いていたのは、私と受付さんくらいだったかもしれない。
少なくとも受付さんは魔力に関しての報告をする際、そこまで重要では無さそうな声色で報告した。
つまり魔力の高さよりも気にすべき所があるという事だ。
そして何より私が気になっているのは、彼女の証明書の色が赤でも青でもなく、真っ白であるということ。
精神状態を示す証明書の色が白ということは、恐らく彼女の精神状態に何かしら異常があるという事だ。
加えて精神力の欄が消えている。
ここに関連性は間違いなくある。
私は受付に身を乗り出して、周囲に聞こえないように受付嬢に尋ねる。
「………精神力とか証明書の色について、受付さんはどう思う?私としては、あー……心が無い、みたいに捉えてしまうんだが」
"空白"
私はその言葉が一番似合う気がしたのだ。
「……私も前例が無いので何とも言えません。この精神力の欄が空白なのも、そもそも測れないからなのか、15段階評価で表せないほどに強いからなのか、弱いからなのか、全く分かりません。証明書の色についても同様です」
「そう、だよな」
「ただ、悪いものでは無いと思いますよ?犯罪歴もありませんから」
それからもヒソヒソと受付嬢と会話をする。
周囲の人間に話が聞こえてしまわない様に、気を遣って。
精神力が空白だと言ってしまったので不審に思っている人間は居るだろうけれど、それで彼女が見世物になってしまうのは非常に困るのだ。
どうせ広まる噂なら「期待の魔法少女」とかそういうのでいい。
……まあ、そんな私の気遣いも虚しく、渦中の彼女は別の獣人の女の子と遊んでいるが。
「なにこの子!ちょー可愛い!!」
「もふもふ……」
さてはこの子、タラシだな?
無自覚タラシな魔性の少女。
しかしそんな彼女の面倒は私が見るんだ。
どうだ、羨ましいだろう?
こんな可愛い子と一緒に居られるんだ!
羨ましいに違いない!
いくら金を積まれたところで代わってなんてあげないんだからなっ!
そんなことを思いながら証明書のことなどサッパリ忘れてドヤ顔で彼女を見ていた私だったが、遊んでくれていた獣人の女性は彼女に笑顔で挨拶をして、サックリ役所を去っていってしまう。
そして私の中で一つの疑念が生まれてしまった。
あれ?この子にここまで入れ込んでるのって、もしかして私だけ?