3-5.お水についてお勉強
漏れ出す欲望をなんとか抑えて優の髪を撫でるくらいに収めた私は、未だにキャッキャとしている淫ピを窓越しに見ていた。
色々と意地の悪いこともするが、何度も言うが割と私は彼女のことを気に入っている。
何せ見た目が可愛いだけじゃなく、弄った時の反応も可愛いのだ。
それはもう徹底的にイジるしか選択肢は無いだろう。
お前が、お前が可愛いから悪いんだ……!!
一方で今回護衛を頼んだシリウス。
彼女は冷静さと大人びた雰囲気、加えて筋肉質な身体でありながら、十分な女性としての魅力を兼ね備えた良い女だ。
傭兵と聞くと野蛮で金に目がないイメージがあったが、彼女はそれに反してかなりのお人好しだ。
しかし、それでいて世の汚さもよく知っている。
周りに染まらない信念を持つ強い女というか。
今回、彼女に片道で金貨5枚という条件を出したのは、もちろん美人と一緒に旅をしたいという私の少ない欲望が確かにあったのも認めるが、それ以上にそんな彼女と今後も付き合いを続けていきたいからだった。
十分な実力と知識を持ち、常識もある。
そしてなにより頼りになる。
はー、いい女。
さて、そんなこんなでこの旅は非常に私の精神衛生上好ましいものになっているのだが、やはり旅というだけあって不便は多い。
それはもちろん食事とかトイレとかもそうなのだが、お風呂に入れないというものが一番大きいだろうか。
女性にとって風呂とは命なのだ、私は特に1日2回は入りたい人間だ。
そして気付く。
お湯を沸かして優の体を拭いてあげなければならないことを。
私は全速力で馬車を出た。
「うわぁっ!?な、なんですかアンズさん!?顔が怖いんですけど!?」
「湯!ユ!ゆ!」
「ゆ、ゆ?」
「湯を沸かせ!優の身体を拭いてあげないといけない!!」
「あ、ああ、なるほど。確かにそうですけど……ちょっと?分かりましたから一旦落ち着きません?なんでそんなに目が血走ってるんです?下手な魔物より怖いんですけど……?」
なぜかドン引きされている。
心外だ、私が優の身体を拭く程度のことで興奮しているとでも思われているのだろうか?
そんなことは断じてないのに。
私はただ優の身体を清潔に保ちたいだけなのに。
あわよくば色々と触れ合いたいだけなのに。
そうこうしているうちに、シリウスが大きな樽に何処かから大量の水を持って来た。
彼女は一瞬こちらを見て不思議そうな顔をしたが、その大きさの樽に一杯入った水を軽々と持ち上げている彼女の方が私は不思議だと思った。
「シリウス、もしかしてその水を使うのか?あまり綺麗そうでは無いんだが……」
私はその水を差して尋ねる。
中身は茶色に濁ったヤバそうな水。
これで身体を洗うくらいなら何もしない方がマシというレベルだ。
流石にこれを何かに使うのは私も控えたい。
「ん?ああ、アンズは魔法に詳しくないんだったな。私達の様な者が野営をする時に使う水は、主に3種類の方法で用意するんだ。私はこちらの方法しか使えないのでな、少し見ているといい」
そう言って彼女は樽の上面に手を当てる。
マナの流れやオドの動きなんて私には分からないが、なんとなくこれからシリアスが魔法を唱えようとしていることは分かった。
そしてシリアスはやはり詠唱を始める。
「捕え、集めて、絞り込むーー秘める体物空へと返せ『エクストラクション』」
呪文と共に樽が光に包まれる。
優もフィーナもアイルも基本的に魔法を使う時に詠唱を行わないので、私はこの世界に来て初めて魔法の呪文というものを聞いた。
そうして暫く私が見ていると、樽の中に入った水に段々と変化が起き始める。
彼女が差し出している掌に、何か黒い物が浮き上がり、集まり始めたのだ。
そうして反対に樽の中の水は色を失い初め、樽自体も少し綺麗になり始めているように見える。
それか5分ほどかけて黒い塊がある程度大きくなったところで……シリウスは塊を森の中へと投げつけた。
なんか臭いも凄かったので、その判断は助かる。
「……何が起きたんだ?」
「ああ、水の汚れを抽出したんだ。少々疲れるが、私は水魔法も得意でなく、教会に属していないから浄化魔法を使えないからな。ここまで大量の水を一度に綺麗にできるようになるまでは大変だったよ」
「はえ〜、私は一応そこそこ水魔法を使えますが、それでも何も無い所からあれだけの量の水を出すのは苦しいですからね。すっごく助かります」
「おお、まじか……」
軽々と言っているが、個人的には本気で便利だと思った。
この力があるのなら、水不足や水に関する病などが幾分もマシになるのでは無いだろうか?
どれくらい汚くてもこうして綺麗になるのだから、一度お風呂などで使った水も何度でも使い回すことができる。
……そういえば、ユグドラシルでは普通に水道から水をジャバジャバ使っていたが、もしかすればそういう浄水場の様な所で働いている人達が居るのかもしれない。
単にあの巨木の力という可能性もあるが、まあそんな壮大な話は私にはよく分からない。
とりあえず喉が乾いたら新鮮な水が飲めるというのは凄く羨ましいと思った、私も魔法が使いたい。
「さ、ご飯にしましょう!優さんを起こしてきてもらってもいいですか?」
その言葉に私はそれまで考えていた全ての思考を放り出して、全速力で馬車に帰った。